第2話 前世の最期



 馬車が森道に入ったところで私はアンジェリーナ様に話し掛ける。


「アンジェリーナ様、上手く終わりましたね」

「ええ、これでレイド侯爵は私たち貴族派の仲間になったわ」


 アンジェリーナ様が安心したように微笑んだ。その笑顔を見て私も嬉しくなる。


「クレア、こっちに座りなさい」

「どうしてですか?」

「髪の毛が変よ。またうねってるわ」

「え! ちゃんと朝直したのに」


 私の髪の毛は良くうねる。毎朝直すけど、夜まで持たない。

 アンジェリーナ様はいつもサラサラで綺麗なのに。


「髪をかすから、私の横に座りなさい」

「え、でも」

「命令よ」


 アンジェリーナ様に髪を梳かしてもらうなんて畏れ多い。でも、早く座れと言うように、アンジェリーナ様がずっと横の席を叩いてる。


「失礼します」


 恐縮しながら私はアンジェリーナ様の横に座った。


「髪を梳かすわ。じっとしてなさい」

「はい」


 アンジェリーナ様が私のうねった髪を櫛で丁寧に梳かしてくれる。

 本当は私が自分でしなくちゃいけない。抵抗するけど、いつも問答無用だ。


「クレア、最近綺麗になってきたわね」

「そんなことないです。私なんか地味顔です」

「知らないの? 地味顔が一番綺麗になれるのよ。今度、一緒にお化粧しましょう」

「う、嬉しいです。楽しみにしてます」


 アンジェリーナ様が私の髪を梳かし終わった。お礼を言って、元の席に戻る。


「そう言えば、クレア、あなたは十四歳になったのよね」

「はい」

「ごめんなさいね。ちょっと忙しくてあなたの誕生日プレゼントを用意するのが遅れたわ。屋敷に戻ったら渡すわね。実はちゃんと用意してあったのよ」

「私に!? アンジェリーナ様、いつもありがとうございます。でも、アンジェリーナ様だって、明日が二十歳の誕生日です。お祝いをしましょう」

「私は大人なのよ?」

「大人でも祝いましょう! 屋敷の皆さんもきっとノリノリでアンジェリーナ様を祝います!」

「…… そうね。クレアがそこまで言うのなら、一緒にお祝いをしましょうか。盛大にしましょう、明日が楽しみね」

「はい!」


 私は満面の笑みで答えた。


 アンジェリーナ様はとてもお優しい。

 貧民街の浮浪児だった私を拾って、エイルハイド公爵家で世話をしてくれた。

 しかも、私が騎士になりたいと言ったら、エイルハイド公爵家の騎士になることも許可してくれた。

 今はまだ見習い騎士だけど、命を懸けてアンジェリーナ様を守るつもりだ。


 その時、馬が高く嘶き馬車が急に停まった。 私は転けそうになったアンジェリーナ様を直ぐに支える。


「大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう」

「でも、どうしたんでしょう?」


 御者をしている護衛の先輩騎士二人のどちらかが報告に来るはずなのにしばらくしても来ない。

 嫌な予感がする。

 その直後、キンキン! と金属のぶつかる音が聞こえた。


 先輩たちが誰かと戦っている? 早く逃げないと!


「アンジェリーナ様、逃げます」


 私はアンジェリーナ様と一緒に馬車から出た。


「そんな…… 先輩たち」


 護衛役の先輩二人が血だらけで倒れていた。その近くには顔を隠した手負いの剣士三人が立っている。

 こいつらはアンジェリーナ様のお命を狙う皇帝派の帝国騎士だ。


「アンジェリーナ様、森の中へ逃げてください。私が食い止めます」


 アンジェリーナ様が戸惑って動かないので、私は大きな声を上げる。


「早く!!」


 アンジェリーナ様は森の方へ駆け出した。同時に、私も小ぶりの剣を鞘から抜く。

 私だって一生懸命稽古をしてきた。先輩との手合わせで勝ったこともある。

 帝国騎士が三人でも手負いなら、時間稼ぎはできるはずだ。


 三人の帝国騎士が正面、右、左と分かれて迫ってきた。


「来い!!」


 自分を鼓舞して覚悟を決める。


 正面の帝国騎士が剣を振り上げた。振り下ろされる前に剣を振ろうとした時、銀色の煌めきが右から迫るのが見える。


 ブシュッ!! ザシュッ! ボォシュ!!


 あれ? なぜか上を見上げていて背に地面があった。

 胸とお腹が焼けるように熱い。それに、左腕の感覚がない。

 だって、こんなのおかしい。私は時間稼ぎをしなきゃ。どうして寝ているの?


 帝国騎士たちの足音がどんどん森の方へ遠ざかって行く。


「グファッ」


 咳き込むと、口から大量の血が流れた。

 そんなことはどうでもいい。今はアンジェリーナ様!


「早く、アンジェリーナ様の所に」


 私は右腕だけを動かして地を這って進んでいると、三人の帝国騎士たちが戻って来た。

 先頭の赤髪の騎士だけが片手に何かを持っている。あれは


「アンジェリーナ様?」


 一人目、二人目が無言で過ぎ去ると、三人目の帝国騎士が私の背中に剣を突き刺した。

 グシャっと嫌な音が聞こえ、全身から力が抜ける。だけど、私の涙は止まらなかった。


 どうしてこんなことに? 時間稼ぎは?

 何もできなかった。手負いの帝国騎士三人を全く足止めができないなんて。私は弱すぎる。

 元々、私には騎士になるだけの才能なんてなかった。アンジェリーナ様が許可したから騎士になれただけだ。

 結局、アンジェリーナ様からいただいた恩を私は返せなかった。

 私がもっと強ければ良かった。誰にも負けないくらい強かったら、アンジェリーナ様を守れたのに。

 悔しい、悔しい、悔しい。

 私は役に立てませんでした。

 アンジェリーナ様、ごめんなさい。


 



























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