女神様 再び

 わたしたちはうつむいている大和くんの前に降り立った。

 母がそっと声をかける。


「大和くん?」

 

 大和くんがびくっとして顔をあげた。泣きはらした顔に驚きの表情が浮かぶ。

 母は大和くんに大きめのダウンコートを着せながら言った。


「お母さんとお姉ちゃんに頼まれて迎えに来たよ。もう大丈夫。怖かったねえ」

 

 それを聞いて安心したのか、大和くんが大きな声で泣き出した。


「よしよし、よく頑張ったね」

 母が大和くんを抱きしめた。

「痛いところはない?」

 大和くんは黙ってうなずく。

 幸いなことにかすり傷程度で大きな怪我はなく、水筒に残っていたお茶や余っていたお菓子を食べていたので、思ったほど衰弱もしていないようだ。


 莉子ちゃんに連絡しようとスマホを開いたが圏外だった。

 だんだん薄暗くなってくる。早く移動しなければ。

 大和くんに水を飲ませ、少しお菓子を食べさせてから、捜索している人たちの傍まで連れていくことにした。


「いい? わたしたちのことは捜索してる人たちには内緒だよ。上着は拾ったことにして、みんなの声が聞こえたから、自分で歩いてきたって言うんだよ。わかった?」


 わたしは大和くんに念を押した。


「うん。そのかわり空飛ぶキツネに乗せてくれるんでしょ?」


「そうだよ。見えないけどね」


 大和くんは動物が大好きで、そもそも迷子になったのも、狸を見つけて追いかけたからだった。

 白狐の背中に乗り、母とわたしの間に大和くんを座らせた。


「わあ、ほんとだ! 見えないけど、ふかふかしてるぅ」


 落ちないように大和くんとわたしを紐で縛り、白狐が空に舞い上がった。


「すごいすごーい!」


 大和くんは、遭難していたことも忘れたように楽しそうな声をあげる。


 やがて、捜索隊の人たちが見えてきたので、すぐ傍で大和くんを降ろして、いっておいでと背中を押した。


「お父さんとお母さんもいるはずだよ」


 大和くんは笑顔で走っていき、すぐに「いたぞー!」と叫ぶ声が聞こえてきた。


  


 ~ 美月の視点 ~



 捜索隊の人たちが大和くんを見つけるのを確認してから、わたしたちも家に帰った。

 よほど疲れたのだろう。美桜は風呂に入るなりベッドに倒れ込んだ。

 無謀なことをしたが、見つかって良かったと心底思う。

 万が一これで発見できていなかったら、美桜の心に忘れられない傷を残したことだろう。


 あの山で大和くんのもとへ導いてくれたのは宇迦之御魂大神うかのみたまのかみ様だと光が教えてくれた。


「神札に向かって叫んだら来てくれたんだ。それでね、みいちゃん。お礼にまたお菓子を用意してくれる?」


「もちろん。女神様のおかげで大和くんを見つけることができたんだから、いっぱいご馳走してさしあげないとね! ねえ、光。わたしも女神様に会いたいんだけど無理かなぁ?」


「ケーキを持ってきたら大丈夫じゃない?」


「そっか。じゃあ、やってみるね」


   ◇


 数日後の月の輝く夜、光が女神を呼び出した。

 テーブルの上にある“甘くて美味しいもの”を見て女神が歓喜の声をあげる。


「おお、今宵はまた豪勢だのう!」


「みいちゃんが買ってくれたんだ。大和くんのお母さんがいっぱいお礼をくれたからいいんだって」


「うむうむ。良い行いが返ってきたのじゃな」


「あ、あの、はじめまして。宇迦之御魂大神うかのみたまのかみ様。草薙美月と申します」

 

 大きなホールケーキを持って、美月が庭に出てきた。


「ほう、わらわが見えておるのか。巫女の血筋かの……まあよい。美月とやら、いつも甘くて美味しい物を供えてくれて感謝する」


 宇迦之御魂大神の目が、美月の持っているケーキに釘付けになった。

 木苺が山盛り乗ったレアチーズケーキだ。


「いえ、こちらこそありがとうございました。おかげさまで行方不明だった子は元気に過ごしております」


「ふ、運の良い子じゃ。それより、せっかくのご馳走、早く用意せぬか」


「はい。ただいま!」


 美月がケーキを切り分けると、女神は手づかみで次々と平らげていく。

 相変わらず見事な食べっぷりだ。

 時折、「これはなんじゃ」と女神に訊かれ、そのたびに美月はケーキや和菓子の材料や名前の由来などを話した。


 あらかた食べ尽して満足そうな女神に美月は言った。


「あの、ひとつお聞きしたいことがあるのですが」


「なんじゃ。言うてみろ」

 

 女神はペロリと舌を出し、手についたクリームを舐めた。


「以前、光がわたしたちの願いを伝えたときに、いつかは叶えられるとおっしゃったそうですが、それはどれくらかかるものなのでしょうか?」


「ふむ……本来、人間の前に姿を現すかどうかはわれらが決めることじゃ」


「え? でも、ぼくだって姿を見せたいって思ってるのに」


 光が反論した。


「おそらく神としての自覚が足りぬのであろう……そなた、わらわのもとで修業をしてはどうじゃ?」


「修業?」


「なに、修行といってもわらわの世話をするくらいじゃ。そなたはわらわ以外の神を知らぬのであろう? わらわのもとには日本各地から稲荷神がやってくる。よい刺激になると思うが、どうじゃ?」


「ぼく、行きます!」


「光! よく考えなきゃ駄目よ」


「みいちゃん、ぼくも頑張りたいんだ。美桜や朝陽があんなに頑張ってくれてるのに、このままじゃ何年かかるかわからないでしょ……お願い、みいちゃん。ぼくを行かせて」


 光の真剣な表情に、美月は何も言えなくなる。

 そんな美月を見て、光は女神にお願いした。


「宇迦之御魂大神様、庭の手入れがあるので、季節の変わり目には帰ってきてもいいですか?」


「よかろう。では早速向かうとしよう。ついてまいれ」


「じゃあ、行ってくるね。みいちゃん」


「光!」


「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」


「……わかった。気をつけてね」


 光は女神の手を取り、眩しいひかりの中へ消えていった。


 誰もいなくなった真夜中の庭に、美月はひとり残された。

 慌ただしい別れに頭がついていかない。


「あっ、美桜と奏多に言わなくちゃ……美桜、怒るだろうな」


 だけど、ちゃんと帰ってくるって言ってたし……必要なことなんだよね? 光。


















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