第6話 小さな変化
それからラルフは毎日私の元へやって来た。
「おはようございます、リゼット様。貴女は今日も、女神のように美しいですね」
目が痛くなりそうな程の眩しい笑顔を浮かべ、彼はそんなことをさらりと言ってのけた。
一度だけ手伝いをして貰うつもりだったのに、今日であれから一ヶ月が経つ。朝から昼過ぎまで働き、私と時折会話をしては嬉しそうにして、帰って行くだけ。
ちなみに欲しいものはないか、お金でもどんな宝石でも何でも用意すると毎日言われているけれど、もちろんお断りしている。強いて言うなら寿命が欲しい。
「こちらの作業は、全て終わらせておきました」
「ありがとう」
来るなと言っても勝手に来るのだ、そのうち飽きるだろうと思い、有り難くこき使わせて貰っていたのに。飽きるどころか毎日幸せそうにしているものだから、戸惑ってしまう。
その上彼は普通の人間の数倍、いや数十倍の働きをする。汚い仕事だって何だって笑顔でこなし、まるで経験があるかのように完璧にやってのけるのだ。ラルフが来るようになってから、私もおばあちゃんも仕事が無くなっていて。
流石の私も、かなりの罪悪感を覚え始めていた。
「ねえ、ラルフ。もう十分お礼はしてもらったから、もう来なくて大丈夫だよ。今までありがとう」
ある日の仕事終わり。はっきりとそう告げると、彼は今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
「……迷惑、でしたか?」
「いや、そういう訳では」
「リゼット様」
私の手を取り、縋るような瞳を向けてくる。
「お願いですから、もう来なくていいなんて言わないでください。貴女の役に立つことが、僕の生き甲斐なんです」
「ええ……」
「何より、リゼット様に会えないことが一番辛いです」
そして彼の言葉は、かなり重い。なんというか、私が人生の全てという顔をするのだ。重すぎる。
とは言え、ラルフという男はとにかく顔が良い。彼はあっという間にこの村のアイドルになっていて、悔しいことに私自身もまた、この顔には弱かった。
──結局、押し負けてしまった私は、今日も彼に手伝ってもらう事になってしまった。
◇◇◇
「今日は何を?」
「森に薬草を摘みにいくつもり」
「わかりました」
ちなみにラルフは、動物の世話がかなり上手い。その仕事っぷりは素人とはとても思えない。
私は昔から動物にひどく嫌われていて、怯えられるのだ。内心羨ましく思ったりもした。
「リゼット様、足元に気を付けてくださいね」
「ありがとう」
──正直、ラルフという訳の分からない存在に慣れ始めてしまっている自分に、戸惑ってもいた。それに彼は、驚くほどに私に優しい。
どう考えても今の私は、ラルフが想像していたような人物ではないはずなのに、幻滅するような様子もなかった。
「見つけました」
やがて珍しいはずの薬草を、あっという間に籠いっぱいに摘んできた彼に、思わず笑みが溢れてしまう。本当にラルフは、何もかもが規格外すぎる。
笑い出した私を見て、彼もまた嬉しそうに笑った。
「喜んでいただけましたか?」
「うん。ふふ、ラルフって本当にすごいね」
「僕は普通の人間より、目が良いんです。身体能力も」
確かに畑仕事の様子を見ていても、彼の身体能力の高さは異常だった。何か強化魔法を掛けているような様子もない。
「それに、顔も人より良いよね」
何気なくそう言えば、ラルフの手から籠が滑り落ちた。
「……ありがとう、ございます」
その上、その顔は驚くほど真っ赤で。誰が見たって分かるような、当たり前のことを言ったつもりだったのに。
なんだかこちらまで、恥ずかしくなってきてしまう。
「嬉しいです。リゼット様に褒めていただけるなんて」
「そ、そっか」
「この顔に生まれてきて良かったと、初めて思いました」
どうやらラルフは、自身の容姿に無関心だったらしい。むしろこれ程綺麗な顔をしていれば、大変なこともあるのだろう。
「リゼット様、大好きです」
「うんうん、ありがとう」
そしてラルフは、私に対して好きだという言葉をよく口にするようになった。
最初のうちはうっかりドキドキしてしまったものの、ラルフが私に向ける感情は恋とか愛ではないような気がして、今や軽く受け流せるようになっていた。
私に対して恩義を感じすぎたあまり、色々と勘違いしてしまっているに違いない。
落ちてしまった薬草を籠に戻し、来た道を戻っていく。
「毎日こんな場所に来て、ご両親は心配してないの?」
「はい、大丈夫です」
身分などについて尋ねてみても、いつも誤魔化されて終わるのだ。どうやら年齢は、私の2つ下らしい。
結婚式で姿を見た時には、かなりの上位貴族のように見えたけれど。ここまで自由なのだ、田舎の男爵家の末っ子辺りなのかもしれないと、ひっそり思い始めていた。
ちなみに、リアラとも近いうちに会う予定だ。ラルフが会えるよう手配してくれることなっている。私が彼らを助けた分の恩なんて、十分過ぎるほどに返してもらったように思う。
「本当にこれからも毎日、ここに来るつもり?」
「はい。貴女がここにいる限り、ずっとです」
「物好きだね」
「リゼット様好きです」
「…………」
元は孤児とは言え、ラルフは既に貴族としての贅沢な生活も経験しているはずなのだ。それなのに文句ひとつ言わずにこうして手伝いをしてくれる姿には、正直胸を打たれていた。
「では、失礼しますね」
そして今日も手伝いを済ませると「今日もお手伝いをさせていただき、ありがとうございました」なんてお礼を言い、帰ろうとするものだから。
私はつい、そんなラルフを引き止めてしまっていて。
「……その、良かったら、お茶でも飲んでいく?」
気が付けば、そんな提案をしてしまっていた。
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