第14話 分からないことばかり
花祭りから、一週間が経った今日。わたしは今日も、ローレンソン公爵家でフィリップ様とお茶をしていた。
以前よりも会う頻度が高くなっているのは、元々はこれくらい、もしくはこれ以上の頻度で会っていたという彼のバレバレな嘘のせいだ。両親も以前より多く出かけるようになったわたしに対し、嬉しそうな視線を向けてくるだけ。
メイドに勧められ先日頂いたイヤリングを付けていくと、フィリップ様はひどく喜ぶような様子を見せた。
今度はもっと沢山贈る、十で足りるだろうかなんて言うものだから、丁寧に断っておいた。わたしの耳は二つしかない。
──もちろん、以前と変わらず長い沈黙が続くことは多々ある。けれど不思議と、息苦しさのようなものはあまり感じなくなっていた。
「そういえば、フィリップ様は来月の学園の同窓会に参加されるんですか?」
何気なくそう尋ねてみれば、フィリップ様は困ったような顔をし、何かを考え込む様子を見せた後、口を開く。
「……俺は、行かない」
「そうなんですね」
「君は?」
「もちろん、行きませんよ」
そう答えるとフィリップ様は「そう、だよな」と、何故か安堵したような表情を浮かべた。
◇◇◇
「ヴィオラ……ほんとにごめんねえ……グスッ」
「だ、大丈夫ですよ」
「っヴィオラが大変な時に……私ったら……うえっ……」
それから三日後。思いきり泣きながら我が家を訪れたのは、痩せて痛々しい姿になったジェイミーだった。
彼女は恋人と喧嘩し別れ話をされ、ショックで寝込み一ヶ月ほど部屋に引きこもっていたらしい。
彼女は基本メンタルは強いけれど、男性のこととなると激弱になる。だからこそわたしの事故のことも知らず、大変なときに何も出来なかったなんて親友として失格だと泣いているのだ。
正直、誰が見ても事故にあったわたしよりも、げっそりとして今にも倒れそうな彼女の方が死にそうだった。わたしはこの通りとても元気なので、どうか気にしないで欲しい。
「わたしは本当に大丈夫なので」
「本当に……? あと敬語なんてやめてね」
「う、うん」
それからは、彼女とわたしがどれ程仲良かったかを二時間程語られた。気恥ずかしかったけれど、嬉しくもあった。
レックスにもバレてしまった以上、ジェイミーにも話してしまおうか悩んだけれど、彼女は時折暴走することがあるのでやめておいた。たまに想像を超えたことをしでかすのだ。
フィリップ様とのことは、たまに会って良くしてもらっているとだけ話したけれど、それだけでも彼女は驚いていた。
「そう言えば、同窓会の招待状は届いた……?」
「うん、届いてはいたけど」
「……きっと、ヒューゴーも来ると思うの」
そして一息吐いた後、話題は同窓会へと移った。
ヒューゴー様というのは、彼女の元恋人で学園の同級生でもあった人だ。普通にいい人だった記憶がある。本人には言えないが、いつもと同じように、彼女が何か余計なことを言ってしまったのではないかとわたしは睨んでいる。
「……ヴィオラ、一緒に行かない?」
「えっ」
ジェイミーは大きな瞳をうるうるとさせ、上目遣いでわたしを見た。これは何かを頼む時の彼女の癖だ。
「わたしは行かない、かな……」
「そうだよね………ヴィオラは記憶もないし、大変だもん」
「…………」
そう言って、「ごめんね」なんて言って痛々しく微笑む彼女を見ていると、心が痛む。わたしは過去、彼女に何度も助けられているのだ。
それに彼女が過去に例を見ないくらい、ヒューゴー様のことを好いていたことも、わたしは知っている。
とはいえ、心の底から行きたくないわたしはそれからしばらく、悩みに悩んだのだけれど。
「……やっぱり、顔出しにいこうかな? 知り合いに沢山会ったら、何か思い出すかもしれないし。一緒に行こう」
「ほ、本当に?」
「うん」
「ヴィオラぁ……大好き!!」
そう言って勢い良く抱きついてきたジェイミーの背中を撫でながら、シリル様のことが頭を過ったわたしは、二人を会わせたらすぐさま帰ろうと決めた。
そして、当日。大分顔色が良くなったジェイミーと共に、わたしは会場へと向かっていた。
「私、大丈夫? どこか変じゃない?」
「うん、とても可愛いから大丈夫よ」
「本当にありがとう、ヴィオラ」
二人がうまく行きますようにと、祈らずにはいられない。
──そういえば、フィリップ様には行かないと言ってあるんだった。まあ元々、お互いどの集まりに参加するかなんて報告し合っていたわけでもないから、別にいいだろう。
やがて会場へと着くと、やはりわたしに視線が集まった。ジェイミーはわたしの腕にぴたりとくっつくと、「誰かに何か嫌なことを言われたら、すぐに言ってね。お父様に頼んで消してもらうから」と言ってくれた。彼女は可愛らしい顔をして、時々恐ろしいことを言う。
「ヴィオラ! 来てくれたんだね」
そして、一番に声をかけてきたのはシリル様だった。
わたしの隣にいたジェイミーが、ぎょっとした顔でわたしと彼を見比べている。当時彼女だけには、彼に好きだと言われたことを話してあったからだろう。そういや、先日声をかけられたことはまだ話していなかったのを思い出す。
「こんにちは、シリル様」
「うん、こんにちは。会えて嬉しいよ」
「私もいますからね!」
「ええ、わかっています。お久しぶりですね」
昔からジェイミーは、シリル様のことがあまり好きではないらしい。あの人は胡散臭い、などといつも言っていた。
今にも噛み付きそうなその様子に苦笑いしつつ、会場内を見回した。すると、お目当ての彼はすぐに見つかって。
「……ジェイミー、ヒューゴー様があそこに」
「えっ」
こっそりとジェイミーにそう告げれば、彼女は一瞬驚いた表情を浮かべた後、今にも泣き出しそうな顔をした。
「でも、どう話しかけたらいいかわからないわ……」
確かに喧嘩別れをしてしまった後、大勢の人といる彼に話しかけに行くのは難しいものがある。わたしだって、面識があるだけで彼とは仲良くはない。今の状況なら尚更だ。
そうして困っていると、シリル様が「ヒューゴーと話したいの?」なんて言い出した。
「……そう、ですけど」
「俺がうまく言って、呼んできてあげようか」
「えっ」
突然そんな申し出をしてきた彼に、わたしもジェイミーも驚きを隠せない。どうやら二人は交流があるらしかった。ジェイミーは少し躊躇っていたものの、結局それが一番いい方法だという結論に至り、彼に頼むことになった。
そして十分後、シリル様の協力のお蔭でかなり自然な形で二人を引き合わせることができ、ほっと安堵する。
「あの、本当にありがとうございました」
「気にしないで。俺が君と二人で話したかっただけだから」
「そ、そうなんですか」
爽やかな笑顔でそんなことを言われてしまい、落ち着かない。本当に、シリル様は何を考えているのだろう。周りからの刺さるような視線が痛い。
それから彼は、わたしとの過去の話や最近の出来事なんかを話してくれた。それはもう、楽しそうに。
周りからの目もあるし、わたしはそろそろ帰りたかったけれど、こうして協力してもらった以上、今すぐ帰りますなんて言い出せるはずもなく。
そうしてしばらく二人で話をしていると、やがて会場内が騒がしくなった。一体どうしたんだろうと辺りを見回していると、令嬢達がきゃあ、と何やら騒いでいる。
「フィリップ様がいらしたんですって!」
そんな声が聞こえ、口からは間の抜けた声が漏れた。
──どうして、フィリップ様が此処にいるのだろう。わたしも結局参加することになってしまったから人のことは言えないけれど、彼も先日、参加しないと言っていたのに。
まさかあれも嘘だったのかなんて思っていると、人混みの中に彼の姿を見つけてしまって。なんとなく気まずい気がして、このまま騒ぎに乗じて帰ろうかなんて思っていると。
何故か大分遠くに居る彼と、ぱっちり目が合った。
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