適応者達の挽歌1


 某日未明。太平洋側領海内にて。日本の領海近くを漂流している船があるとの通報を受け、駆けつけた海上保安庁の巡視船は現場で一隻の中型船を発見した。


「そっちはどうだ」

「誰も居ません、もぬけのからですね」


 その船の臨検を行うも船内は無人で、水や食糧の備蓄は無く、燃料まで空の状態。難民船という訳でもなさそうだった。奇妙な事に、無線機などの設備は破壊されていた。


「どういう事なんでしょう?」

「うーむ……分からんっ」


 謎の漂流船は、詳しく調査する為に近くの港まで曳航される事が決まった。

 その漂流船の船底に、不自然な窪みが設けられているのが発見されたのは、それから数日後の事だった。



 波止場近くにある繁華街の、とある地下オフィス。

 地元の旅行会社を隠れ蓑にして、外国人の密入国斡旋を生業にしている事務所の一室で、先日この町にやって来た三人の白人男性が、持参した金塊と引き換えに書類の束を受け取っていた。

 長袖のシャツとコートで肌の露出を極力抑えた格好の三人は、いずれも青紫の斑模様という変色した肌、適応者の特徴が見られた。

 三人の中のリーダーらしき男が、書類の束をペラペラと捲って流し読みすると、満足そうに頷く。


「イイ資料だ。キミ達と取り引き出来てヨカッタ」

「いえいえ、この程度の資料でしたら幾らでもご用意いたしますよ、ミスター・ランセント」


 揉み手の商談相手は、簡単な資料を用意しただけで破格の報酬を得られて、満足気にそう返す。ランセントと呼ばれた男が手に入れた書類は、都内の学校施設に関する資料であった。



 送迎のタクシーで現在潜伏しているマンションへと向かう三人組。彼等は密入国者達であったが、先程の斡旋業者の手引きによるものではない。

 数日前、港に曳航されて来た謎の漂流船の船底に潜み、海の底を歩いて上陸した高ランク適応者であった。感染深度も高く、三人ともが飲まず食わず眠らず休まずで活動出来る。

 海外で危険思想集団と認定されて壊滅した組織の残党であり、主要メンバーでもあった。


「情報を調べるのに日本の環境は最適だな、テリオ」

「全く同意見だよスナップ。他の国に渡った同志達とも連絡が取り易い」


 タブレット端末を操作して、インターネット上から『同志』との暗号を交えたやり取りを終え、部下の二人は資料の束を読んでいるランセントに声を掛ける。


「目星は付きましたか、ボス」

「ああ。適応者と旧人類の共学体制を敷いているところがあるようだ。ここを狙おう」


 ランセントは、資料の一文を指差してなぞりながらターゲットを指定した。


「最初の目標は、『キリガフチハイスクール』だ」

「サムライの同志を構成員に加えれば、日本での活動も幅が広がりますな」

「まあ、まずは支部を固めて諸外国の同志を呼び込まないとな」


 適応者という存在には、二十歳代までの若者しか成る事が出来ない。ハイスクール以下の子供は思想の洗脳もし易い。

 強靭で恭順な戦士を作るべく、諸外国に比べると適応者も安全に暮らせる日本に潜入した彼等は、組織構成員の確保を目的に暗躍していた。


「ところで、学校への侵入は難しくなさそうだが、適応者への警備体制はどうなっている?」


 適応者との共学体制を取っているなら、当然、適応者による非常事態に備えた対策も取られている筈だと、適応者ランク6の同志スナップが、ボスのランセントに問い掛けた。

 今や世界中で量産、使用されている対不死病浄化剤も、開発したのは日本人科学者だと言われている。流石に大勢の学生が居る中であの劇薬を無差別散布するような事は無いと思われるが、アレを使われると高ランク適応者である自分達でも辛い。


「問題無い。世界の復興以降、先進国ほど浄化剤の使用は控えられているからな。それに――」


 日本の場合、適応者犯罪には適応者で編成された『対適応者特別隊』で対応しているが、その部隊も大した事は無いとランセントは指摘する。


「銃すら携帯していないうえに、トップクラスの者でもランク5前後が精々のようだ」

「そいつはグレートだなっ」


 そんな体制でよく犯罪を抑止出来ているものだと、呆れを通り越して感心したような調子で笑うスナップに、適応者ランク8の同志テリオが「そもそも犯罪の発生率も低い」と補足する。


「今まで集めた情報と資料を読む限り、適応者犯罪のほとんどはスクールマフィアの抗争で、それらを抑えているのが、件の『対適応者特別隊』のようだ」

「ハハッ! 流石は平和の国ってところか」

「油断するなスナップ。彼等――『適応特科』と呼ばれている部隊は、それだけ対適応者戦闘にも長けていると考えた方が良い。ターゲットの学校がある区域を担当している部隊には、お前と同じ適応者ランク6の人材もいるらしいからな」


 敵を侮ると足もとを掬われるぞと窘めるテリオに、「ハイハイ分かってるよ」と手を振って説教を回避するスナップは、自分達が対峙する事になるであろう『適応特科』について言及する。


「確かに俺達適応者同志の敵は、旧人類がほとんどだったからなぁ。同じ適応者とやり合うなら、それなりに戦い方も考えなきゃならないとは思うけど、所詮は格下なんだろう?」

「まあ、な。一人、計測不能で『ランク・アブノーマリティ』とされている者がいるが……ボスの手に掛かれば、誰が相手でも格下になってしまうだろう」


「ハハッ 違いない! 何せ合衆国研究所に推定ランク20と判定されてるモンスターだからな、うちのボスは」


 そう言って期待と情景の眼差しを向けるスナップの視線の先で、資料の束から顔を上げたランセントは、ニヤリと笑って見せた。




 都内の一角にある、適応特科本部ビルの会議室にて。

 捜査員の主力メンバーである大木おおぎススム篠口しのぐちショウを含む数人の適応者職員が集められ、緊急会議の席で特別非常警戒の説明がなされていた。


「混乱を避ける為、まだ一般には情報公開されないが、状況によっては諸君らの職務の援護に、自衛隊の部隊も投入される事になるだろう」


 そんな説明にざわめく会議室のスクリーンに、資料が投射される。

 数日前、領海内を漂流していた無人の船が港に曳航された。調査の結果、船は海外の慈善環境保護団体が所有していたもので、半年ほど前に盗難にあっていたという。

 船内に残されていた不死病ウィルスの型や指紋などから、国際指名手配されているテロリスト集団『ヴィルト』の首謀者と主要メンバーが浮かび上がった。


「既に都内に潜伏し、何らかの活動を行っていると思われる」


「また厄介そうな……」

「へっ、外人のテロリストだろうが何だろうが、俺とススムがぶっ飛ばしてやんよ」


 海外のテロリストとかまじかーと、憂いの表情を浮かべているススムの隣で、篠口は何時も通りの好戦的な反応を見せる。何気にススムを巻き込んでいるのは、相棒として信頼している証か。


 適応者テロリスト集団・ヴィルトの資料と、容疑者の顔写真が映し出され、彼等に関する情報が読み上げられた。

 この集団は、数ある適応者保護団体の一組織として密かに勢力を伸ばしていたが、組織内で共有される思想信条が選民的であると政府から危険視され、改善か解散を命じられた。


「適応者こそ人類の進化した姿、次世代の人類であるとの信条を持ち、旧人類の絶滅をもって進化の最終プロセスが成されると考えているらしい」


「どっかで聞いたような話だな」

「俺を見るんじゃねぇ」


 ススムのツッコミに周りの職員達も反応し、篠口がそっぽを向いた。捜査員達のじゃれ合いはさておき、説明が続く。


「ヴィルトは政府の要求に応じず、武装決起してアジトに立て籠もるという行動に出たが、軍の特殊部隊による作戦で制圧された」


 しかしこの時、首謀者ランセントは突入した特殊部隊をほぼ一人で壊滅させて逃亡。数人の部下達と行方をくらましており、全員が国際指名手配されている。


「軍隊の特殊部隊を壊滅させるとか、何か凄くヤバそうなんですけど」

「ああ、この首謀者は適応者ランクを、推定で20と判定されているそうだ」


 ススムの率直な感想に、本部長はさらっととんでもない情報を出した。それに篠口が反応する。


「ランク20!? マジかそれ」

「まあ、海外の適応者ランク判定には結構曖昧な部分もあるようだが、このランセント容疑者は、逃亡の際にコンクリートの壁を素手で引き裂いたらしくてな」


 その壁を破壊する為に必要な圧力から計算して、推定ランク20とされているらしい。一緒に逃亡した彼の部下達も、ランク6以上の高ランク適応者ばかりとの事だった。


「それで、自衛隊の投入ですか……」

「そういう事だ。今回の対象は、君達二人でも荷が重いだろうと判断され、全国から高ランク捜査官が集結する事になっている」


「こっちに集中して他が手薄になりません?」

「それは問題無い。高ランク捜査官の力が必要になるのは、本来はこういうケースに限るからな」


 適応者トラブルに関する通常業務は、適応特科の中で最も人数の多い、ランク3前後の職員でも十分にこなせる。

 ススムや篠口のような、高ランク適応者が組んで仕事をしている環境は、実はオーバースペック気味でもあるのだ。

 ――その実態は、ススムは能力的に問題は無くとも、一人で仕事をさせる訳にはいかない事と、篠口と安心して組ませられる相手がススム以外に居ないという状況が、このコンビを確立させていたりする。


「ヴィルトって奴等が、都内に潜伏しているって情報は確かなのか?」

「傍受した通信記録の解析から、ランセント容疑者が潜んでいるのは間違いないらしい」


 篠口の問いにそう答えた本部長は、各チームの担当地区を記した書類の束を渡した。一枚取って後ろの席に回し、全員の手に行き届く。都内でも集中的に巡回する場所に、丸印が入っている。


「大木、篠口のチームは、都内でも銀行や大手マスコミの放送施設、電気ガス水道などのインフラ設備を管理する施設といった、重要施設の周辺を重点的に回ってもらう」


 ヴィルトの首謀者が国内に潜伏している以上、今後、組織の残党が日本を目指して集まって来る可能性が高い。感染深度の高い適応者が相手では、ランセント容疑者のように海の底を歩いて上陸して来たりするので、水際で食い止めるのは難しい。

 従って、入り込まれる事を前提にした作戦。対象を見つけ次第、逮捕制圧もしくは殲滅する目的で各担当地区を警備する事になる。

 ここに集う職員の大半は「戦争じゃあるまいし」と戸惑い気味だが、篠口は見敵必殺けんてきひっさつこそ望むところなので、やる気を漲らせていた。


「では、各自職務の遂行に邁進してもらいたい。以上だ」


 本部長が会議をそう締め括ると、全員が起立して敬礼をした。


 こうして、ススム達『適応特科』はテロリスト集団の組織『ヴィルト』を警戒する特別非常警戒態勢へと移行していくのだった。

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