異世界横断三百里 〜余は如何にして異端者(イキリスト)となりしか~
ゆうたろう丸
序 余は如何にして転生者となりしか
嗚呼、天命は下ったのである。
かように申しあげた時点で、聡明なる読者諸氏はお察しのことであろう。
そう──みんな大好き異世界転生である。
「話が早くて助かります」
偉大なる先達者たちの例に漏れず、トラックとの交通事故にて落命した私のまえにあらわれた自らを神と称する東欧系美女は、慈愛に満ちた微笑みをたたえて
「ですが、勇者に使命を授けるのが転生を司る女神たるワタクシの務め。どうかおつきあいくださいませんか?」
いまさら異世界転生についてくどくどしく説明されるまでもないのだが、そこは私も不惑を過ぎた良いオトナである。
女神には女神の都合もあろう。ここは広い心をもって、文字通りのご託宣を長々と聞いてやることにした。
その結果わかったことは、きわめて
すなわち「動乱続く剣と魔法の世界」に「女神の使徒として生を受け」て「地に平和をもたらす」とかなんとか。
まあ、ようするにRPGみたいな世界でチートスキル持ちの勇者として無双してくれという、あれである。たぶん。
「如何でしょう? 苦難も多く厳しい人生になるでしょうが、救いを求める民草のため、どうか我が使徒として転生してくださいませんか」
さあて、どうしたものか……。
私は腕を組んで思案した。
といっても、べつに転生することに逡巡しているわけではない。なにしろ現時点で既に死んでいるのだ。正直、今すぐに転生しても何ら問題はないのである。
問題はないのであるが、だからといってここで軽々に了承すれば「負け組おじさんが転生してイキる気まんまんね。気持ち悪っ!」などと、いらぬ誤解を招くおそれがある。
よって、なけなしのプライドを守るためにも、ここはなんやかやと理由を付けて渋ってみせてから、最後に仕方なくといった体で異世界転生に応じてやろうと思ったのであるが──
なんということだろう。人生を振りかえってみても、未練らしい未練がなーんもないのである。
妻子はなく、これといった友もない。両親は健在だが、まあ弟と妹がいるし、どうせ放っておいても十年か、長くとも二十年そこらもすれば、別の意味であちらも異世界に旅立たれることだろうから、そこまで気にかける必要性もない。
かつて世紀末の世において覇道を歩んだ漢(CV:内海賢二)は、その誇りと野望をかけた死闘の末、「我が生涯に一片の悔いなし」と叫んで果てたが、令和初めの世において誇りも野望もなく歩きスマホの末に果てた私もまた「我が生涯に一片の悔いなし」状態なのであった。
いやいやそんな馬鹿な、いくら実り少なき人生を歩んできたからと言って、なにかあるだろう。『HUNTER×HUNTER』と『ファイブスター物語』の最終話を読んでいないとか以外に、なにか──
「悩まれるのも当然のことです」
悩む理由がなくて悩む私に、女神は変わらぬ慈愛の微笑みをたたえたまま、すべての迷いを断ち切らせる叡智を授け給うた。
「尚、補足事項といたしまして、貴方に転生していただく世界の人口比は女性の方が多く、エルフや獣人などの亜人種においてはその傾向がさらに顕著です。くわえて性倫理はゆるく、重婚はもとより、一夜限りの関係も推奨される、産めよ増やせよ文化であることもお伝えしておきます」
します、転生! 今します、すぐします、即座にします!
気がついたときには、私はそのように答えていたのであった。
ああ、笑わば笑え。やはり神ならざる人間は
だが、そこは女神、自ら神を称するだけのことはある。
腹の底でどう思っているかは伺いしれぬが、すくなくともオモテ向きには、蔑みもしなければ哀れみもせず、変わらぬ慈愛に満ち満ちた微笑みをたたえまくっていた。
「感謝します、勇者よ。願わくば貴方のあらたな人生に幸多からんことを──」
祈りの言葉とともに、女神の姿がまばゆい光に包まれて消えていく。
いや、女神だけではない。私という人間、私という人格そのものが、光のなかで溶けていくかのように曖昧になっていく。
おお、なるほど。これが転生というやつなのか。
散々ぱら見たり読んだりしてきたシチュエーションを実際に体験していることに興奮しつつも、私は同時に、急な展開に戸惑いもしていた。
あの、すみません。プレイにはいるまえに、すこしオプションでいろいろ弄りたいんですけど……。あ、いや、プレイとかオプションっていっても、べつに夜のお店的なことじゃなくて、ゲームの設定的なことで──
しかし、それらの言葉をいくら重ねようとも口に出すより先に光となる。
いや、そもそも私はこれまで声を発していたのだろうか?
そんな疑問すらも光へと変換されていき、
そして──
※
──すべてが純白の光と化した。
……ああ、これが「死」なのだな。
そう自覚したのが最後か、それともあとから思い返してそのように感じたのか、本当のところはわからない。
ただ確実に言えることは、思い出せる限りにおいて、これが前世における最後の記憶だということと、この異世界に転生者として生まれ落ちてから、ふたたび四十年近いの月日が流れたということだ。
そして現在、女神の使徒、勇者である私がなにをしているのかというと──
「よおぉっし、野郎ども! 仕事の時間だあ! 男は殺せ! 女は奪え! お宝は、山分けだーっ!」
うおおおおおおおおおおおーっっっ!!!
号令一下、郎党およそ一四〇名が、森のなかで立ち往生していた貴族一行へといっせいに襲いかかっていく。
悲鳴と怒号。
飛び散る血潮とぶちまけられる臓物。
レーティング的な意味で映像化不可能レベルのスプラッターな戦いを俯瞰しつつ、私はしみじみとつぶやく。
「いやあ、みんな逞しくなったなあ。お頭として、おじさんは嬉しいぞ♡ うんうん」
──とまあ、こんな案配で、無法者の集団を率いて略奪行為を繰り返していたりするのである。これが。
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