第2話 聖女の祈り ~聖女と呼ばれた王女~ 前編

一面真っ暗な夜空に浮かぶ綺麗な星。

今日も一日働いたと沢山の人たちが酒場にて、仕事終わりの一杯を楽しんでいた。


「くー!またこんなに美味い酒が飲める日がくるなんて」


骨に染み渡ると豪快に酒を呷る男性に、同僚たちは笑いつつも止めることはなく寧ろ飲みすぎるなよと軽く注意をするだけだった。

なぜなら、酒を豪快に呷っている男性はついこの間まで疫病を患い、死の淵をさ迷ったからだ。


突然世界に広まった疫病。

治療も薬もみつからず、ただ大切な人の死を待つしかない苦しい日々が長く続いた。

だが、そんな絶望に終止符が打たれた。


神より選ばれた聖女が祈りを捧げたことにより、疫病は終息したのだ。


世界は再び平和を取り戻し、疫病を患っていた人々も回復し今日も元気に働いていた。


「これも全部聖女さまのおかげだな!」

「聖女様、ばんざい!ってか!!」


酒が回っているのか陽気な声が酒場に響く中、一人カウンターで酒を飲んでいた男がひっそりと酒場を後にした。

街灯りに照らされた夜道を一人歩く男は、まるで賑やかな声から逃げるように足を進めていき、気付けば薄暗い小川の橋の傍に来ていた。

街の喧騒も遠いその場所に、男は静かに佇んでいる。


「にゃあ」


不意に聞こえた獣の声に、視線を下げれば餌を強請るネコが男の足にすり寄っていた。

警戒心がない様子に人から餌をもらっていたのだろう。

男は、懐からパンをとりだし小さくちぎってネコに与えた。


「なぁ、少しだけオレの話を聞いてくれないか」


突然ネコに語り始めた男は、返事を聞くことなくどこまでも続く夜空を見上げながら過去を振り返った。



「お前は聖女の話を知っているか?」

「これはたった一人の家族のために、世界を敵にまわした国と聖女と呼ばれた王女さまのお話だ」





むかし、とある国に一人の王女さまがいた。

王女の名前は“アリシア”


美しい銀色の髪と母親譲りの翡翠の瞳を持つ王女さま。

アリシア姫には三人の家族がいました。

厳しいけど聡明で誰よりも家族と民を愛する王さま。

穏やかで、どの国よりも博識な王妃さま。

そして自分にも厳しく責任感があり、だれよりも妹を可愛がってくれる兄、ルヴィン王子。


「おにいさま!みて、お花のおうかんをつくったの」

「そうか、アリシアは器用だな」


大好きな兄の為に作った王冠をみせれば、普段厳しい顔をした兄、ルヴィンは愛しい妹に頬を緩ませて柔らかな髪を撫で梳かす。

傍らには幼馴染であり、いずれ王となるルヴィンの騎士として仕える青年ダンテが可笑げに笑いながら近づいた。


「ルヴィ、顔がだらしないぞ」

「うるさいぞ、ダンテ」

「ダンテ!あなたにはうでわをつくったのよ!うけとって!」

「ありがとうございます、アリシア姫」

「おい、ダンテ。近いぞ」


差し出される花の腕輪に、ダンテは跪いて嬉しそうにアリシアから花を受け取り、それを兄のダンテが近すぎるとアリシアをダンテから遠ざけた。

微笑ましい光景を、遠くから王さまと王妃さまは幸せそうに見つめていた。


大好きで大切な人たちにかこまれ、アリシア姫は幸せな日々を送っていた。

ずっとこの幸せがつづくのだと子供ながらに信じていた。



月日が流れ、アリシアが十二歳の誕生日を迎えた日。

とつぜんアリシアの手の甲に花模様が浮かんだ。


「これはなにかしら?」


不思議そうに手の甲に浮かんだ花模様を眺めていたアリシアはルヴィンや王さま、王妃さまにも尋ねた。


「なんだろう、見たことのない紋様だね」

「そうね。私も知らないわ」

「博識な王妃さえも知らぬとは・・・」


だがアリシアになにか影響がでているわけではない。

様子を見ようと告げた王さまの判断に、ルヴィンは少しだけ嫌な予感を感じていました。だけどそれを上手く説明できず、結局は様子見となってしまった。


そしてその紋様の意味を、身をもって知らされる事件が起きた。



「暴れ馬だ!!」

「ルヴィン王子が重傷だ!早く医師を呼べ!!!」


剣の訓練中、馬舎にいた馬が突如暴れ激しく暴走する中、不運にもルヴィンが巻き込まれた。

馬の蹄により頭を蹴られてしまい、すぐに王宮医師が駆け付けた。だがすでにルヴィンは危篤状態であった。寧ろ、いまもなお息があるのが奇跡だと言わんばかりだと医師は悲しげに告げた。


「あぁ!王子!!私の息子よ!」

「・・・王妃」


手の施しようがなく、ただ息子の死を待つしかない事実に王妃は嘆き悲しみ、王は悲しむ王妃に寄り添った。

アリシアは、幼いながらも兄が死んでしまうという事実に震え、乳母や侍女の手を振り払って冷たくなっていくルヴィンの手に縋りついた。


「お兄さま!いや!いやよ!!アリシアをおいていかないで!」


アリシアより一回り大きな手を、両手で握りしめながら必死に叫んだ。

だが既に死の淵をさ迷っているルヴィンが、その声に応えることはなかった。


アリシアは無我夢中で天に祈った。


“どうかお兄さまをたすけて!”

“わたしの大切なお兄さまをつれて行かないで”





そして、奇跡がおきた。

アリシアがつよく祈ると同時に、掌の紋輝かしい光を発し部屋中を照らす。

温かな、まるでお日様の下にいるような心地よさを部屋の中にいた者たちは皆感じた。そして光が治まれば王さまも王妃さまも医師もダンテも皆が皆驚いた。


「どうしたんだ、アリシア。そんなに泣いて」


死の淵をさ迷っていたはずのルヴィンが目を覚まし、涙をこぼすアリシアを慰めていたのだ。


「ルヴィン!!」

「息子よ!」

「うわ!?父上、母上。苦しいですよ」

「奇跡だ!」

「王子さまが助かったぞ!」


涙を滲ませた王さまと王妃さまはルヴィンに駆け寄り、その身を抱きしめた。

そして神に、この奇跡に感謝をささげた。

歓喜に満ち溢れ、皆が皆、王子が目を覚ましたことに喜んだ。


「・・・」


ただ一人、呆然と自分の喉に触れているアリシアを残して。


「姫、どうかしたんですか?」

「アリシア?」


唯一その異変に気付いたダンテとルヴィンはアリシアに声をかけた。

だがアリシアは自身の喉に触れながら必死に声をあらげるも、それは言葉になることなくパクパクと空気を吐き出すだけだった。


「アリシア、まさか・・・声が!?」


よくよく見れば、アリシアの掌にあった花模様は一部欠けている。

その瞬間、聡明な王さまは気付いてしまった。

さきほどの温かな光がアリシアから発せられたモノだと。そしてルヴィンの命を救った代わりに声を代償にしてしまったことを。


声を失ったアリシアに、王さまも王妃さまも王子さまも悲しんだ。

だけどアリシアは悲しむことなく、むしろ笑顔を家族に向けた。


なぜなら、大切な兄が此処に戻ってきてくれたから。

それでも悲しむ兄に、アリシアは声の代わりに文字で言葉をつづった。


『悲しまないで、お兄さま』


たとえ声がなくても、こうして文字で言葉を伝えることができる。

想いを伝えるのは言葉が全てじゃない、笑顔で伝えることだってできるのだから。

声を失ったアリシアが誰よりもつらい筈なのに、その優しさにルヴィンは救われた。そして心優しい妹を生涯かけて守ろうと誓ったのだ。





「みつけたぞ!これは、まさか聖女の証なのか!?」


そしてアリシアの声が失われたことで、手に浮かんだ紋を調べるために王さまは多くの文献を読みあさり、ついにその記述を見つけた。


「あなた、此処に聖女に関する記述が・・・」


王妃さまも、また古い本から聖女に関する記述を見つけ恐ろしい事実を知った。


聖女とは、古に伝わる神さまの贄を指す存在。

祈り願いを叶える代わりに、聖女は己が代価を支払うという事実。贄の命が尽きれば新たな贄が選ばれ、一人の少女を犠牲にすることでその国は栄え続けていた。

これを哀れに思った女神が、聖女を隠した。

ずっと聖女の犠牲によって栄えていた国は滅び、新たな贄が選ばれることはなくなったという。


その記述は何百年もの前のお話で、まさか長年の時を得て、何の因果なのかその贄に選ばれたのが自分たちの娘であることに王さまも王妃さまも戦慄した。

もし、この事実が世に知れ渡ればアリシアはきっと争いに巻き込まれるであろう。



「アリシア、よくお聞き。もう祈ってはいけないよ?」


アリシアの身を案じた王さまは、強くアリシアに言い聞かせた。

だけど十二歳のアリシアに、あのような残酷な真実を告げることは憚れてしまい、ただ祈ってはいけないとしか王さまは言えなかった。

それが間違いだったのだろうか。

大好きな父親に言われても、アリシアは祈ることを止めることは出来なかった。



ある時は、階段から転落し肋骨が肺に刺さり死にかけた乳母を助けるために祈り、味覚を失った。

ある時は、国を襲った災害で多くの命が危機に晒されたとき助けを祈り、成長が止まった。

ある時は、襲われた王女を守り瀕死になった幼馴染を救うために祈り、視力を失った。


「アリシア!お願いだ!もう祈るのを止めてくれ!!」

「   」


どんなに泣いて縋っても、アリシアは家族を、民を守ることを厭わない。

たとえ、その目が大好きな人たちをうつすことができなくても。

たとえ、大好きなお菓子のあじが分からなくなっても。

たとえ、母親みたいな立派な王妃さまになれなくても。


“だいすきよ、   ”


アリシアは家族を、国を、だれよりも愛していた。

そんな王女さまを家族も国の人々も王女を愛し、守ろうと誓った。


王女が祈らないように結束力を高め、守れる力を手にするために重傷を負わないように訓練に励んだ。

また流行り病にかからないよう衛生面にも慎重になった。

過去の災害を教訓に防波堤や倉庫などに貯蓄をためるなど、国中が手を取り合い、その努力が報われたのかアリシアの王国はどの国よりも飢えることや病が流行ることもない平和な国となったのです。


月日は流れ、アリシアは十五歳となった。

姿は成長することなく幼いままだけど、愛する家族や民たちに大好きな人たちに祝われ、目が見えず声も出せられないけどアリシアは幸せな日々だった。


だがその幸せを打ち壊すかのように、とつぜん世界中に“疫病”が広まった。

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