第三部 白銀の女剣士

第七章 予兆と準備

第75話 嫌な予感


 木々の間を走る。パウラお姉様が先行していた。

 私たちが追い掛けているのは猪型魔獣。魔獣化前と比べて、三倍くらい大きくなっている。

 猪型魔獣は木々を倒しながら進んでいた。


「フレイヤ! わたくしが止めますわ。トドメを頼みます!」

「はい!」


 パウラお姉様は猪型魔獣を颯爽と追い越して行手を塞ぐ。猪型魔獣は怯まずにパウラお姉様へ突進する。

 パウラお姉様が魔法を発動すると、突風が吹いて、猪型魔獣の動きが止まった。

 パウラお姉様はお父様と同じ風属性の魔法が使える。敵の動きを止めたりするのが得意だ。


「フレイヤ!!」

「はい!!」


 猪型魔獣に向かう。

 剣に魔力を集めて、剣先から魔力を放出し続ける。放出の維持だ。剣撃の威力が数段上昇する。

 この一撃で仕留めよう。暴れられたら、面倒臭いことになる。

 私は大きく跳び上がり、降下する勢いを活かして、魔力を放出したまま剣を斬り下げた。

 猪型魔獣の首が切断されて、胴体が横にドスンと音を立てて倒れる。


「魔力放出の維持を上手く使いこなせるようになったみたいですね。素晴らしいですわ」


 褒められて嬉しい。でも、私が強くなっているのはパウラお姉様が色々と教えてくれているからだ。


 私は笑顔で言う。


「ありがとうございます。パウラお姉様のおかげです。この魔獣はどうしますか?」

「フレイヤは気にしなくていいですわ。アラクドたちに任せましょう」


 この場で少し待っていると、アラクドさんたちが来た。


「また、ハァ、お前たち、ハァ、二人だけで、ハァ、倒したのか? ハァハァハァ……」

「大丈夫ですか? まずは息を整えてください」

「すまんな。お前たちが速過ぎる。全力で追っても全然追いつかねぇ」


 傭兵隊長のアラクドさんは四人の仲間たちと共に息を整える。


 アラクドさんが死んだ魔獣を見て言う。


「でけぇ魔獣だ。こいつは色んな物に利用できるぞ」

「え? 魔獣って何かに利用できるんですか?」

「なんだ、白銀はくぎんの嬢ちゃんは知らなかったのか?」

「その呼び方は止めて欲しいです」


 アラクドさんは私の髪を見て、白銀と呼び始めた。その呼び方はあんまり好きじゃない。


「白銀って呼び名、けっこうカッコイイと思うけどな。ああ、魔獣の話だったよな。こいつは猪型だから、牙や皮が使える。このでかい牙は武器に利用できるし、皮は椅子とかに利用できるぞ。まあ、貴族は使わないけどな」

「…… そうですか。教えてくれて、ありがとうございます」


 傭兵の人たちと話をする機会が増えて、平民と貴族との違いを凄く感じる。前世の記憶があっても、私は貴族だ。


 パウラお姉様が手を叩いて言う。


「アラクド、魔獣の始末は頼みますわ」

「本当に良いのか? 何も貰わなくて」

「構いませんわ。また何かあったら、傭兵ギルドを通して依頼を出してください。それでは」


 魔獣の処理をアラクドさんたちに任せて、私とパウラお姉様はこの場を去った。



 ◇◇◇



 私たちが魔獣を倒した場所はエデオという町の近くにある森。帝都グランディアからエデオまで馬車で三時間ほど掛かる。

 今日は朝早く出たから、少し眠たい。


「わあーぁ」


 大きなあくびが出てしまった。


「朝早かったので眠たいですわよね。寝ていても構いませんよ」

「今眠ったら、夜眠れなくなってしまいます。それにしても、最近魔獣が多いですよね」

「仕事が増えて大変ですわ」


 パウラお姉様は騎士団を辞めてから魔獣専門の傭兵を始めた。

 剣を教えてくれるだけじゃなくて、魔獣討伐にも時々連れて行ってくれる。実戦を学べるのは凄く良い。魔獣を相手にして特異魔法を試せる。


 帝都周辺で魔獣の出現が多い。どんどん増えている。だから、パウラお姉様やアラクドさんたちのような傭兵が忙しくなっていた。


 嫌な予感がする。

 帝都で魔獣が集団発生するのは来年だ。

 今年じゃなかったはず。でも、前世とまた違うことが起きるかもしれない。


「フレイヤ、どうしました?」

「え、何でもないです」

「やはり心細いですか? イリア様たちがいないから」


 私は首を横に振って言う。


「そんなことないですよ。イリアから手紙が届きますし」


 イリアとオスカー先生、ケイト先生がガリアに行ってから三ヶ月ほどが経つ。先日も手紙が届いて、大学という教育機関に通い始めたらしい。

 少し寂しいけど、イリアも頑張ってるから、私も頑張る。


「それなら良いですけど…… そろそろ帝都に着きますわね。上流街で甘いお菓子を食べてから帰りましょう」

「はい!」


 私は満面の笑みで返事をした。



 ◇◇◇



 屋敷の前でパウラお姉様と別れる。

 パウラお姉様を乗せる馬車が見えなくなるまで見送った。


「ただいま戻りました」

「お帰りなさいませ、フレイヤ様。直ぐにお湯をご用意します」


 屋敷に入ると、シオンが出迎えてくれた。


「お母様は?」

「自室で手紙を読まれていると思います。昼間に十通ほど手紙が届いていましたから」

「また?」


 私は顔をしかめて言った。


 どうしてか分からないけど、全く知らない貴族から手紙が頻繁に届く。

 全部、舞踏会の誘いだ。以前まではそんなことなかったのに。


 自室にお湯を入れた桶を用意してもらう。

 お湯に浸かって、ふーと声を出す。


「フレイヤ様、外ではそのような声を出さないでください」

「出してないよ。でも、今は良いでしょ。気持ち良いんだから。シオンも一緒に入る?」

「入りません」

「また即答。背中を流してあげるのに」

「私が流します」


 と言って、シオンはタオルで私の背中を流してくれる。


 あー、気持ち良い。このまま眠ってしまいそう。


「眠ってはいけませんよ」

「どうして分かったの?」

「フレイヤ様のことなら何でも分かります」

「シオンには敵わないわね」


 湯から出て、シオンに服を着せてもらう。


「お母様の部屋に行ってくるね」

「承知致しました」


 私は一人でお母様の部屋に行き、ドアをコンコンと叩く。

 どうぞと返答があったので、中に入る。


「ただいま戻りました」

「お帰りなさい。はい、この手紙。アンジェリーナ様とロゼからよ」


 やった! 二人からの手紙。来てる気がしてたんだよね。早く戻って読もう。


「こら、待ちなさい。あなたが読むべき手紙がもう一通あるわ」


 お母様から渡されたのはカルバーン侯爵からの手紙。舞踏会の招待状だ。


「私とフレイヤによ。来週末だから忘れないでね」


 カルバーン侯爵……

 帝都に魔獣が集団発生することを話してみるのは? 同盟相手だけど、信用しても良いのか分からない。

 オリアナは? 私を信じてくれる可能性が高いけど……


「フレイヤ?」

「あ、分かりました。来週末ですね。失礼します」


 私は悩みながら自室に戻った。




















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