第3話 作戦っ!

「・・・は?どういうこと?」


 高田が頭を下げながら、自分の顔の前で両手を合わせてスリスリとこすりつけている。困った顔を作りつつ、片目でこちらを覗き込んでくる。


「法学部の男子で合コンすることになったんだけど、女子が一人足りなくてさ。頼む!」


 飛び出した話が予想外過ぎてポカンと呆気に取られてしまった。


「何で私?」


「俺の知る限り、お前が一番カワイイからだ!」


 また出た。「はぁ」と溜息をつく。中学受験以来、高田はよくこうした歯の浮くようなセリフを私にぶつけてくる。


 最初の方こそ私の乙女心はツンと動かされるような感覚がしたものだが、大学生になって再会してからも同じ様に言いのけてくる高田の本心は見抜いていた。心の中ではそんなことこれっぽちも思っていないのだろう。


 女の子としての顔・性格面での可愛さならば、左隣で「まあ!」と頬を赤らめるマリアの圧勝だし、女性としての美しさや落着き具合でも、右隣でクールに時計を確認しているチトセに完敗だ。


 その他の女の子だって、この大学内に限ったとしても私は良くて中の中ではないか。それぐらいの自覚はあるのだ。


「もういーって、そういうの」


「いや、マジだから」


「いいかげんにして」


「じゃあ交換条件だ!」


 高田がカバンからゴソゴソと何かを取り出し、自信ありげに見せてきた。


「何これ?」


 目の前には「仏蘭西(極秘)」と表紙に書かれた古びた紙の束があった。再び高田の目にイキイキとした力が戻った。前傾だった姿勢を戻し、胸を張っている。


「知ってるぞ、吉川。お前フランス語まだ単位取れてないんだよなぁ」


 痛いところを突かれてぎくりとした。黙った私の様子を見てここぞとばかりに高田が言葉を続ける。


「これは我が合気道部に代々伝わる極秘テスト対策資料、フランス語編だ!」


「そんなの嘘でしょ、適当なこと言って・・・あ」


「そうだ、お前と大して頭の良さが変わらない俺が1年生の段階でフランス語の単位を一発取得できたのは、これのおかげだ」


 この大学のフランス語の難易度は常軌を逸している。


 勉強せずテスト前に一夜漬けで臨む者はもちろん落単確定だし、一年間真剣に勉強した真面目な学生ですらボロボロと単位を落としていく。


 噂では単位の取れた者の中でも最高評価の「A」をもらえる生徒は4年に一度いるかいないかというレベルらしいのだ。


 こんなふざけた難易度がなぜ大学側に許容されているのかと思うが、フランス語を担当する小西教授がフランス文学研究の世界では大変な権威で、NHKのフランス語講座の番組監修も担当しているほど有名人だからである。


 私はまんまとその有名人に教えてもらいたくてフランス語を選択した。そして単位を取れないまま四年生の今に至る。


 私と同じ状況の他の学生は、早々にドロップアウトして翌年に他の語学を選択しフランス語から消えていった。


 教科書が高かったのでもったいないという理由だけでフランス語を選択し続けている私は、今年こそ本気で単位を取らないと第二言語の単位が無いことになり卒業ができない。


「噓、でしょ」


「小西教授のテスト問題には明らかな傾向がある」


「・・・何その傾向って」


「おっと!それは教えられない!ただし、合コンに来てくれたら特別にぃ~、教えてやる」


 正直かなり魅力的な話だった。卒業できないのはさすがに困る。フランス語対策費用として、付き合いで合コンに一回参加するぐらいなら、安いものか・・・?


 迷いが出てきた私を見て高田は満足そうに頷いた。「じゃあ、そういうことで。詳しいことはまたメッセージするわ」と言い残して小走りで去って行った。


 悔しいけど、ここは高田の誘いに乗るのが得策だと思う。「行くよ」とチトセがキビキビと歩き出す。「青春ですね」と、なぜかニッコニコのマリアがその後に続いた。



 昼休み、学食の隅っこの席で3人座って昼食をとっている。


 私は大盛りのラーメンを口に運びながら、2人に合コンに向けてのアドバイスを聞いていた。チトセは購買で買ったクロワッサンを、マリアは日替わり定食を既に食べ終えている。私は食べるのが遅い。


「フランス語のためとはいえ、合コンって行ったことないしどう振舞えばいいんだろ」


「適当でいいんじゃない?普段のラナのまま」


「そうですよ、自然体でいきましょう」


「無理無理。男子とこんな風に喋れませーん。何話したらいいかすら分からないもん」


「それヤバいね」


 事実だった。バイトも部活・サークルも何もやっていない、彼氏ができたこともない私は、男子への対応能力が壊滅的に欠如している。


 特に4年生になってからは同級生の男子とまともに会話する機会が激減していよいよという感じだ。


「でしたら、無理に話すのではなく聞き役に回るのはどうでしょう」


「なるほど。でも私、男子の目を見て会話できないけど不審者みたいにならない?」


「それは完全に不審者」


「はぁ~、だよねぇ」


 カフェオレを飲むストローを甘噛みしながら、子猫をあやすかのような慈愛の表情で痛烈なことを言ってのけるチトセ。私だってチトセみたいに身長170㎝のスタイル抜群だったらこんな風に悩まないよ。きっと。


「男なんて、さ・し・す・せ・その返事だけでいいんじゃないの」


「何それ!」


「聞いたことあります!恋愛のさ・し・す・せ・そ、ですよね!」


「全然知らないんだけど!伝授してくだせぇ!」


「大したことないよ、ラナなんか話してみて」


 急に話を振られても困るが、なんか話せと言われて今一番私の心の中にあるものといえばあれしかない。


「実は、私の大っ好きなアニメ『ラスト・プリンス』、略してラスプリの2期が制作決定したの!」


「そうなんだ!それは知らなかったよ!」


「そうなの!まだネットだけでかつ先行情報しか公開されてないから、オタク界隈でもまだ知らないって人多いのよね!」


「いち早く情報を掴んでてさすがじゃん!すごいよ、ラナのその好きなものに対する熱意」


「でしょ~、毎日朝と夜に公式サイトを確認するの日課にしてたからね!」


「そうなんだ!センスいいね。―――とまぁ、こんな感じですわ」


「え?今何かした?」


「さすが、知らなかった、すごい、センスいい、そうなんだ、のワードで褒めれば男は嬉しそうに話し続けるのよ」


「ラナさん、すごく嬉しそうでしたね」


「すごく幸せでした、ハイ」


 この秘儀を使って合コンは乗り越えよう。そう決意した時、机の上の携帯が光った。メッセージが一件届いており、合コンの詳細を知らせる高田からのものだ。場所は大学近くのチェーンの居酒屋で、集合時間は夜8時とのことだった。


「開始時間遅いし・・・」


 既に心が折れそうな、そんな心境であった。

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