第5話 恩返し
「ラルフこそ、どうしてこんな場所に?」
「リゼット様にお会いするためです」
「……まあ、そうでしょうね」
そもそも私は、ラルフにここに住んでいることを話した覚えはない。普通に怖い。噂に聞くストーカーというやつだろうか、なんて考えながら、隣に座る彼へと視線を向ける。
輝くような銀髪に、美しい紫色の瞳。彫刻のように整った顔立ちは一見、冷たそうな印象を受けたけれど。常に柔らかな笑みを浮かべているせいで、今は微塵も感じられない。
何故私がここにいると分かったのかと尋ねても、爽やかな笑顔で誤魔化されてしまうため、もう考えないことにした。
「それで私に会いに来て、どうして畑仕事なんかを?」
「恩返しとして、まずは何かお手伝いをと思いまして」
「おんがえし……?」
「はい。僕はリゼット様の為なら、何でもするつもりです」
「ええ……」
余計に話が見えなくなってきた。恩返し、ということはつまり、私は過去に彼に恩を売ったことになる。
「……ええと、過去に会ったこととかあった?」
恐る恐るそう尋ねれば、彼は笑顔で深く頷いた。
「はい。リゼット様は僕の命の恩人ですから」
「…………?」
こんな美青年を助けた記憶など、さっぱりない。誰かと間違えているのではないかと首を傾げる私に、彼は続けた。
「僕を、そして妹を救ってくださったでしょう?」
「妹?」
「子供の頃の僕らは孤児で、妹は伝染病にかかり死にかけていました。そんな中、通りがかったリゼット様が薬代にと、ご自身のアクセサリーや靴をくださったんです」
「……あ、」
そしてようやく、点と点が線で繋がった。確かに子供の頃にこの場所へ向かう途中、そんなことをした記憶がある。
どうやらあの時の兄らしき少年が、彼だったらしい。
「リゼット様のおかげで、妹は無事に助かりました。その後はリアラさんの下でお世話になっていたのですが、縁あって現在はとある貴族の方の養子として暮らしています」
「そうだったんだ……」
あの状況から貴族の養子になるなんて、強運が過ぎる。とにかく、彼らが元気に暮らしているようで本当に良かった。
「見ず知らずの人間のために、あのような行動ができるリゼット様は本当に素晴らしい方です。貴族令嬢が孤児のために靴まで差し出すなど……誰よりも美しい心の持ち主だ」
「ええ……いや、そんなことは……」
本当に、私自身はそんな大層な人間ではない。けれど彼が私に恩義を感じているらしい理由に、納得はいった。
彼の目には、私がまるで聖母のように映ったらしい。そして時間が経つにつれて、脳内で美化されていったのだろう。
「でも、よく一目見ただけで私って分かったね」
あれから8年も経っているのだ、自分でも雰囲気や顔立ちはかなり変わったように思う。けれど彼は昨日、私を一目見ただけで「見つけた」と呟いていた。
「僕が貴女を分からないなんてこと、あるはずがありません。この8年間、毎日リゼット様を想っていましたから」
「ま、またまた……」
「本当です。リアラさんからは修道院に入る予定だったと聞いたのですが、大陸中の修道院を探しても見つからず、もう二度とお会いできないのではないかと思っていました」
「大陸中……? その、途中で気分が変わっちゃって」
ちなみにリアラは今も、私を心配してくれているらしい。彼女はとても元気で、当時の恋人と結婚して子供も生まれ、王都から近い街で幸せに暮らしているという。
それを聞けただけでも、本当に良かった。
「とにかく、ラルフも妹さんも幸せに暮らせているのなら、本当に良かった。それと気持ちは嬉しいけど、恩返しとかは大丈夫だから。これからも妹さんを大切にね」
「はい。ありがとうございます。次は、あちらの生き物の世話でしょうか?」
「本当に大丈夫だから。これからも妹さんを」
「生き物の世話には、自信があるんです」
この男、下手には出ているものの意外と強情だ。
「もちろん、こんな手伝いを恩返しだなんて言うつもりはありません。近いうち、宝石や家を贈りたいのですが……」
「お、お礼は手伝いだけで十分です。それも一回だけで」
家だなんて、恩返しの域を超えている。とにかく適当に手伝いをさせ、満足してもらって終わりにしよう。
そう決めて、彼を動物小屋へと案内した。
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