4-2

「また意識が飛んでますよ、博士。」

「……あぁ。」

 再び虚空に沈みかけた思考を、シリカの声が掬い出す。

 気付けば辺りは一段と暗くなっている。時計の文字は六時半を示していた。

「時に、人が集まってきています。そろそろではないでしょうか。」

「――? ああ、花火の時間か。私たちも移動するか?」

 見れば、これまでは無造作に流れ続けられていた人の流れが、今は海岸に設置されたステージの方を目指してぞろぞろと歩いてきている。今は海岸でアイドルか何かのライブが行われているが、もう少しして日が暮れれば、その時はライブ会場がそのまま観客席になる。

 しかしシリカは保科の提案に首を振った。

「いえ。実は花火がよく見える場所を押さえているのです。博士さえ構わなければそちらへ移動しようと思うのですが、宜しいでしょうか。」

「なるほど。随分用意周到だな。」

「当然です。少し裏道を通る必要があるので案内しましょう。」

 シリカは残っていた焼きそばの最後の一口を押し込むと、空の容器を鈍重な円柱型の清掃用ロボットの持つゴミ袋に手渡して、こちらの返事も待たずすたすたと歩き出した。

「なっ。おい待て。」

 彼女のプランに乗るのは気が進まなかったが、ここまで来て後戻りするのも面白くないので、黙ってついてゆく事にした。

 シリカは街の更に外れへと離れてゆく。人の流れを遡りながらの道程で、当然行きたい方向へ思うように進むことはできず、たった一つの区画を横切るのに何度も迂回する必要があった。

「凄い人混みだ。」

「はい。計算の範囲内ではありますが、ほぼ想定の最大値に近いです。」

「……今日はやけに警察が多いような気もするな。」

 ごった返す人だかりには明らかに観光客でない黒いスーツの義体が混じっている。昼の段階で既に気付いていたが、こうして一つの場所に人が集まると、その比率の多さが目に余る。

「別に構わないでしょう。警備は多くて困ることはありません。」

「でも、これではお客も落ち着かないだろう。」

「別にいいじゃないですか。それとも博士にはやましい思惑があるのですか。」

「えっ? ――いや、そういうわけではないが。でも、何かあったのか気になってな。」

「ああ。確か執政部の方で小規模のテロがあったらしいとか。」

 突然降ってきた不穏な言葉に一瞬思考が止まる。

「何だそれは? 私は何も報告を聞いてないぞ。」

「博士は寝てましたから。」

「冗談じゃない。本当なら一面のニュースにくらいなってるはずだ。」

 改めてARグラスから検索を掛けてみても、そんな事件は全く引っ掛からない。

 万引きすらめったに起こらないこの街で、テロなんてものはほとんど最大級の重大事件だ。本当ならトップ記事になってたっておかしくないだろうに。

「情報統制ですよ。今の段階で情報が広まれば、無用な混乱が起こるでしょう。今の博士のように。」

「なら、今は安全なのか。」

「大丈夫です。原因の団体は昨夜の間に潰しておいたので。後は戦後処理だけみたいなものですよ。」

 ということは、一日足らずで事件解決まで導いたということか。

 マザーコンピュータの演算能力があるとはいえ、もう完全に汎用的な問題に関しても人間の能力を上回っているのは間違いない。

 これでまだAIとしてのシステムは発展途上というのだから末恐ろしいものがある。

「……そうか。怪我人は。」

「一般人への被害はゼロです。犯人が新デカルト主義の関連の信者で、テロの主目的も技術盗掘だったらしいので、テロとはいっても非常に内密なものでした。」

「なるほど。仕事が早くて結構。」

「以前から眼は付けていましたから。今回のは良い口実になりました。」

 酷く事務的なセリフ。

 その中に一粒の感情らしきものが零れて聞こえたのは気のせいだっただろうか。

 何事も無かったのは良いことだが、どうにもきな臭い感じがしてきた。

 また一つ義体の団体の横をすり抜けようとして、思いがけず脇腹を擦った肘に堅い金属の感触を認める。

 デートに誘われたその瞬間から抱き続けてきた疑念の塊が、その存在を主張するかのように。

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