第21話 海賊と懲罰

021 海賊と懲罰


天文19年(1550年)

堺の丹波屋から情報が入る。

『越後屋』の貿易船が博多に到着、間もなく紀淡海峡を通過する見込みである。


越後屋とは、竜童未来を買い取った因縁があり、金を支払ったにもかかわらず、その後、襲われた経緯がある。ゆえに宿敵である。


「海兵隊出動準備」海兵隊の指揮官は九鬼澄隆である。

「越後屋貿易船を襲撃する、全艦友が島泊地へ移動後臨戦態勢で待機」

すでに、関舟サイズの竜骨船3隻が竣工している。

戦闘員(銃撃・白兵戦要員)は各船50名の150名である

現在、安宅船サイズの大型竜骨船を建造している。


友が島の見張り櫓の上では、見張員が南蛮から輸入した望遠鏡を使用して見張っている。

越後屋以外の船は襲うことはないため、どこの船かを確認する必要があった。

「視認、越後屋商船と認む、迎撃体制へと移行」大声で下に報告する見張員。


安宅船と護衛の関舟が2隻、3隻体制の堂々とした布陣である。


「全艦で、護衛の関船2隻をラム戦で撃沈させる、その後離れ、本船を襲撃する」九鬼の命令は明確である。


竜骨船の速度は、安宅船よりもはるかに速い。

帆布で疾走する海賊船、マストには、海賊旗がはためいていた。

縦列に突き進む竜骨船、速度ではとても和船は逃げ切れるものではない。


「撃ちーかた用意、撃てー」甲板上から各50丁の鉄砲が傲然ごうぜんと火を噴く。


!」ゴキャという凄い音とともに、一番艦が敵関船の横っ腹に突き刺さる。

和船は衝撃にも弱い。

「第2射、撃てー」ドドッドン、準備していた2丁目を撃ちかける。

「切り離せ!」かいをこぐ船員たち。

防衛側の兵士は、射撃の影響で動けなかった。

鉤縄を投げてくるが、見張り櫓からの銃撃が敵を撃ち抜く。

各船の見張り櫓には、霜、迦楼羅、荒部など銃の名手が乗り組んでいた。

後進して船を切り離すと、船腹の穴からは海水が浸水するので放っておいても沈まざるを得ないのである。こうしてあっという間に2隻の護衛を始末する。


三番艦は敵本船を追走して、射撃を繰り返す。

相手船からも弓矢を撃ち返してくるが、射撃の方が優勢である。

15分もたつと、3隻に追い回されることになり、正確な銃撃が集中するようになる。

甲板上の戦闘員は次々と打ち倒されていく。

海賊船が横付けされると、満を持して前田慶次郎が飛び移っていく。

海兵には、忍びが多く採用されている。身軽さが重要な部分であるためである。

「見参!」海賊のため名乗りは省略している。

何人かは無事で、抜刀して向かってくるが、ほぼ無力化される、甲板は血の海であった。

「どりゃー」受けた刀を破砕しながら、切り捨てる。

甲板上の戦闘は5分で終了した。

「前田殿!終了でござる」

一番艦の甲板から九鬼の声が響く、竹製漆塗のメガフォンである。


無事に敵船を接収に成功し、友が島にえい航する。

そこで、積み荷を雑賀の安宅船に移し変えるのだが、今回はそれを遠くで見張る小早(小船の一種)がいたのであった。


積み荷が今井の納屋に販売され、安宅船はまた博多で売りに出される。

九十九の収益源の一部である。(莫大な収益ではあるが)


・・・・・


「・・・・!・・・・!」激怒した男が堺にいたが、なぜか怒りの言葉が出ないのである。

心のなかでは、おのれ!鈴木許さんぞ!といっているのだが、一言も文句が出ない。

越後屋はこの時始めて、契約書の存在に気付いたのである。

反撃されても文句は言わないと書かれている契約書であった。


「・・!・・・・・・・!」

文句も言えないということは、プライドの高い越後屋には許せなかった。

そもそも、自分が約束を守っていれば、このようなことになることはなかったのだが、この種の人間はそうは考えないのである。


しかし、冷静に考えれば、この契約書の異常さに気付くべきであったはずだ。

書いてあるからといって、そんな拘束力のある紙切れなど、この世には存在しないのである。

人外の力が働いていると考えるべきであろう。


文句でなければ、言えることに気付いた越後屋は賢いのか馬鹿なのか?

こうして、文句ではなく、河内国守護をそそのかすことを考え付く越後屋であった。


「紀伊の雑賀は目に余るものがあります、ぜひとも、殿様のお力で、雑賀の鈴木に鉄槌を下すべきでしょう、殿様のお力を紀伊の国で示すのです、私共もお手伝いいたしましょう」

河内国守護も紀伊国守護も管領畠山氏である。

しかし、河内はともかく、紀伊は守護職ではあるが、国人、宗教勢力ととても、守護の力は及んでいない。

だが、一定程度の力は及ぶという微妙な感じがあった。圧倒的な管領の時代は過去のものとなっていた。


しかし、これを機会に影響力を強めることができると感じた畠山氏。

堺の会合衆にも恩を売れるし、資金もある程度出すというから畠山氏で打算が働いたとして仕方がないことであろう。


・・・・

紀伊平井に詰問状をもった畠山氏の使者がやってくる。

いはく海賊行為を行う雑賀鈴木は堺会合衆に賠償し、首謀者は切腹せよ。


平井荘の鈴木孫一屋敷へ俺は呼ばれていた。

「九十九、大変なことじゃ、守護様からおしかりが来た」と孫一は青い顔をしている。

「重當何をしておるのじゃ!」鈴木佐太夫が顔を真っ赤にしている。


「は、恐れながら・・・・」今までの経緯を滔々とうとうと説明する男。

とにかくこの男は、口が上手いので、其れらしく聞こえるのでたちが悪い。


「しかし、海賊行為は確かであろうが」

「そうですな。大殿、私を切りますか」もちろん物理的にという意味でなく、しっぽ斬りという意味である。

「九十九は、鈴木の柱石です、大殿」引退したといっても、影響力は大きいのが佐太夫である。

「しかし・・・」

「非は越後屋にあります、嘘偽りでなく」

だが、そのようなことは権力の前では意味がないことであろうことまた事実。

「とにかく、私が致したことですので、私が責任をとりましょう、殿も大殿も、わたくしには、非はないが、雑賀鈴木は、九十九を絶縁するので、煮るなり焼くなりしてくだされとおっしゃってくだされば、あとは私が処理しましょう」と、とんでも理論を述べ始める。


「殿!それはあまりにも」さすが副官望月である。

「望月、控えよ!」

「九十九!」

「いう通りにやってください」と逆に命令するやからがここにいた。


・・・・

「鈴木重當、腹を切れ」詰問状を持ってきた武士が言う。

「はは、非がないのに腹など切れるか、馬鹿者め」

「貴様は鈴木から見捨てられたというのに何を言っている」

「愚か者め、武士なれば武功によって立つのだ、貴様の首を畠山に送りつけてもいいのだぞ」

「何を!」

「帰って伝えよ、取り返したくば、戦にて取り返せとな。儂一人でも戦って見せる、愚昧ぐまいな守護などもはや日乃本には不要よ」

「貴様の一族をこの世から根絶やしにしてくれるわ」

その一言を聞いたときに気付いた、俺の両親はどこにいるのか?記憶がなかったのである。

場違い感満載の男であった。


畠山氏の使いが返っていく。

「忍びたちを集めてくれ」

「は、しかし、大丈夫なのですか?、本家の加勢は期待できないのでしょう」

「加勢は頼めんが、後詰には来てもらう」と俺。


「皆には苦労を掛けるが、畠山の状況を探ってくれ、紀中からくるか、河内和泉方面か、あるいは両面か、侵攻方面、兵力、兵糧の集まりなどあらゆることだ」

伊賀上忍3名と望月が控えている。

「我らは、日頃からの御恩をお返しするときと考えておりますれば、全力を尽くしましょうぞ」忍びのかしら達がこうべを垂れる。


畠山氏は、紀伊では在田地方に居城を構えている。

同時に、河内、和泉の守護も兼務しているので、そちらにも兵力がいる。

使者は、在田から来ていたのでおそらく、そちらからの侵攻ということになりそうだがな。


戦には、時間がかかる、まずは兵力の招集から始まる、常備軍の概念がまだないこの時代、兵は、農民である。

しかも、主家といっても兵力はしれているので、家臣の兵をあてにするしかない、畠山氏の紀伊での兵力では、地元の国人を招集せねばならないのである。


それらの大きな動きから、侵攻軍は、在田ありだ方面からであることはすぐに知れる。

畠山氏はこの際、紀伊での影響力を上げるため、俺を撃砕し、雑賀荘の一部も攻略する腹積もりらしい。


畠山政尚は在田にある岩室城に物資の搬入を行っており、在田、日高の有力国人に招集をかけているようだ。

集結される兵力はおそらく3千以上と見積もられる。

一方、我が鈴木九十九家では、海兵150名と鉄砲隊150名など300名程度である。

これでも、すごい数とは思うがな。

ちなみに鈴木家全部で3000名を集められれば恩の字というところである。


数が少ないということは、基本的に負けるということである。

しかし、良い面もある、兵糧が少なくて済む、取り回しが楽などである。


侵攻軍は有田川に沿って西に移動してから、北上してくるコースと予想された。

岩室からいきなり山間地を北上する道もあるが、行軍には向かない。紀伊はその8割が山間地であり、平野部は河川流域に限られる。

それでも、太平洋沿岸からの北上コースでもちいさな峠をいくつも越えねばならない。


船大工たちに、設計図を渡し、材木を切らせている。

「殿、これは何を作らせているのですか」

「まあ、秘密だな、現場で組立てるので、できてからのお楽しみ、それより、物資の運送はうまくいっているか」

「はい、すでに驢馬、牛による輸送は順調です」

予定戦場近くに物資を運んでいるのである。

戦争の基本は物流である。少なくともこの男はそう考えている。


「殿、情報が届きました、敵の進発は5月5日と決しました」あらゆる情報が忍びより届く、湯浅にいる醤油・味噌店は我が家の店である、そこに注文が届くのでわかりやすい。

働く店員の一部は忍びである。

「では、此方は5月1日に鰈川峠(現代の海南市と有田市の境にある)に砦を築く、総員に伝達せよ」

「は!」




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