【完結済】神様の庭 〜うちの神様は小さな男の子でした〜
陽咲乃
第1章 美月
第1話 祖母の遺言
認知症を患い、施設で暮らしていた祖母が亡くなった。
驚くことに、引っ越してからすっかり疎遠になっていたわたしに、祖母は家を遺贈するという遺言を残していた。
「なんでわたしに?」
そうよねえ、と母も不思議がる。
「子供が3人もいるのに、どうして
「あの欲張りな人達が?」
父の兄と妹のことだ。
「そうなのよ。不思議でしょ? だからパパに聞いてみたら、あの家は選ばれた人が継がないと恐ろしいことが起こるんですって。だから誰も文句を言えないみたい」
「ええ……何それ、こわ。それに選ばれたって何を根拠に」
自慢じゃないが、わたしの通っていた大学はあまりレベルが高くない。運動神経も良くないし、何か特技があるわけでもない。そんなわたしが選ばれた理由がさっぱりわからなかった。
「うーん、パパの転勤でお引越しする前は、よく遊びに行ってたじゃない? そのとき何か感じるものがあったとか?」
こっちに戻ってきた時には、すでに祖母は認知症でわたしたちのことはわからなくなっていたから、たぶんそうなのだろう。
子供の頃、親に連れられて行った祖母の家には広い庭があって、いつもそこで追いかけっこやかくれんぼをして遊んでいた……あれ? わたし、誰と遊んでたんだっけ。
「ねえ、お母さん。おばあちゃんちに小さい子どもがいたでしょ、わたしがいつも一緒に遊んでた。あれ、誰だったっけ?」
「そんな子いたかしら……覚えてないわ。あなた、いつも一人で楽しそうに遊んでたけど」
そんなはずない。確かに──
『みいちゃん』
そうだ。わたしのことをみいちゃんって呼んでた。
頭の中にかかっていた霧が晴れていくように、あの頃のことを思い出した。
◇
「おばあちゃん、こんにちはぁ」
おばあちゃんの家に行くと、わたしはバタバタと走って真っ先に庭に向かう。大好きな友だちが待っているからだ。
その子はいつも桜の木の下にいた。
白っぽい着物を着ていて、髪は銀色で、不思議な色の目をしていた。
どうして忘れていたんだろう……。
「とにかくそういうことだから、一度おばあちゃんの家を見に行ってみたら? ほら、美里も今なら時間あるでしょ」
母の声で我に返った。
「はいはい、たっぷりありますよ」
大学を卒業して就職した会社は、いわゆるブラック企業で、週休二日なんて最初だけ。15連勤の途中で切れたわたしが退職届を叩きつけたのは半年前のこと。最初は同情していた両親の目もそろそろ厳しくなってきたところだ。
「じゃあ、明日にでも行ってきなさいよ。はい、これ。おばあちゃんちの鍵ね」
次の日、母にせかされるように家を出た。
◇
久しぶりに見るおばあちゃんの家は記憶より古びてはいたが、平屋建ての立派な日本家屋で、敷地も建坪だけで百坪くらいあった。
鍵を開けて家の中に入る。記憶を頼りに部屋の襖を開けていくと、おばあちゃんの部屋にたどり着いた。どこも綺麗に片づけられている。
障子を開けると広い縁側で、子どもの頃、ここでおやつを食べながら庭を見ていたことを思い出す。
ガラス戸を開けて庭に出ると桜の木があった。
来る途中に見た桜は七分咲きだったのに、なぜか目の前の桜は蕾すらつけていない。庭を見渡すと、全体的に木や草が枯れかかっている。しばらく放っておいたせいだろうか。
「あれ? こんなのあったっけ?」
桜の木のそばに赤い屋根の小さな
低い石の台座の上にある木で出来た祠には、両開きの格子戸がついている。
「何か入ってるのかな──」
中を見ようとして手を止めた。
そもそもこれって開けていいものなの? 祟りとかあったらいやだし……お母さんに電話して聞いてみよう。
「あら、もう着いたの? 結構早かったわね。お昼は駅弁?」
「そんなことより、庭に祠があるんだけど知ってた?」
「ああ、そういえばあったわね」
「あれって、中に何が入ってるの?」
「確か、昔開けたときは何も入ってなかったわよ。
「ふうん、そうなんだ。開けてもいいんだね。家の中は結構綺麗だけど、誰か掃除してくれてるの?」
「うん。お隣の人に管理を頼んでるから、客用布団も干してくれてるはずよ。吉田さんて人だから、あとで挨拶しておいて。菓子折り、ちゃんと持っていくのよ」
「わかった。じゃあ、また連絡するから」
電話を切り、部屋に戻る。干したと思われる布団が部屋の隅に畳んであった。シーツや枕カバーも新しい物が用意されている。
(ありがたい。早速お礼に行こうかな)
荷物の中から母の入れてくれた和菓子の詰め合わせを取り出す。ふと思いついて、コンビニで買ったおにぎりを一個、庭にある祠の前にお供えした。
「おばあちゃんがお世話になりました。これからはわたしが住むかもしれないので、よろしくお願いします」
何の神様か知らないが、とりあえず手を合わせておこう。これで礼は尽くしたはずだ。
こうしてわたしは、まだ見ぬ神様との出会いに向けて動き始めたのだった。
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