第13話 アンジェリーナのお茶会
公爵領に入ると、大きな町が見えてきた。
公爵領中心の町エイルリーナ。商業が盛んで様々な町と交易しており、領地の外からも沢山の人が訪れる。
エイルハイド公爵様は商いを大切にされている方なので、商いに対しての税は優遇措置を取っている。
ちなみに、この町の名前はアンジェリーナ様がお生まれになった時に改名された。町の元の名前はエイルで、後からリーナが合わさった。もちろん、リーナはアンジェリーナ様のリーナだ。
エイルリーナの中心部に一際大きな建物があった。
芝生が敷かれ、綺麗に整地されてある。敷地の中には庭園があって色んな花が植えられている。
エイルハイド公爵家の庭師は優秀だから、いつも綺麗だ。
敷地内に入り、屋敷の方へと向かう。しばらくして停まった。
外を見ると、他の馬車も数台停まっている。
「フレイヤ様、扉を開けてもよろしいですか?」
「はい」
カロン様は扉を開けて、私に手を差し出してくれる。
私もその手を掴もうと…… 待って。
カロン様の手を掴むのは、アンジェリーナ様の失礼に当たらないだろうか?
「カロン様、ありがとうございます。支えはいりません」
「高いので危険です。お掴まりください」
「いえ、いりません」
アンジェリーナ様の想い人であるカロン様の手を私が掴めるわけがない。
私は手を使わずに降りた。降りた反動でドレスの裾がふわっと舞い上がりそうになるけど、直ぐに手で押さえる。
他の馬車が停まっているということは、もうお茶会が始まっているのかもしれない。
質問しようとカロン様の方を向くと、なぜか反対方向を向いていた。
「カロン様、どうしました?」
「…… いえ、何でもありません」
「それなら良いんですけど。お茶会は始まっているのでしょうか?」
「始まっていると思います。フレイヤ様が最後の招待客でしょう。お茶会の会場までご案内致します」
右手に持参したお菓子をもって、カロン様の後をついて行く。
カロン様は気を遣って、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる。
お菓子の入った白い箱からはフルーティーな甘い香りがしている。これはアンジェリーナ様の大好きなお菓子。もちろん、私が選んだ。
大きな扉の前で止まった。
この部屋の奥にアンジェリーナ様がいる。そう思うと、緊張して心臓の鼓動がどんどん早くなってうるさい。
「開けますよ?」
「ちょっとだけ待ってください」
カロン様が扉を開けようとしたのを止めて、私は深呼吸をして心を落ち着かせる。
「お願いします」
そして、扉が開いた。
◇◇◇
部屋に入ると、部屋の中央に大きな円形机が置かれている。
お茶会に呼ばれた令嬢たちがそれぞれの席に座っていて、お喋りを楽しんでいた。
私の登場で一斉に口が止まる。
扉から一番近い席に座っていたアンジェリーナ様が私の元に来てくださる。
手入れのされた美しく輝かしい金髪。歳相応の幼さは残るけど、華やかな顔立ち。なだらかな撫で肩にバランスの良い手足。淡緑のドレスが良く似合っていた。
自然とアンジェリーナ様のお姿を見つめてしまう。
―― 私が忠誠を誓い、守れなかった私の大切な主。
柔らかな微笑みを浮かべ、私の目の前にいる。
伝えたい言葉は山ほどあるけど、目の前のアンジェリーナ様には決して伝わらない。
全てをぐっと呑み込み、ドレスの裾を掴んで挨拶をする。
「本日はお茶会のご招待ありがとうございます。私はルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します。宜しければ、仲良くしてください」
アンジェリーナ様もドレスの裾を摘まんで挨拶をする。その動作は洗練されていて、とても美しい。
続いて、席に座っている令嬢たちが順番に挨拶をする。
十人くらいいただろうか。ちょっと多くて、名前を覚えきれない。
アンジェリーナ様が私の持参したお菓子が入る箱を見て言う。
「お菓子を持参してきてくださったんですね。ありがとうございます」
「はい、是非食べてください。ですが、こちらのお菓子は冷めてしまったのでオーブンで温め直していただけますか?」
「分かりました、お任せください。ちなみに、中のお菓子は?」
「アップルパイです。お口に合えば嬉しいのですが」
「アップルパイ!? 私、大好きなんです。ありがとうございます」
アンジェリーナ様は嬉しそうな声を上げた。
アンジェリーナ様の大好物を買っておいて良かった。
メイドにお菓子を預けて、私も空いている席に座る。
思わず周りを見る。周りに控えている従者の人たちは、皆、私の知っている人だ。
さっきお菓子を渡した人も私は知っている。私は知っているのにあっちは知らないだなんて、やっぱり寂しい。
アンジェリーナ様に目を移すと、近くの令嬢たちと談笑していた。他の令嬢たちも各々にお喋りをしている。
あれ? もしかして、私だけ一人?
「フレイヤ様、お話、しても良いですか?」
横から緊張したような声を掛けられた。もちろんですと言って、声の方を向く。
ふんわりとしたグレーの髪に紫のくりっとした瞳。顔立ちは可愛らしく、小柄な女の子。私と同じ歳か、少し歳下くらいだと思う。
「ロゼリーア様でしたよね?」
私の銀髪と同じ特徴的な髪色をしていたので名前は覚えている。でも、家名は覚えていない。
念のため、私が名前を確認すると、ロゼリーア様はなぜか笑顔になった。
「私の名前を覚えてくれてたんですね、ありがとうございます。私のことはロゼとお呼びください」
「では、ロゼ様とお呼びしますね」
「はい」
ロゼ様は恥ずかしそうに頬を少し赤くしながら笑った。
ロゼ様、可愛過ぎる……
名前を呼ぶだけでこんなに嬉しそうな表情をされるなんて。
でも、何を話そう?
私、同年代の女の子とちゃんと話をするのは初めてだ。
黙っていると、ロゼ様が心配そうな表情で言う。
「やっぱり私とお話をするのはお嫌ですか?」
「え? 嫌じゃない、嫌じゃないです。何を話したら良いのか分からなくて」
「でしたら、自己紹介をしませんか?」
「自己紹介? 私がこの部屋に入った時に名前は聞きましたよ」
「名前は知っていますが、お互いのことについては何も知らないです。好きなものかとか色んなことを質問して答えるんです。私、フレイヤ様のことをもっと知りたいです。…… だって、友だちになってくれるかもしれないし……」
最後の方はぼそぼそと言われたので聞こえなかった。
ロゼ様の提案に乗ろうと思う。何だか楽しそうだし。
「では、私から言いますね。フレイヤ様の好きな食べ物なんですか?」
「好きな食べ物? 私が好きなのは牛肉のパイ包みです。ロゼ様の好きな食べ物はなんですか?」
「甘いお菓子です」
何度も何度もお互いに質問をし合って、質問の中でお互いに答えが同じになると、その答えから色んな話ができて楽しかった。
この自己紹介のおかけで、ロゼ様の色んなことが分かった。
ロゼ様はグラストレーム男爵家の三女。
グラストレーム男爵家の領地はエルフ族の反乱があったパルキアに近い。緑が綺麗で素敵な湖もあるらしい。
ロゼ様はピアノや読書が好きで、運動は苦手。十三歳になったらデビュタントがあるので、ダンスだけは頑張っている。
将来の話になって、騎士になりたいことを話すと。
「フレイヤ様は騎士になりたいのですね。素敵な目標です、是非、実現してください」
てっきり反応に困るかなと思っていたけど、こんな風に褒められるとは思わなかった。凄く嬉しい!
私はロゼ様のことが好きになった。
「楽しいお話をされていますね。良かったら私も混ぜてください」
「アンジェリーナ様!?」
アンジェリーナ様が私の側に立っていたので、私は驚いて立ち上がった。
前世の私がしたように自然な動作でアンジェリーナ様の前に跪く。
しまった!
周りが静かになって、沢山の視線を感じる。どうしようか……
「もしかして、 まだ体調が悪いのですか?」
アンジェリーナ様が心配そうに私へ訊く。多分、気をつかってくれた。
「あ、いや、その急に立ったので、立ちくらみをしてしまいまして。ですが、もう大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
「それは大変失礼しました。私が急に声を掛けたからですね」
「アンジェリーナ様のせいではありません。私の鍛練が足りないからです」
アンジェリーナ様から話をしに来てくれるとは思わなかったから、焦って変なことを言ってしまった。
「鍛練とは?」
アンジェリーナ様を見ると、首を傾げていた。
何を言ったら良いのか私が迷っていると。
「フレイヤ様は騎士になるため、日々、鍛練に励んでいるそうです」
私が困っているように見えたのか、ロゼ様が代わりに答えてくれた。
「でも、確かフレイヤ様は長子でしたよね」
「はい。ですが、両親から許しを貰いました」
「そうですか。とても聡明なご両親ですね」
「はい、ありがとうございます」
すると、アンジェリーナ様がじっと私を見つめた。
「それで、いつまで跪いているつもりですか?」
「あ、失礼しました」
私は急いで立つ。立つことを忘れてしまっていた。
「さ、座って。三人でお話をしましょう」
「ありがとうございます」
アンジェリーナ様は私が座ったのを確認すると、ロゼ様に話を振る。
「ロゼリーア様、フレイヤ様が持参したお菓子はもうお食べになられましたか?」
「まだです」
「じゃあ、今からでもお食べになって。とっても美味しかったわ。私、アップルパイに目がなくてね、沢山食べちゃったわ」
アンジェリーナ様に勧められて、ロゼ様もアップルパイを口に運ぶ。
「美味しい。パイはサクッとしていて、中のカスタードが濃厚ですね。とても美味しいです」
「ロゼリーア様はまるでお菓子の専門家のような感想ですね」
「ロゼ様は甘いお菓子が大好きなんですよ」
「私と同じですわね。ねぇ、ロゼリーア様、私もロゼリーア様をロゼ様と呼んではいけませんか?」
「え? アンジェリーナ様がですか?」
ロゼ様はとても驚いていた。私の時みたいに喜ぶかなと思ったのに。
「ごめんなさい。急に失礼でしたよね。仲良くできたらと思って。どうか気になさらないでください」
「いえ、ロゼと呼んでください。私もアンジェリーナ様と仲良くなれたらなと思います」
「そう、良かったわ。これで二人とも私の友人ですね」
アンジェリーナ様は何気なく言って、他の席へと移動する。
アンジェリーナ様の後ろ姿を見ながらロゼ様は口をぱくぱくさせて呆然としていた。
私は歓喜の雄叫びを上げたい気持ちを必死に我慢していた。
―― 私がアンジェリーナ様と友人に!!
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