💙旦那にはナイショ。オカンの日常生活番外編
オカン🐷
第1話 味修行
テレビ画面が京都の床料理を映しだした。
夏の風物詩。川沿いに床が立てられ涼やかな川のせせらぎが、今にも聞こえてきそうだった。
それを見た旦那が力強く言った。
「うわ、高い。接待でもないと行かへんよな」
何を力説しとんねん。だいたい、そないな接待してくれるところおますん?
旦那はウォーキングのとき、1個300円のソフトクリームを買うのも躊躇すると言う。それなりの小遣いはもろてるはずやのに、ケチ。
おっと、いけない。もうこんな時間。
「ほな、行って来ま~す」
友だちのウメと最寄りの駅で待ち合わせ、地下鉄、京阪、叡山鉄道と乗り継いで貴船に向かう。先ほどテレビに映し出されていた、旦那が接待でないと行かへんよなと言っていた所に、私たちは向かっていた。
8千円の料理に目を剥いていたから、1番高いコースやねんとは、とても言われへん。
貴船口まではひろ文の車が迎えに来てくれる。
以前、ひろやに行ったことのある知人の話では、リムジンが迎えに来たと言う。
大阪のおかみさんたちは結構行ってまんねん。
こんなに狭い道をどうやって対向車とすれ違うのやろかと心配したが、帰りに貴船神社から乗ったバスは慣れたものでスイスイと走っていた。
川縁には何軒もの料理屋さんがあり、その前の通りは、車や車から降りる客でごった返していた。
中にはお盆を持った和服姿の女性もいて、道のこちら側の店で拵えた料理を、車の列が途切れるのを待って川床にまで運ぶのである。
見ているだけで難儀なこっちゃ。ウチも、その難儀をさせている客の一人だということを忘れていた。
はっぴ姿のおじさんが呼び込みをしていて、海の家状態。
階段を下りて、簀の子の敷かれた縁に案内される。
川のせせらぎが何とも涼やかで、いつもはうるさく聞こえる蝉の鳴き声にまで風情を感じる。
秋の頃にはさぞかし艶やかな姿を見せるであろう、青々としたもみじが辺りを覆う。川の奥には野点でもするのだろうか毛氈が敷かれ、その上に広げられた和傘との赤い色が鮮やか。
「まずは、オカンの快気祝いにかんぱーい」
もう生ビールも終わりの季節かなと思っていたんやけど、まだまだ美味しい。
「もう、足は完全に治ったん?」
「うん、ちゃんとくっついた」
2人が勤めるパート先の駐輪場で、バイクに足を引っかけ転倒し足の指を骨折し、しばらくパートを休んでいた。
最初に出された料理は中身より器の切り子に見惚れてしまった。涼を演出するのにぴったりな口元に向かうほど藍色が濃くなる美しいカットグラス。
湯葉に山芋の餡をかけ、お正月のお節料理に入っているようなチマチマとした細工物をつつきながらビールがすすむ。
「いま食べたお造りの中で何が好き?」
ウメがグラス片手に訊く。
「ハマチかな、プリプリっていうか、コリコリとした歯ごたえで」
オカンもビールに手を伸ばす。
「私は、トロやな」
鱧も丁寧に骨切りされ、口に運ぶとフワリと柔らかかった。
以前、鱧の骨があたって痛い思いをしてから、あまり好きではなくなっていた。
淡泊な味でどちらかというと梅肉の味で、季節感を楽しむといった感じ。
鮎の塩焼きもこれといって特徴のない味。
じゅんさいの吸い物は鰹だしがよくきいて薄口。
京都の会席料理は一品一品違った味を出しているのやけれど、全体的にあっさりと仕上げているので、インパクトがなく印象に遺りにくいのかもしれへん。
個性を主張せえへんといったところやろか。
ビールのグラスが空き、冷酒を頼む。
『貴船』は辛口でさっぱりとした口当たり。
どうしてお酒の感想だけはすらすらと出てくるのやろ、ウチって本当は飲み助?
希望すれば流しそうめんもできるそうなのだが、あれはどうなのやろ。
食べることに遊びの要素が加わるのは、あまり好きやない。
小さな子どもを連れていたら、また別やろけど。
麺自体が細く上品な味に仕上げるためか、薬味のおろし生姜も添えられていない。
ウメは上に載せられた甘辛く炊いた干し椎茸と一緒に食べたらいけると言うが、それも1枚だけで、やはり物足りない。
お腹いっぱいと言いながらご飯もデザートのメロンも平らげた。京都は水がいいからご飯も美味しく炊けると聞いた。確かに美味しい。水をわけてもろてる滋賀県に感謝やな。
食事が終わり藤色の地に「ひろ文」と白く抜かれた目にも涼やかな団扇で扇ぎつつ、貴船神社までそぞろ歩く。
貴船神社の水占い。
引いたおみくじを神社の小さな池の水に浮かべると、おみくじに文字が浮かび上がる。
末吉。
人間、欲を出してはいけない。
何事もそんなに簡単ではない。
味の修行はまだまだ続く。
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