*第四話:裏話・終わりの果てを越えた先


 学校の避難所が崩壊して、病院の避難所にも受け入れて貰えなくて、途方に暮れてうろうろしてたら、乱暴なヴヴヴ人に追い掛けられて――


「わたし、もう疲れちゃったな……」


 お母さん、お父さん宛の遺書を携帯のメモ帳に打ち込み、保存する。たぶん誰にも読まれないだろうけど。


「これからどうしよう」


 どうせ死ぬなら、友達のいる学校で逝きたい。でも、学校までの道に乱暴なヴヴヴ人がうろついてるから、歩いて行くのは怖いなぁ。


「電車とか自動でうごいてたらいいのに」


 当て所も無く町をうろついている内に、すっかり夜になってた。わたしはきっとこのままヴヴヴ人になって、独りで町を彷徨うんだ。

 暗い気持ちになりながら、信号無視して道路の真ん中を歩いていると、道の向こうから光が近づいて来た。誰か来る。

 自転車? 自転車に乗ってる? って事は……あの人、もしかして生きてる?


 何かマスクを付けて、深く帽子を被って、コート着て、大きなバッグを背負った男の人。

 手を振ってみたら、その人は一度後ろを振り向いた後、こっちに手を振り返してくれた。本当に生きてる人だ!

 怖い人かもしれないけど、生きてる人に会えた事が嬉しくて、わたしは駆け寄って行った。



 大木おおぎ すすむって名乗ったその人は、病院に薬を届けに行く途中だって言ってた。顔も隠してて見た目は怖そうだけど、優しい感じでいい人みたい。

 この人に学校まで運んで貰おうとお願いしてたら、何とこの人も感染してる人だった。

 それなのに、他の生きている人達の為に、隣町から薬を運んで来たらしい。自分に出来る事をしてるだけだって言ってた。すごいなぁ。偉い人だ。

 この人は、生きてる間にやれる事をやろうとしてる。そう思うと、絶望しかなかったわたしも、ちょっと希望が湧いて来た。

 わたしは、人の為に出来る事なんて思いつかないけど、せめて死ぬまでに、自分のしたかった事をしておきたいって思った。



 ススム君は、やっぱりいい人だった。わたしの我が侭に付き合ってくれて、デートみたいな事をした。楽しかった。

 身体が大分怠くなってきたけど、もうちょっと生きられるんならと、少し欲張ってみた。彼を家に招待しちゃった。自分の部屋に男の人を入れるなんて初めて。

 何かドキドキするけど、感染が進んで動悸が激しくなってるのか、ススム君のこと意識してるせいかは分かんない。

 学校に連れて行く前に、着替えさせて欲しいってお願いしておいた。半分はススム君をお部屋に呼ぶ為の口実だったけど、綺麗な恰好で逝きたいのは本当。

 制服の着せ方とか、下着の付け方とか手取り足取り教えてあげた。もちろん服は着たままだよ? 彼は照れながらも了承してくれた。

 一通りレクチャーしたところで、もうそろそろ限界みたい。さっきこっそり書いた手紙を着替え用の制服の胸ポケットに隠して、お風呂場に向かう。


「ヴヴヴ人になるところは見ないでね」

「大丈夫か? 大分ふらふらしてるぞ」


 ススム君に支えて貰いながらお風呂場に来たわたしは、最後に彼にお礼を言って扉を閉じた。彼の表情は見えなかったけど、悲しそうだった。ごめんね、嫌な思いさせて。

 浴槽の中に寝転んで服を全部脱ぎ捨てる。後は、みんなと同じになるだけ。


(ああーでも、裸見られるのは恥ずかしいなぁ。いたずらされちゃうかも? でも……ススム君にならいいかな)


 そんな取り留めも無い事を考えてるうちに、わたしはゆっくり気を失った。




 気が付くと、わたしは薄暗い学校の廊下に立っていた。


(え? 夢?)


 周りには、ヴヴヴ人と化したクラスメイト達。


(夢、じゃない?)


 自分の手を見ると、薄紫と青の斑模様になってる。どう見てもヴヴヴ人化してるよね? これ。


(どうなってるの? なんでわたし、死んでないの?)


 呆然と立ち尽くしているところに雷鳴が轟いて、思わずビクッとなった。雷の閃光で一瞬校舎内が照らし出される。窓の外は雨が降っていた。

 廊下の壁や床は所々黒ずんでいて、随分と埃が溜まっている。まるで何年も放置された廃墟みたいだった。


「そうだ、ススム君は……? ススム君……ススム君に会いたい」


 身体はちゃんと動く。制服はちょっと埃がついてたけど、部屋で用意した時の綺麗なままだった。一階の下駄箱がある出入り口まで下りて来ると、適当に使えそうな傘を探す。

 ビニール傘はどれもくすんでいて、くっ付いてるので開けなかった。無理に開くとベリッてなって、傘の部分が破れた。

 普通の傘も埃っぽかったけど、こっちはなんとか使えそう。雨漏りしそうだけど無いよりはマシ。誰かの傘をさして、わたしは学校を後にした。



 荒廃した町並みに、どんよりとした空模様。信号も消えてる。町中の電気が消えてるみたい。ススム君と遊んだ時はここまでぼろぼろじゃなかったのに、あれからどのくらい経ったんだろう?

 雨が降ってるせいか、出歩いてるヴヴヴ人は見掛けてない。とりあえず、自分の家に帰って来た。門や塀は随分汚れてて、上の方まで蔦が絡まってる。

 家の周りの雑草も、伸び放題の枯れ放題になってた。


「ただいま……」


 ドアの鍵は掛かってなかったけど、誰かが入った痕跡もなかった。家の中も埃っぽい。電気はやっぱり点かなかった。


「そうだ、携帯に……」


 ススム君と初めて出会った日に、携帯のメモ帳に遺書を書いたのを思い出した。携帯は部屋の充電器に挿してあった。

 手に取って開いてみると、電池はほとんど残ってない。トップ画面に表示された今日の日付に、12月の文字。


「……えっ? 12月?」


 確かススム君に会ったあの日は――遺書を書いたファイルの日付は10月の中頃になっていた。


「えええ! あれから一カ月以上も経ってたの?」


 わたし、どのくらいの時間、学校にいたんだろう? ススム君が連れて行ってくれたんだよね? 家の中の様子からして、あの日お風呂場でそのままヴヴヴ人になって、ススム君が学校まで運んでくれたのは間違いないと思う。

 それから今日目覚めるまで、ずっと学校を徘徊してた?


「……他にも、目覚めた人って、いるのかな」


 ススム君は、発症前後で身体が安定してるって言ってた。あんまり詳しくは訊かなかったけど、寝て起きたらそうなってたんだって。

 もしかして、今のわたしって、ススム君と同じになってる?



 どうにか彼と連絡が取りたい。何か手掛かりはないかと家の中をうろうろしていたら、リビングのソファーに見慣れないカードを見つけた。


「これ、健康保険証……」


 ススム君の名前が書いてある。住所も。手掛かりを見つけた! とにかく行ってみよう。お部屋に戻って出掛ける準備を整える。

 ダウンジャケットと、マフラー。家族とスキーに行った時に使った、ボンボン付きの毛糸の帽子。


「えーと、それからマスクマスク」


 ススム君の真似をして、ジャケットで厚着して、マフラーとマスクと帽子で顔を隠す。

 靴は丈夫なトレッキングシューズがあったはずだから、ローファーは置いて行く。玄関でお気に入りオレンジ色の傘も用意した。


「行ってきます」


 一応、戸締まりもしてから家を出た。



 四分の一日くらい歩いて、ススム君の町までやって来た。身体は思ったより疲れなかった。ここは埠頭の近くにあるんだね。

 お父さんの部屋から持ち出した地図帳で現在地と目的地を確認する。今は大通りの入り口だから、右手に病院。左手の奥に大きな小学校が見える。


「えーと、こっちかな?」


 この道であってるみたい。小学校のグランドを見渡せる通学路を真っ直ぐ進んで、もう少し行けば道路の反対側にマンションが見えて来るはず。


 道路に停まってる車はみんなボロボロになってて、周りには黒ずんだ肉塊みたいなのがいっぱい転がってた。

 ここまでに全然ヴヴヴ人を見掛けなかったし、あれ全部"処理"されたヴヴヴ人なのかな……。



「ここだ」


 ススム君の保険証に書いてあった住所の、マンション前まで辿り着いた。非常階段を使って、彼の部屋がある階まで上がる。やっぱりあんまり疲れなかった。

 そうして『大木 進』と書かれた表札のある部屋までやって来た。ススム君の名前が書いてあるという事は、彼は一人暮らし?


 インターホンは押してみたけど鳴らない。玄関の鍵は開いていた。


「ごめんくださーい……」


 少しドアを開けて呼び掛けてみるも、反応は無い。


「す、ススムくーん」


 もう少しドアを開けて中を覗き込む。土間にススム君が履いてた大きな靴があった。家の中は、薄暗いけど明かりが灯ってた。床にランタンみたいな照明が置かれてる。


「か、勝手にお邪魔しまーす……」


 ススム君の靴の隣に、わたしの靴を並べて揃える。廊下を進んだ先にあるリビングっぽい部屋に、見覚えのあるコートとニット帽が脱ぎ捨ててあった。


(あ、これ、ススム君のだ)


 随分ボロボロになってて、あちこち破れてたり、赤黒い染みが付いてる。


(これって、血の痕?)


 リビングの奥に、少し襖の開いた部屋がある。隙間からベッドが見えた。寝室みたい。


「ススム君」


 わたしは、彼の寝室らしい部屋に足を踏み入れた

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