第十三話:斥候


 襲撃して来た武装集団A.N.Tの別動隊を制圧し、その内の一人を尋問した結果、彼等とは別の部隊が、襲った運搬チームの女性を彼等のアジトに連れ去った事が分かった。


「拉致した目的はなんだ?」

「避難所の情報収集だよ……その、幹部達は避難所を制圧して、本拠地に使うって……あとはその、ほら、慰労コンパニオンとか……」


 小丹枝の尋問にそう答えるA.N.T隊員。彼等が持参した発症者の体液付きボルトを突き付けての尋問では、彼等組織内の内情について実にペラペラとよく喋ってくれた。


 組織構成員は総数およそ40人。その内の実働部隊は20人。

 実働部隊の内訳は、A.N.Tの総大将である坂城さかき率いる総指揮部隊が9人、その内の4人は突撃隊長の井堀いほりを含めた小隊。副隊長の石塚(いしづか)部隊が5人と、もう一つの別動隊6人となっている。

 残りの20人はアジトで武具の手入れや裁縫、食料の調達など、各種備品の管理をしている。

 今回の襲撃は、組織の正規構成員の下に30人からの構成員候補が集ったので、組織の拡大に向けて避難所乗っ取り作戦が立ち上げられたからだという。


「なんてはた迷惑な……」

「お、俺らも幹部達は無茶言ってると思ったけど……逆らったら発症者にされるんだ」


 浅川の溜め息交じりな呟きに、A.N.T隊員は末端の構成員の多くが大それた事をしているという自覚はあると言う。


「恐怖政治ってやつか」


 とりあえず、アジトの位置など必要な情報はほぼ聞き出せたので、小丹枝がこの隊員の首を打って意識を飛ばす。他の気絶中の隊員共々、拘束したまま屋上に放置してマンションを出る事にした。

 副長の石塚が付けていたインカムは、A.N.T側の通信が聞けるかもしれないので拝借して行く。


 マンション前にカバーを掛けて停めておいた車には、特に何もされていなかった。全員で乗車しつつ、無線で本部と連絡を取る。

 ただし、通常回線では磯谷が持ち出した調達部の無線機で傍受されてしまうので、調達部の各リーダーに割り振られた専用の秘匿チャンネルの回線を使う。


「こちら浅川チームです。本部、聞こえますか?」

『――ピッ――こちら本部、専用回線に切り替えた。何があった?』


 浅川は知り得た情報を本部に伝えると、連れ去られた運搬チームのメンバー救出を訴える。


「まだ移動中かもしれないから、追い掛ければ間に合うかも」

『いや、それは危険だ。こちらで救出チームを手配して対処するから、君達は早く引き揚げた方がいい』

「でもっ!」


 浅川と避難所本部のやり取りを聞いていたススムは、自分のスマホを取り出してMAPアプリを起動させると、先程の尋問で聞いたA.N.Tのアジトがある場所を確認し、浅川達に声を掛けた。


「あの、俺が先行して様子見て来ます」

「え?」

「大木君?」


 マイクを持った浅川と、無線機を胸に抱えた八重田がキョトンとした表情で同時に振り返る。

 小丹枝や古山、岩倉からも注目の視線を浴びつつ、ススムは自分が斥候としてA.N.Tのアジトまで赴き、救出チームが来た時にスムーズに誘導出来るよう予め探っておくと提案した。


「幾らなんでも、ススム君一人で行かせるなんて危険な真似、出来る訳ないでしょ!」

「大丈夫です。ああいう集団とは前にも関わった事がありますし――」


 少し叱るように反対する浅川に、ススムは『適応者』などの詳細は省きつつも、以前中洲地区のビル街で絡んだ篠口の組織『神衰懐』の事を話して、連れ去られた女性を出来るだけ早く助けたい旨を説いた。


「そんな事があったんですか……」

「……ススム君は、その時に怪我とかしなかったの?」

「ええ、俺は何かその辺り丈夫になってるみたいなんで」


 ススムの話を聞いて、攫われた仲間の安否が一層心配になる浅川達。すると小丹枝が、おもむろに訊ねる。


「その、シンセカイって組織はどうなったんだ?」

「多分、壊滅したと思います。その後は噂も聞きませんでしたし」


 リーダーの篠口は、また何処かで活動を続けているっぽいけれどと、補足するススム。


「えー、それってつまり、大木さん一人でその組織を壊滅させたって事ッスか!」


 岩倉が「凄ぇッス」と驚きながら感心していた。




「本当に大丈夫?」

「無理はしませんから」


 A.N.Tのアジトに向かうのに最適な大通りまで移動し、連絡用の簡易無線を受け取って車を降りたススムは、心配する浅川にそう言って手を振る。


「直ぐに救出チーム連れて来るからね!」


 避難所へと戻っていく浅川チームの偵察専用車両を見送り、ススムはスマホ画面をナビ代わりに現在地を確認しながら走り出した。


(ここを真っ直ぐ進んで、二つ目の交差点で右の道に入るのか)


 この辺りの道は放置されている車も少なく、見通しも良い。ここを車で頻繁に移動する人達が片付けたのか、単に大崩壊の混乱期でも混まなかったのか。


(今更ながら、このスピードにも慣れて来たな……)


 里羽田院長の病院でお世話になっている時、物資調達の手伝いで町中を探索して回りながら、色々と自分の身体を調べてみて分かった事。

 異常な力が出せたり、睡眠や食料の摂取が必要ない事の他にも、普通に走っているつもりが車並みの速度を出していた事に気付いた。

 自転車で移動していた時は、ペダルの回転速度の関係もあって気が付かなかった。

 競輪選手のように、超高速回転する理由も無かったので普通に漕いでいたが、直ぐに抵抗が無くなるので流し乗りしていたからだ。

 一度試しに本気で回してみたら、後輪がホイルスピンして煙を吐いた。


(小回りが利く事を考えても、自分の足で走った方が早いんだよなぁ)


 飛ぶような勢いで大通りを駆け抜け、目標の交差点を右折する。そのまま左手を見ながら進む事しばらく、目印の薬局店が見えたので、その店の脇を通る細い路地へと入って行く。

 この付近は徘徊する発症者の姿もちらほらとしか見当たらない。

 通りの至るところに黒ずんだ肉塊のようなモノが落ちている様子を鑑みるに、発症者の数が少ないのでは無く、こういう開けた場所に居る発症者はほとんど処理された結果なのかもしれない。


(次はこの通りのコンビニの角を左に)


 看板から辛うじてコンビニエンスストアーであった事が分かる、まるで解体途中のような空っぽの廃墟の角を曲がると、正面の遠くに目的の建物が見えた。三階建ての小さなビル。

 エアガン・ミリタリーショップの看板に上書きするように、A.N.Tのマークが描かれている。


(あそこか……)


 建物の周りには、見張りらしき戦闘服を着たA.N.T隊員の姿が数人。二階の窓には機銃のようなモノまで備え付けてある。あれも改造が施されたエアガンなのだろう。

 ススムは、幾ら自分は撃たれても平気だとは言え、流石に正面から行くのは問題があるので、回り込みながら建物まで近付く事にした。


 時刻は既に夕刻を回っている。


(あと一時間もしたら暗くなるな)


 路地から路地へ、偶に出くわす発症者を脇に寄せつつ、A.N.Tのアジトまで距離を詰めて行くステルスミッション。

 鍵を抉じ開けて民家に侵入し、発症者一家に挨拶したりしながら建物のベランダからベランダへ。屋根から屋根へ。

 そうして、A.N.Tアジトから狭い道を一つ挟んだ、斜め後方に立つ民家のベランダまでやって来た。今のススムの脚力なら、ここからアジトに飛び移れそうだ。


 その時、アジトの前に彼等のものと思われるワゴン車が停まった。見張りの戦闘服隊員が敬礼して出迎えている。

 彼等のやり取りに耳を欹ててみると、どうやら襲撃現場から戻って来たリーダーの坂城が率いる総指揮部隊のようだ。『石塚がやられた』とか『迎撃準備をしておけ』などと聞こえて来る。


(屋上に放置して来たグループが見つかったのかな?)


 アジト全体が厳戒態勢に入ったらしく、先程までと比べて戦闘服の見張りの人数が増え、屋上にも双眼鏡を持って四方を警戒する人影が見える。

 点灯はしていないが、サーチライトっぽいものまで設置された。窓の機銃にも、隊員が取り付いたようだ。


(うわー、完全に軍事基地だなこりゃ)


 建物に飛び移って屋上から侵入というのは無理そうだ。発見されて戦闘になるリスクを度外視すればやれなくはないが、避難所の救出チームが来るまでは勝手な行動は控えるべきだろう。

 そう判断したススムは、どこかにこっそり侵入出来そうな抜け道はないかと模索しつつ、民家に身を潜めて夜になるのを待つのだった。

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