第95話 皇后陛下の心配事
私に声を掛けてきたのは微笑みを浮かべる金髪の男性だった。年齢は三十代半ばくらいで
「ザックバーク侯爵、あなたを招待した覚えはないのですが」
お母様に教えてもらったことがある、ザックバーク侯爵は貴族派の有力貴族だ。
ディアナ様の言う通りなら、招待されていないのに勝手に来たということになる。
「私はてっきり招待をされたと思っていたのですが、招待状がツヴァイク侯爵から届いたので。この招待状です」
ザックバーク侯爵がディアナ様に招待状を見せる。
確かに私と同じ招待状だ。ザックバーク侯爵の名前が記載されている。
「…… 私たちが出した招待状のようですね、大変失礼しました。それで、何かご用ですか?」
「ええ、噂のフレイヤ嬢にご挨拶をしたいと思いまして。改めまして、ゴールズ・フォン・ザックバークと申します」
私はドレスの裾を摘まんで挨拶を返す。
「フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します。よろしくお願い致します」
「大半の貴族はあなたをたたえていませんが、あのベスティアを倒し、平民を救ったとか。流石、アンジェリーナ嬢のご友人ですね」
「私だけの力ではありません。協力してくださった人たちがいましたから」
「自らの功績を誇らないとは、これは失礼しました。あなたとお話ができて良かった。それでは」
ザックバーク侯爵が去って行った。
「フレイヤ様、ザックバーク侯爵には気をつけてください」
「どうしてですか?」
「私たちは今回の舞踏会にザックバーク侯爵を本当に招待していないのです。おそらくあれは似せて作った招待状でしょう。作ることは難しくありませんから」
「でも、どうしてそんなことを?」
「もしかしたら、フレイヤ様が目的だったのかもしれません。実はザックバーク侯爵には以前から悪い噂があるのです。犯罪組織から奴隷を購入し、その組織と深い関係だったとか」
「そんな噂が……」
その噂が本当なら、ベスティアを壊滅させた私たちに敵意を持っているかもしれない。念のため、皆に伝えるべきだ。
「フレイヤ様、気を取り直してお菓子を食べましょう。このケーキはどうですか?」
「美味しそうですね! 食べます、食べます」
今は目の前のお菓子に夢中でも良いよね。早く取って食べよう。
大広間にいる人たちが急にざわつき始めたので、手を止めて辺りを見る。
貴族たちが下がって道ができ、その道を紺のドレスを着た女性が歩いていた。そのままツヴァイク侯爵のもとへ行き挨拶をしている。
皇后陛下がいらっしゃった。
◇◇◇
「まさか皇后陛下がいらっしゃるなんて。お父様が招待状を出したのは知っていましたが……」
ディアナ様も他の貴族たちと同じように驚いていた。
皇后陛下がお一人で貴族主催の舞踏会に参加することは珍しい。
私は挨拶に行くべきよね。残念だけど、お菓子は後だ。
「ディアナ様、皇后陛下に挨拶へ参りましょう」
「そ、そうですね」
私たちは皇后陛下のもとへ行き、ディアナ様が先に挨拶をして、私も挨拶をする。
「皇后陛下にご挨拶を申し上げます」
「フレイヤ、また綺麗になりましたね。そのドレス、とても良く似合っています」
「ありがとうございます」
皇后陛下がツヴァイク侯爵に言う。
「ツヴァイク侯爵、お願いがあります。フレイヤと二人きりで話せる部屋を用意していただけませんか?」
「承知致しました。談話室がありますので、ご案内します」
ツヴァイク侯爵が私と皇后陛下を談話室へ案内してくれる。
談話室はゆったりできる雰囲気で、机を挟んで両側に大きなソファーが二つ置いてあった。
「皇后陛下、外で私の従者を控えさせます。何かあれば自由にお使いください」
「ツヴァイク侯爵、あなたのご厚意に感謝します」
ツヴァイク侯爵は頭を下げて退出した。
「どうぞ座ってください」
「あ、はい」
ソファーに座って皇后陛下と向かい合う。
「フレイヤ、まずは感謝を。民を救ってくださってありがとうございます。あなたのおかげで大勢の命が助かりました」
皇后陛下が頭を下げて言った。
「そんな、どうか頭をお上げてください」
私が困ってあたふたすると、皇后陛下はようやく頭を上げてくれた。
「実はフレイヤにお話があって、この舞踏会に来たのです。私の話を聞いていただけませんか?」
「私で良ければ」
皇后陛下が私の横に座り、声を潜めて言う。
「リーゼが誰かに命を狙われているようなのです」
「リーゼ様が!?」
私は手で口を押さえて何とか大きな声になるのを防いだ。
「先日は夕食に毒物の混入があり、毒見役がそのせいで亡くなりました。その前は馬車の車輪が壊れて、危うく横転しそうになったのです」
「そんなことが…… 皇帝陛下はご存知なのですか?」
「皇帝陛下とクウィンディー公爵に伝えましたが、皇族には良くあることとして取り合ってくれませんでした。あの人たちの態度を見ていると、リーゼの命を狙っているのはもしかしてと思ってしまいます。考えたくないのですが……」
リーゼ様は私のお父様を尊敬していると前に言っていた。皇帝ゴットハルトと民への考え方が異なるのかもしれない。
皇后陛下は言葉を濁したけど、ゴットハルトがリーゼ様を殺そうと考えてもおかしくない気がする。
それに、リーゼ様の命が狙われているのは第三皇女が誘拐される事件の前触れかもしれない。
あれ? 違うかも。リーゼ様は第二皇女だったような……
「皇后陛下、リーゼ様は第三皇女ではないですよね?」
皇后陛下が驚きの表情で言う。
「何かを聞いたのですか?」
私の知らない事情があるようだ。
「ちょっと噂で知りました」
「…… そうですか。フレイヤにはお話ししますが、他言は控えてください。リーゼが生まれる前の話です。皇帝陛下と側室のエヴァリア第一夫人の間に御子ができましたが、死産でエヴァリア夫人も亡くなりました。その御子が生きていたら、リーゼは第三皇女だったのでしょう」
じゃあ、やっぱりリーゼ様が第三皇女。皇族が拐かされた事件だったから詳細は分からない。だけど、前世でリーゼ様を救ったのは剣聖フレイヤだった。
「今も信頼できる者にリーゼを護衛させていますが、もし、万が一、リーゼに何かあったら、フレイヤの手を借りたいのです。どうかお願いします」
皇后陛下がまた私に頭を下げた。
皇后陛下は皇帝派の騎士団上層部に口添えをしてくれて私たちを助けてくれた。大きな恩がある、今度は私が助ける番だ。
「何でも仰ってください。私で良ければ、お力になります」
「フレイヤ、ありがとう。本当に感謝します」
その後も皇后陛下は感謝の言葉を何度も私に言い続けた。
◇◇◇
談話室から出ると、皇后陛下はツヴァイク侯爵のもとへ行った。
貴族の挨拶は終わったので、私はそろそろ帰りたい。ディアナ様に挨拶をしに行こう。
「ディアナ様、私帰ろうと思います」
「そうですか。でしたら、これをお持ちください」
手提げ箱を渡される。箱から甘い香りが漂っていた。
「お菓子を詰めてくれたのですか?」
「はい、色々と入れさせてもらいました。お帰りになったら、皆さんで召し上がってください」
「嬉しいです! ありがとうございます!」
私は満面の笑みで言った。
本当に嬉しい!
ディアナ様は気配りのできる素敵な方だ。レオのことが好きだった頃と印象が全く違う。そう言えば、ロイス様とは順調なのかな?
「ロイス様とは仲良くされていますか?」
「え? はい…… それなりにです」
ディアナ様の顔が真っ赤になった。
何だか幸せそう。どうやら順調のようだ。良かった、良かった。
「今度、オリアナも呼んでお茶会をしましょう。ディアナ様の話をもっと聞きたいです」
「はい、是非!」
「ディアナ様、とても楽しい時間を過ごせました。ありがとうございました、失礼します」
私はドレスの裾を摘まんで微笑んで言った。
屋敷を出て、シオンとヘドリックが待っている馬車へ向かう。
馬車の外でシオンとヘドリックが何か話をしていた。ヘドリック、少し怒ってる?
「二人とも寒いのに。中で待っててって言ったでしょ。それで、二人は何の話をしていたの?」
シオンが普段と変わらない表情で言う。
「何でもありません。フレイヤ様、お帰りなさいませ」
「そう、何でもないなら良いけど。これ、お土産。お菓子が色々と入っているから皆で食べましょう」
「ありがとうございます」
シオンが先に馬車へ乗って手を差し出してくれる。
「どうぞ」
シオンの手を掴むと、とても冷たくて震えていた。
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