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「おはようございます。今日は出席数がずいぶん少ないですね」


 臨時休校は一週間ほど続いたが、ようやく学校が再開された。5月も半ばになり、少しずつ季節は夏に向かっていた。


 朝、いつも通りに紫陽が教室に入ると、クラスの半分くらいしか出席をしていなかった。インフルエンザなどの感染症で、学級閉鎖間近の教室さながらのガラガラとしたすき具合だった。担任が朝のHRで出席を取り、出席人数がかなり少ないことに言及する。


「休んでいる生徒の理由は、ほとんどの生徒が体調不良。なかには緊急手術と答えた保護者の方もいました。皆さんも、自分の手の安全を確保するために、スマホは学校内に持ち込まない、持ち込んだ場合でも、電源を切っておくなどの対処をしておくこと。いつ、離れなくなるかわかりませんから。いや、もうすでに離れなくなった後かもしれませんが、なんにせよ、スマホに注意して生活していきましょう」


 さらには、欠席の原因が何かをほのめかし、暗に学校でのスマホの禁止を訴える。そもそも、紫陽たちの通う高校は原則、スマホを校内に持ち込んではいけないことになっていた。スマホ携帯許可を申請し、受理された生徒でも、校内では電源を切るように拘束で決められている。


「では、少ない人数ですが、今日も一日頑張っていきましょう」


 明るいとは言い難い、暗い表情で担任がクラスメイトに声をかける。教壇に手をつく教師は多いが、担任も例外ではなく、手をついて話していたが、その左手には今日も痛々しさを物語る包帯が巻かれていた。




「なあ、オレ達のクラスでスマホに寄生されていない奴って……。あいつもとうとう、先週の金曜日にスマホの餌食になったみたいだ。昨日、本人から写真付きで連絡がきた」


「あいつは結構なスマホ依存症だったからな」


「これって、相当やばい状況だよな。オレはすでに手術をして手が使えないわけだが、それでも、スマホはやめられないな」


 昼休み、いつものように一人で弁当を食べている紫陽の耳に、クラスメイトの会話が入ってくる。どうやら、スマホのことで話が盛り上がっているようだ。一人の男子生徒が包帯まみれの手を見せながら、自分の意見を主張する。


「だってさ、スマホが使えないとか考えられないよな。『コネクト』ができなかったら、クラスの奴らや他の奴らと連絡を取れない。スマホがなかったら手軽に音楽も聞けない。動画も見ることもできない。ネットで探し物もできなくなる。それに、オレは耐えれない!」


 包帯の巻かれた反対の手には真新しいスマホが握られていた。紫陽の席からはスマホに寄生されて手が離れないのかはわからないが、男子生徒の言葉からすでに新しいスマホにも寄生されてしまったことがわかる。


「だから、オレはスマホをまた親に買ってもらった。親も結局、スマホがなくちゃ生きていけないとわかってくれた」


「大丈夫なのかよ。もしまた手から離れなくなったら、切り落とすしかないんだろう?片手が使えなくて不便なのに、両手が使えなくなったら……」


「もう遅い。オレはもう片方の手もこいつにやられている」


 しばらくの間、そのグループの人間が言葉を発することがなく、その場が静まり返る。


「僕はさすがに片手を失くして、これ以上手を失いたくないから、スマホ断ちしているよ」


『まあ、それが賢明な判断かもしれないな』


 彼ら以外にも、スマホに関する話題が教室のあちこちで聞こえてくる。紫陽は、それらを聞きながら黙々と弁当を食べる。ちらりと、クラスでスマホに寄生されていない、紫陽以外の生徒に目を向けると、一瞬視線が合う。しかし、彼女の方から視線をそらされてしまった。




 弁当を食べ終えた紫陽は机に突っ伏し、昨日の出来事を思い返す。クラスメイトの会話と合わせて、今後のことを考える。

 スマホからの二回目の動画の言う通りだとしたら、スマホに寄生される人の条件は二つ。


①自分のスマホを所持している。スマホ名義を持っている

(親のお金でも、名義が子供の物になっている物)


➁スマホを一日12時間以上いじっている、スマホ依存症。


 この二つを満たしていると、スマホの性能なのか、人工知能的な何かが人間に反応して、手に触手を伸ばして寄生する。実際に寄生する瞬間をとらえた映像も動画で出回っている。最初に投稿された時は、合成に違いない、どっきり企画だと批判や避難も多かったが、その動画に次々と賛同するものが現れたため、触手がスマホから出ることは、すでに世間の周知されている。


 どういう原理が働いているのかは不明だが、スマホにカバーをつけていたり、手に手袋をしていたりしていても、それを貫通して人間の手に触手が伸び、根を生やしてしまう。結局、今現在の対処法は、スマホを極力使わない、物理的にスマホとの距離を取る方法しかなかった。

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