サクラの散るころ

しーちゃん

サクラの散るころ

俺は昔から負けず嫌いだった。そこからなのか、人とは違う事をしたい。そう思うようになった。具体的なことは無い。人と違うことであれば何でも良かったのだ。

そんな時新しい女教師がやってきた。新学期、俺らのクラスの担任になった若い女。この学校には20代の先生はいなかった。そのためか、皆多いに盛り上がった。見た目は綺麗と言うより少し童顔で可愛い。そのせいか、彼女は周りの女教師に嫌われているような、何となく皆当たりがきつかった。俺はそれを見てモヤモヤした。「いい歳したおばさんが気持ち悪。」そう呟くと、「ほんとよね」と隣で声が聞こえ俺はびっくりした。「先生!びっくりしたー」そういうとクスクス笑う先生。「桜散っちゃったね」そう言い桜の木を見上げている。桜は完全に散り、葉桜と化していた。「先生、サクラ好きなの?」そう聞くと「とびきり好きなわけじゃないけど、春になると見たくなるし、散ると寂しくなるものね」と呟く。先生の横顔は綺麗だった。俺はその日から先生を少し意識していたのかもしれない。「おはようございます。ホームルーム始めるよ」そう言い教壇に立つ先生。各々に先生をからかう。それでも彼女は凛として立っていた。「市ヶ谷くん、その服装校則違反よ。明日からパーカは着てこないでね」と俺に注意する。俺は、ありとあらゆる手法を使って先生の気を引こうとした。先生は可愛いが、冷たい。どこか冷めている。なかなか、縮まらない距離に俺は苛立ちすら感じていた。そんな時、また先生が桜の木を見上げていた。今は桜を咲かしていた時の様な華やかさや儚さはない。ごくごく普通の木と同じになってしまった桜の木。「何見てんの?」と声をかけると肩をビクつかせる先生。そんな先生が可愛いと思った。「何となく見てただけよ」そう言う。俺はこの2人きりの時間を少しでも続かせようと話を続ける。「先生って、なんで教員になろうと思ったの?」不意にでた質問。彼女は「なんとなく、、、かな〜」と少し考えて答える。「市ヶ谷くんは?夢とか将来なりたい者とかないの?」そう聞かれ困った。まだ高校2年の俺は何も決まらずにいる。別に焦ってはいなかった。なのに、今その質問を聞いて何も無い自分に焦りと恥ずかしさを覚える。「具体的にはないけど、、、強いて言えば人とは違う事がいいな。公務員とかじゃなくて正社員とかでもなくて、なんか人と被らないこと」そういうと先生が俺の顔をちらっと見て言う。「社長とか?タレントとか?」そう聞かれ困る。「いやー、わかんねぇけど。俺が社長とかタレントは無理っしょ。」そう笑ってみせる。すると彼女は少し切なそうな顔をして言う。「そう。人と違う事って難しいわね」俺は嫌味を言われた気がしてムキになった。「公務員とか安泰とか言うけど、何も刺激なさそうじゃん。俺はそんなのヤダね」彼女は何も言わない。俺は不安になる。公務員はヤダと言うことは先生を否定したと同じじゃないか。不安は焦りに変わり、「いや、別に先生の仕事馬鹿にしてる訳じゃなくて」とフォローをする。すると少し微笑んで「分かってる」そういう彼女。俺はホッと胸を撫で下ろす。すると「ねぇ、先生?進路の相談乗ってよ。」気がつくと言葉が出ていた。「いいわよ。」その返事と共にチャイムがなった。俺は先生に「また、放課後に!」と言い急いで教室に戻った。

数週間の間に何度か進路相談という口実の元、先生と2人きりの時間を手に入れた。長いまつ毛、細い腕、白い肌、何もかもが俺を掻き立てる。先生が好きだと確信してしまった。青春真っ只中の男の子を誰が止められるというのか、俺は冗談混じりで先生に言う。「先生、俺と付き合おうよ」本当は凄く緊張した。緊張した上のおちゃらけだった。だせぇなと思いつつ、本心を悟られないよう必死だった。「人と同じが嫌だから先生と付き合うの?」そう聞かれ俺の心臓は震える。この人は何を言っているのか理解が追いつかない。「いや、違う!俺本気で先生好きなんだよ」そう言うと、「そう。ありがとう。でも、それは辞めた方がいい。あなたの為に」そう言い彼女は部屋を後にした。俺は失恋したんだと悟った。先生に恋をするなんて誰もが想像できる。まるでドラマや小説みたいで、とても在り来りだ。俺は失恋と共に皆と同じであると言うことにショックを隠せなかった。

それから数日がたった時、街でばったり先生に遭遇した。大都会でもない俺の住む街では、おかしな話ではないが気まずさを感じる。「市ヶ谷くんもお買い物?」そう聞かれ俺は頷いた。「先生も?」そう聞いた途端後悔した。「誰?こいつ」そう近づく男。「私の生徒。」そういうと男は納得したように鼻で笑い俺を見た。先生の彼氏だと思った。俺はまだ先生を諦めていなかったんだと気がついた。そんな俺を見て先生が言う。「あれは私の兄。」その言葉に安心した。「先生お兄さんいたんですね。意外」そういうと彼女は少し微笑んで「また、学校で」といい去っていった。次の日先生は学校を、休んだ。体調不良との事だった。昨日は元気そうだったのに、と思ったが少し体調が悪くて兄に付き添ってもらって買い物をしていたのかもしれないと考えた。次の日は何事も無かったかのように先生は出勤していた。「先生おはよ。体調大丈夫?」そう聞くと「ありがとう。もう大丈夫よ。」そう言い俺を見る。そして俺はまたお願いすることにした。「先生、進路相談。またお願いしたい。」「そうね。途中で終わってたもんね。いいわよ。」そう言い職員室に入っていった。俺は心の中でガッツポーズした。放課後になり、一目散に先生の所に向かう。先生はコーヒーを飲みながら、雑誌を見ていた。「何見てんの?」と声をかけると雑誌の、表紙を見せてきた。「ファッション誌?先生、こんなの読むんだ。」ま、女性だから読むのかもしれないが、何となく先生は興味が無いのかと思っていた。「いや、気になっただけ。流行個性的ファッションって、矛盾じゃない?と思って」そう真面目に話す先生が何だか可愛くて笑ってしまう。笑ってる俺を見て不服そうに「だって、流行している時点で個性的ではなくなってしまうのに、そもそも個性的ってなんなんだろ?奇抜って意味だとしたら、この使い方は3点ね」と言う。俺は先生の目の前に座る。珍しく饒舌な先生を新鮮に思い彼女の話に耳を傾ける。「そもそも、人と被らないファッションが好きってさ、この服装を皆がしていたらこの子は、この服を着なくなるの?それって流行りに合わせるか合わせないかの意識だけで結局は世論に流されているじゃない。世の中矛盾の種が尽きないわね」と言う先生。「まぁ、世の中そんなもんだって」と言うと。「なーに言ってんの。自分の進路も決められない癖に」と笑われてしまった。少し悔しかったが、俺は先生との距離が縮まっている気がして嬉しかった。

ある日クラスの女子が、バンドの話をしていた。「もうね、ほんとに歌が上手くて、めっちゃかっこいいの!」話を聞いていた数人が「初めて聞いた名前のバンド。よく知ってるよね。どうやって、そーいうの知るの?」と興味深そうに聞いている。アホくさと思いながら、ついつい話を盗み聞きしてしまう。俺は少し気になりそのバンドを調べると、近々メジャーデビューするとの事だった。しかし、そのバンドがメジャーデビューしてからの事だ。クラスの女子が「なっちゃんの言ってたバンドめっちゃ今売れてるよね!」とまた、盛り上がっている。するとなっちゃんと言われる女が「そうなんだよね」と少し不満そうだった。皆少し不思議そうに「あれ?好きだったよね?嬉しくないの?」と聞いている。「いや、嬉しいんだけどね、デビュー前の方がなんか、いいと言うか、らしさが無くなった」と言った。俺は、なんだそれと呆れた。アイツの好きはその程度だったんだ。そう思った途端、その話への興味は失せた。昔からのファンはその人が売れると離れていく傾向があるとよく聞く。あいつも所詮皆と同じ。そう思うと、とてもどうでもいい人に見えた。

数日が経った時、先生が俺に近ずき言う。「今日放課後予定が合って、進路相談出来ないの」そう言われ俺は「彼氏とデート?」そう恐る恐る聞く。すると「違うわよ」と笑われた。安心した俺は「分かった!じゃまた今度!」と言い教室に戻った。先生は授業が終わるや否や急いで学校を出ていった。余程大切な用事なのだろう。俺は少し気になったが、また明日聞いてみようと思い家に帰ることにした。

次の日、服装のせいか、どことなく雰囲気が違う先生。「先生、今日いつもとなんか違くない?」そう聞くと「分かる?変かな?」と聞いてきた。「いや。変じゃない。むしろ綺麗。」そういうととても嬉しそうな先生。「なに?好きな人でも出来たの?」そう聞くと「違うって。若い子はすぐ恋愛に結びつけるんだから」そう笑う。「昔から興味というかやりたいことがあったの。でも勇気なくて諦めてて。なんか今ならできる気がして」そう嬉しそうに話す先生。「そうなんだ。良かったね。頑張って」そう言いながら、俺は少し胸騒ぎを感じていた。

放課後、いつまで経っても教室に来ない先生。進路相談忘れてるのかな?と先生を探しに廊下に出た。すると、突然、ドン。と鈍い音とともに数人の生徒の悲鳴が聞こえた。俺は固まる。何が起こったのか理解が出来ずそこに立ち尽くしていた。

『七海飛鳥』が自殺したと連日ニュースになった。そして、学校でも説明会が行われ、しばらくの間その話は尽きなかった。頭をフラッシュバックする映像。先生は確かに落ちている瞬間笑っていた。見たことないくらい綺麗な顔で。数ヶ月が経っても俺は先生を忘れられずにいる。また桜が咲いた。先生に恋をしたこの場所。先生はこの場所で何を見ていたのだろう。桜の木の傍には花束がお供えされている。俺はずっと先生の言葉を考えていた。彼女が嫌った『矛盾』。俺は人と違う何かを望んでいた。でも、俺自身皆に流され感化され生きていた。大多数を否定することで信念を何も持たない俺は簡単に信念を手に入れた気になれたのだ。自分で何もかも決めているようで何かを否定し残された道を歩んできただけ。自分らしさは他人が決めるものじゃない。だからといって否定ばかりしていては八方塞がりだ。俺が感じた思いや守りたい事、譲れない何かをどう貫いていくか、それが1番大切な事。他人なんて関係ない。そんな当たり前のことに今更気がついた。誰もが自由に出来ない中で何かを諦め簡単な道を選ぶ。先生もそんな1人だったのだろうか。先生は俺をどう思っていたのだろう。まだまだ子供な俺は彼女のために何が出来たのだろうか。後悔というよりも物悲しさが消えない。でも俺はこれから、俺の人生を歩んで行かなくてはならない。彼女の為になんて言えない。でも、彼女の死は無駄にしたくない。

だから先生。見ててよ。

またいつか、

サクラの散るころ、またここで

貴方に会えますように。

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サクラの散るころ しーちゃん @Mototochigami

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