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「特に深い意味はありません。私に課せられた使命は可能な限り人の営みを理解することですが、デートと言うものはついぞ経験したことが無いなと思いまして。かといって適切な相手も居ないので、この際博士で良いのではないかと。」
「はぁ……、またぞんざいな理由なものだ。」
別に最初から保科も期待していた訳ではなかったが、もう少し歯に衣を着せた言い方があってもいいと思う。
「博士は、デートなるものをしたことがあるのでしょうか。」
「デートと言う名目をつけて女性から誘われた経験なら、ないこともない。」
「それ、もしかしなくてもご家族の話じゃないですか。」とシリカは薄目になって切り返す。
「――ご名答。そうだな。妹の戯言をノーカウントとするなら、たしかに、今回が初めてだ。」
「成程。では良かったですね。初めてのデート相手が素敵な人で。」と冗談っぽく笑いかけてくるので、「それにしては些か雰囲気が足りないけどな。」と保科は肩を竦める。
実際、雰囲気はデートといった感じではなかった。
まず服装がデートという言葉の響きからかけ離れている。
研究に明け暮れてお洒落とは縁が無い保科には、突然のデートに合わせた晴れ着など持っている訳もなく、着古したシャツとジーパンを引っ掛けただけのファッションだった。シリカに至ってはただの白衣だ。コスプレにしてもあまり見ない衣装なのは間違いない。
そしてそんな外見上の理由はともかくとして、デートをするには二人は互いのことを知り過ぎていた。仲が良いのは短所になり得ずとも、その言葉に付きまとう不安定な空気感が望めないのは自明の理である。
そもそも普段の二人の関係を一言で表すのだって非常に難しいことなのだ。
一対一の関係を表すあらゆる語彙を辞書で引いても、ピタリと当てはまるようなものは一つもないだろう。
ただはっきりしてるのは、彼女は人を知る必要があって、保科はその足跡を見守る必要がある必要があるということだ――、例え実際に与えられた役割はそれと正反対だったとしても。その点において、この場でシリカと共に過ごす紛い物の時間だって、あながち外れた行為ではないのかもしれない。
しかし、それはあくまでデートの"ふり"であって、けっして本物とはならないのだが。
「博士はお祭に来たことあるんですか。」
「ある。とはいっても、随分前のことだが。」
「意外です。子どもの頃はアウトドアな方だったのですか。」
「まさか。私はあんまり興味なかったけど、その妹に引きずり出されてね……、この歳になると妹も誘ってはこないから、最近の事はもう分らないな。」
「なるほど。では博士にエスコートしてもらおうかと思ったのですが、難しそうですね。」
「そりゃ残念だな。君のような美人なら、金を払ってでも手を引きたい輩が大勢いるだろうに。」
「はいはい。気持の籠っていないお世辞ありがとうございます。」
不満そうな口ぶりとは裏腹に、シリカは口の端を曲げる。
なんとなく昔のことを思い出そうとして、予想以上に当時の記憶が曖昧になりつつあることに気付く。
たしか最後に海で花火大会を行うのだったと思う。
それも結構大規模なもので、海岸に筒を埋め込んで一斉に点火させるのだが、遠くから見ると空に光の絵画ができるようで圧巻なのだ。祭り自体には対して興味はなかったが、それだけは楽しみにしていたのを覚えている。
シリカが好きかは分からないが、恐らく気に入ってくれるだろうという確信があった。
――二人が会話をしている間に、列車は随分遠くまで進んでいたようだった。橋脚の上の少し高い視点から外を見渡すと、街の中心を占拠する
「それにしても、この辺りってこんなに寂れてたか? 建物は沢山増えてるけど、まるでゴーストタウンだな。」
通りの表面だけを見れば人通りも少なくないのだが、背景に目を向けると冷たく閉じたシャッターやテナント募集の張り紙が酷く目立つ。
つい先日仕事で通りかかった際には、ここらの街ももう少し活気があったような気がするのだが。
とは言いつつも、彼にとっては別段見知った街でもなく、どこか空想上のことのように窓の外をぼんやりと眺めていた。だが、暫く列車が進んで進行方向に一際巨大な円筒形のシルエットが近付いてきた時、初めてその仏頂面が僅かに歪んだ。
「あれは――、そうか。あの店も潰れたか。」
堅く閉じた入口のシャッターを発見した瞬間、心に穴が開いたような冷たさが胸を掠める。
十年前、そこは海の見える空中楼閣を売りに大々的な宣伝を行って新装開店――元々は古い百貨店があったのだが、時代錯誤になって取り壊しに近い形でリフォームしたらしい――したデパートで、当時はかなりの買い物客が訪れていた。特にこの夏祭りの時期は、その代名詞である空中楼閣と名づけられた屋上庭園を限定開放していて、花火の絶景スポットとしても有名だった。何を隠そう保科も、一度だけ妹と共にこのデパートまで花火を見に行ったことがある位なのだが――、
突然脳内に稲妻が走り、保科は蟀谷を抑えて蹲る。
「――っ!」
異常に気付いたシリカが、「どうされたのですか⁉」とすぐさま肩を支えようとするが、ひらひらと手を振って保科は彼女を退ける。
「問題ない。ただの片頭痛だ。」
「ですが――、」
「君は少し心配性が過ぎる。こんなのいつものことだろう。」
なおも食い下がろうとするシリカだったが、本当に何ともなかったように起き上がったので、「では、また様子が変わったらすぐに言って下さい。」とだけ言って、それ以上追及はしてこなかった。
窓の外を見ると、真空を
誰にも聞こえないように浅く呼吸を整えて、また列車の行く先を見遣ると既に見慣れたコンクリートの密林は消えていた。
そこには海があった。
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