後日譚

不死の特別捜査官


 不死病ウィルスが世界中に蔓延し、その後収束してから半年が経った。

 世界の主要国が順調に復興を果たして行く中、パンデミックから生まれた適応者の存在は、人類にとって新たな問題を発生させていた。


 適応者犯罪。

 通常の人間の数倍の身体能力を持つ適応者。彼等が犯罪に走った場合、通常の警察官によるこれまでの逮捕術は通用しない。常に武器を持った凶悪犯と対峙するような危険を伴う。

 特に、集団化した犯罪適応者は危険極まりない。適応者は、健常者を不死病に感染させて適応者にする事が出来る。

 この為、一部の国ではテロリスト集団が適応者化して猛威を振るうなどしており、世界中の識者やメディアから『現代の吸血鬼』等と評され、危険視される事もしばしばである。


 そんな適応者犯罪は、日本でも例外では無かった。



『こちら西口班、封鎖完了しました!』

『東口、封鎖完了!』

「了解した、追跡班は交戦は避けつつ北口通路に誘い込め」

『了解、やってみます!』


 地下街で暴れる適応者の犯罪グループを鎮圧するべく、機動隊の指揮車から各班に指示を出す。何せ、たった一人でも暴れる適応者を抑え込むには50人からの人員が必要になる相手だ。複数人で徒党を組んだ適応犯罪者集団を相手に、重火器の使用も無しに制圧するのは至難の業である。

 したがって、効果的な対処法はとにかく袋小路に追い詰め、相手の動きを封じる事。それも屋外では高い壁でも軽々越えられるので難しいが、地下街のような入り組んだ場所でなら部隊の連携がモノを言う。そして、追い詰めた適応者を制圧するのは、同じ力を持つ適応者。


「隊長! 適応特科が到着しました!」

「っ! 来たか」


 毒を以て毒を制す。適応者犯罪に対抗する為に組織された、適応者による特別部隊。警察隊と自衛隊の中間に設けられた、政府公認の独立機関である。

 この町を担当するその適応特科隊員が、ようやく到着したのだ。


「こんちはー、遅くなりましたー」

「おう、どいつをぶっ飛ばしゃ良いんだぁ?」


 適応特科の特別仕様な制服を纏い、どうもどうもと頭を下げ下げやって来る二十歳前後の若者と、同じく適応特科の制服を腕捲りし、黒手袋の拳を己の掌に受けながら威勢よくやって来る若者。


「適応特科の大木です。状況と相手の詳細をお願いします」

「篠口だ、敵はどこだ?」


 ススムと篠口の適応者コンビ。とりあえず説得から始める平和主義な慎重派のススムと、とりあえず戦って解決しようとする武闘派な篠口は、割と上手くバランスの取れたチームだった。


「対象は『ランク3』と『ランク4』の適応者で構成された五人グループ、現在は地下街の北口通路に誘導中だ。他の出口は塞いでいるが、東口は構造上、柵の上を抜けられる」


「分かりました、じゃあ北口の通路で制圧する方針でいいですかね」

「ああ、任せる」


 機動隊の隊長から状況の説明を受けたススムは、篠口と連れ立って封鎖された地下街へと下りて行った。


 適応者の扱いにおいては、国際的な基準を設けてのランク分けが行われている。初めは感染深度を基準にしていたようだが、現在は単純に身体能力の高さがランク分けの指標にされていた。

 感染深度が浅い者は、健常者と同じように食事や睡眠が必要だが、深い者は飲まず食わず眠らず休まずでも平気で何日も活動出来るという特徴がある。

 しかし、全国で適応者の定期検診が行われるようになってから、同じ感染深度でも身体能力に大きく個人差が出る事が分かったのだ。


 適応者のランク分けは、年代別に健常者の運動能力の平均値を基準として、どの程度強化されているかで認定される。

 例えば、その年代で握力の平均値が45キロだった場合、45キロから80キロくらいまでを『ランク1適応者』と見做し、90キロから120キロくらいになっていれば『ランク2』といった具合。

 適応者の身体強化は、素の能力から均等に強化されている事が、これまでの調査で明らかになっている。


 ちなみに、篠口は『ランク6』、ススムは計測不可能につき、『ランク・アブノーマリティ』である。『ランク5』以上の高ランク適応者は、今のところ全国でも数えるほどしか確認されていない。


「この先か、結構ドタバタやってるな」

「へっ、全員俺がぶっ飛ばしてやんよ」


 北口の通路を目指して地下街を駆け抜けるススムと篠口。二人が派遣されるのは、今回で五度目になる。適応特科に抜擢された適応者のチームは他にも何組かあって、日本中に配置されている。

 海外でも特殊部隊の一環として適応者の雇用は行われているが、銃を使った火力制圧が日常茶飯事な海外と日本とでは、少々運営法や活躍の場面も違っていた。

 日本ではあくまで逮捕制圧が前提なので、感染のリスクも考慮すれば、適応者でなければ安全に取り押さえられないという事情があっての適応特科の存在。

 お国柄によっては、社会にとって危険因子と見做されれば即射殺もあり得るのが適応者の現実だ。


「居たぞ、あそこだ」

「チッ、機動隊の連中がやべえ」


 通路の先で、一塊になって盾を構えている機動隊員に、鉄パイプというか、小型の鉄骨のような長物で殴りかかっている適応者集団の姿を捉えた。機動隊の丈夫な大盾は、既にボロボロだ。


「こっちに注意を引こう」

「まかせろ。――おいっ! てめぇら!」


 篠口が大声で怒鳴り掛けると、武装適応者集団のうち後方の三人が振り返った。見た感じ、その三人は高校生くらいの若者のようだ。彼等は、機動隊員に攻撃を仕掛けている前方の二人に新手が来た事を告げる。そちらの二人は、三人よりもう少し年上に見えた。


「適応特科だ! てめえら大人しく投降するか俺達に張っ倒されるか選べ!」

「相変わらずアグレッシブな説得だなぁ」


 篠口の説得する気のない口上に、隣で苦笑しているススム。すると、武装適応者集団はススム達に矛先を変えて来た。


「ケッ、政府の犬が! 俺達"えんぐみ"に敵うかよ!」

「特殊部隊を返り討ちにすりゃあ、俺達がこの町のトップだ」


 彼等は、この町に幾つか存在する適応者集団の一つで、いわゆる暴走族やチーマーのような不良グループである。普段から集団同士で抗争のような事をやっているのだが、時折こうして力を誇示しようとする者達が暴走して、騒ぎを起こす。

 以前までは、一つの集団に一人か二人の適応者が交じっているような構成だったが、最近は全員が適応者で構成された集団も珍しくない。


「"羅狗炎組らくえんぐみ"だってさ、神衰懐しんせかい篠口」

「うるせぇ」


 篠口は、黒歴史を弄って遊ぶススムに悪態など吐きながら、『やり合う気なら上等だ』と武装適応者集団に向かって駆け出した。


「周りの店に被害出すなよー」

「わーってるよ!」


 ススムの緊張感の無い忠告に背中越しで応えた篠口は、集団の中でも一番強そうな鉄骨持ちに跳躍からの飛び蹴りを放つ。空中戦を好むスタイルは相変わらずであった。

 ズシーンという重い音を響かせながら鉄骨で飛び蹴りを防いだ集団のリーダー格は、手下の三人に指示を出す。


「ちっ……プロだけあって強ぇ、こいつは俺達が引き受ける! お前らは奥の奴をやれ!」


 適応者ランク4の二人が篠口と対峙し、ランク3の三人がススムに襲い掛かる。先程まで攻撃していた機動隊を完全に無視している状態。

 だが、幾ら完全武装で訓練された人間とは言え、高ランク適応者同士の戦闘に無闇に介入すれば、怪我では済まない。したがって、機動隊は北口通路を封鎖したまま動かず待機している。


「足を潰せ!」

「甘ぇ!」


 篠口の足を目掛けて振るわれた鉄骨をジャンプで躱し、逆に踏み付けてバランスを崩させた篠口は、着地と同時に相手の胴体を蹴り上げた。篠口のキック力は3トン近い威力がある。

 適応者の身体は筋力や耐久力が強化されていても、体重まで増える訳ではない。高威力の攻撃を受ければ相応に吹っ飛ぶので、高ランク適応者同士の戦闘では、まさに人外の戦いが展開される。

 天井に叩きつけられ、破壊された埋め込み照明の残骸とともに落ちて来た相手を、さらにもう一人に向かって蹴り飛ばす篠口。

 二人もつれ合うように機動隊員達の前まで転がった武装適応者の首謀者は、そのまま御用となった。


「ああ、貴重な天井照明が」


 店舗には被害は出なかったが、通路の天井に被害が出たと嘆くススム。


「不可抗力だ! それよりススム、そっちはどうだぁ?」

「もう終わってるよ」


 ススムの足元には、既に先程の三人組が倒れ伏して拘束されている。べしっべしっべしっと叩いて終わったので、こちらは周囲に被害無しである。


「はえーよ」


 相変わらずバケモン染みてんなと、悪態を吐きながらも楽しそうな篠口であった。



 武装適応者集団を警官隊に引き渡し、今日の任務を無事に終えたススム達は引き揚げに掛かった。ススムは自宅に居ても待機状態で、何時でも呼び出しに応じられる体制を取っている。

 これは、適応者犯罪に対応出来る人材の人手不足が一番の理由だが。


「さーて、本部に戻って一休みするか。篠口はこれから帰宅するのか?」

「ああ、メグの服を買いに行かなくちゃなんねー」


「メグちゃんか、来月から小学校だっけ」

「まぁな。新設した適応者学校なんだとよ」


 学校などの教育施設でも、適応者の扱いに関する問題は依然として横たわっている。適応者専用のクラスを設ける学校もあれば、感染に最大限の注意を払いながら今まで通りのクラス編成を続けている学校もある。

 クラスメイトの大半が亡くなり、適応者化した数人しか残っていない場合などは、他のクラスに編入するか、同学年で一定数集まればクラスを新設するといった具合だ。

 ちなみに、美比呂の学校は適応者と健常者の混合クラスで運営している。

 今年三年生に上がった美比呂は、クラスメイトの友人にも結構生き残りがいたらしい。その半数は適応者化しているそうだが。

 中学生、高校生以上は、ある程度の自立心も育っているので、一つの学び舎でも適応者と健常者を一緒に教育していけるが、小学生やそれ以下の年齢となると、どうしても事故が起き兼ねない。

 なので、小学生以下の適応者には専用の学校が新たに建てられ、そこに通わせる事になっている。


「じゃあな」

「はいよ、おつかれー」


 篠口は都内に買い与えられた適応者公務員のマンションへ帰宅し、ススムは適応特科の本部ビルに戻る。送迎の車窓から見る町並みは、すっかり元の平和で忙しない都会の風景だ。

 少しばかり、特殊な存在が当たり前のように生活する世界になったが、人々の営為は変わらない。


(そう言えば、次の休みは美比呂とデートに誘われてたな)


 願わくば、デート中に適応者犯罪の呼び出しが掛かりませんようにと、至極平凡な願い事を祈る不死の怪物は、今日もヒトの生活を守っていくのであった。

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