あまり乗り気のしない事件
「ふぅん」
琴芝舞は以上の手紙に目を通すと感動したように目を輝かせた。彼女は以前図書館で借りた本の中にこれと同じような予告状の載った小説を読んだことがあったのだ。なるほど、それなら目の前に座るこの瓦木紗綾もいよいよ名探偵という事か、と思い、羨望の眼差しを向けたのだ。しかし彼女に対面する紗綾はというと、いたって迷惑そうである。
「だからね、あんまり有名になるとロクなことが無いっていう、いい例だね」
「なぁに、いいじゃない。さーやんならチョチョイのちょいで解決さ。ね、そうじゃない?」
すると紗綾は少し考えて、
「それならいいんだけどね。でもさぁ、舞、この予告状の主は一つ間違いをしてるんだよ」
「なんだい?」
「私が一度も失敗してないって」
すると舞は意外そうな顔をして抹茶オレに突き刺さったストローと唇を触れさせた。
「舞は何度か一緒に事件に遭っているじゃない。その中でだって、人が死ぬのを止められなかったり、謎が解けた時にはもう遅かったり、そういうことは何度もあったじゃない」
「まあでもさ、なんだかんだ解決には持ってってるじゃん」
紗綾は相変わらずどこか不満そうである。紗綾にとって問題はそこではないのだ。しかしそれを声に出されなくても舞にはわかる。例えそれが真実同じ考えではなくても、だいたい同じ答えを持っていることもわかっている。
「でもそれどうするの?」
「どうするのって、そりゃ予告されちゃった以上、受けて立つつもりだけど、どうもね。今回のこれはだって窃盗予告でしょ? 窃盗は正直専門外だからさ」
そう言って紗綾も紙パックをチュッとしぼませると、ふうっとため息をついて、
「そういうのだったら舞のお父さんが適任じゃん?」
「それで私に相談したの?」
「いんや、そうであろうとなかろうと舞にしか話せないよこんなこと」
ちょっぴり舞は頬を染めた。しかし紗綾に気づかれないよう、抹茶オレでクールダウンした。
彼女たちが問題にしている校内展覧会というのは、彼女たちの通う高校で行われている行事の一つである。行事といっても学校のサイトや案内で堂々と告知されるようなものではない。ほとんど美術部うちわのイベントなのだ。その内容はいたって単純である。美術室を展覧会に見立てて、昨年美術の授業で提出された優秀作と、紗綾たち美術部員の作品を並べて美術履修生に批評をしてもらおうという授業なのだ。
時期は毎年五月の連休明けと決まっている。この学校では中学まで美術が必修だから参加者の中心となるのは中学生である。特にこの時期の中学一年生といえば入学したてで、まだ学校にも慣れていない。はじめての中間試験だって控えている。試験のない美術のような授業はないがしろにされがちなのだ。画材も揃ってなければ知識のない学生も多い。だからこの時期に先輩たちの作品を見ることで、猶予を与え、作品を見る目を養い、美術に親しみを持ってもらおうというのだ。まあ、実際そこまでうまくいくものではなく、大抵の学生は適当にこの時間を過ごしてしまうから、そんな高尚な目標は決して達成されないのだが……。
美術部が作品を展示する以上、準備は彼女たちが行う。しかしこれがなかなかに面倒なのだ。まず作品を展示できるよう机をいくらか外に運び出す必要がある。部員のほとんどが女子生徒なものだからなかなかの重労働である。その上展示用のパーテーションを倉庫から持ってきたり、額装されてない作品は額装したり、立体はクロスを敷いて程よく配置したりと、とかく骨が折れるのだ。校内展の準備にはいつも前週の土曜放課後が充てられる。それを丸々使い切ってようやく終わるくらい時間がかかるのだ。
しかし、この校内展、ただ面倒臭いだけではないのだ。準備こそ面倒でも美術部にとってメリットもある行事で、実際毎年楽しみにしているのだ。一つ目のメリットは作品の講評機会が増えることである。彼女たちが作品を出すとすると、まず十月の文化祭くらいしかない。ところがこの校内展覧会があることで冬に描いた作品を世に出す機会が得られるのだ。とかくこういうことには締め切りがないと描けない人たちの集まりだから、こうして締め切りが増えるのが実に助かるのである。しかもこれが多くの生徒の目に触れるのだから悪い気はしない。言い忘れたが、生徒たちが批評をするシートの提出は絶対なのだ。一学年二百人としても、毎年必ず五百人を超える人が見てくれるのだ。もちろんその全てが己の作品を批評しなくとも、だいたい一人頭最低五十は評価シートが帰ってくる。
もう一つのメリットは美術部の活動を多くの生徒に知ってもらえることにある。これを機に美術に興味を持って入部してくる生徒は毎年一定数いる。ここまで部活を決めかねてきた、隠れた逸材が入部を希望するかもしれないのだ。そう思うと俄然やる気が出てくるのだ。
今日はその校内展初日の月曜日、放課後美術室に向かう前に紗綾が何やら話があるというから、食堂で一休み、こうして相談しているというわけだ。そろそろ美術室に向かわねばならない。評価シートの集計をしなければならないのだ。
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