第15話 商店街に来ていた
商店街に来ていた。スケジュール通りなら、瑞穂はここで手品を披露している筈だ。特に会いたいという訳ではなかったが、買い物のついでについ彼女を探してしまっていた。
だいたいの場所は把握しているので、見つかるまでそう時間もかからなかった。
「あ。須磨先輩ー!また来てくれたんっすね」
「よお。今日も頑張ってるな」
「須磨先輩こそ、相変わらず暇そうっすね。ニートは暇そうでなによりっす」
「一言余計だ、この野郎ー」
俺は瑞穂の頭にげんこつをぐりぐりと押し当てた。瑞穂は振りほどこうとしてバタバタと暴れ出した。
「痛っ! 痛いっすよ先輩ーっ!勘弁して下さいっす」
「言って良い事と悪い事があるんだよ。会うたびに暇なんて言われたら、傷つくだろうがっ」
「判ったっす。もう言わない! 言わないっすから助けて下さいっす」
もう一度ぐりぐりとげんこつを押し当ててから瑞穂を解放した。
「ふう。痛かった。これ以上背が伸びなくなっちゃったらどうするんすか」
「大丈夫だ。お前の背はこれ以上伸びねーよ」
「そうっすかね。170cm位になる予定なんっすけどね」
「お前なぁ。それ本気で言ってたら結構痛々しいぞ」
そういうやいなや、瑞穂は俺のむこうずねをけっとばしてきた。
「痛っ!すねはやめろすねは。相変わらず足癖の悪い女だなー」
手品を見ていた客が、くすくすと笑いだした。俺と瑞穂のやりとりが面白かったらしい。
「場所を変えよう場所を」
「そ、そうっすね。これ以上ここで、騒いでたら漫才師と間違えられそうっす」
瑞穂は、てきぱきと手品道具をかたずける。
「じゃあ、行きましょうっす」
「行くって何処にだよ?」
俺は当然の疑問を口にした。
「なにいってるんすか。こないだの喫茶店すよ」
「ああ。あそこか」
「喫茶店まで競争っす。ビリは1位の人におごりっすからね」
瑞穂はそういうと、とてとてと駆け出して行った。あっという間に遠ざかっていく。
「おい!走ると危ないぞ」
「大丈夫っすよ! わひゃあ!」
自転車に轢かれそうになっていた。道端に尻もちをついて座り込んでしまっている。
「おい、立てるか」
俺は手をさしだすと、その手をとって瑞穂は立ち上がった。
「どうもっす」
瑞穂が、ぱんぱんとズボンをはたく。
「子供かお前は」
「てっへへ」
恥ずかしそうに頭をぽりぽりとかいている。全く危ないったらありゃしない。
その後、俺たちは再び走り出すことはなく歩いて店へと向かった。
「ふう。涼しいな」
「ほんと、涼しいっすね。喫茶店って冷房が利いてて気持ち良いっすね」
俺たちはこの間と同じ席に座った。水とおしぼりがほどなくして届く。
「アイスコーヒー2つとパンケーキ2つ」
メニューを見ずに瑞穂は注文を済ませる。
「おごらないからな」
「えっ! この間はおごってくれたじゃないっすか」
「だからだよ。今日は割り勘だ」
「ぶーぶー」
瑞穂が抗議の声をあげる。しかし、口でぶーぶーっていうのはなんだろうか。外国人じゃああるまいし、どこか子供じみてておかしかった。
「先輩なんで笑ってるんですか? なんかおかしいことあったすか?」
「いや。お前はいつも面白いやつだよ」
「むぅ」
瑞穂はぷくーっと頬を膨らませると、机の下から蹴りを繰り出してきた。
俺はその攻撃をひらりとかわす。そうすると瑞穂はじたばたと地団駄を踏んだ。
「先輩、可愛い後輩が反抗してるんですから、あまんじて受けてくださいっす」
「可愛い後輩は攻撃なんてしてこないぞ」
そんなことをしていると、アイスコーヒーとパンケーキーが運ばれてきた。
「いっただきまーす」
瑞穂は、このあいだと同じように、どばどばとシロップをパンケーキにかけている。
「うん。うみゃい」
「お前この前も言ったけど口に物を入れながら喋るな」
「だって、うみゃいんですもにょ」
「上手く喋れてないぞ。てか口元にまたくっついってる」
「わぷ」
俺はナフキンで瑞穂の口元を拭ってやる。
「ところで──。明石にも言ったんだが、お前は東京には興味ないのか」
「突然すね。東京っすか。そりゃあ興味ありますよ。観光したりしたいですもん」
「いや、そういう意味じゃないくてだな。東京で手品やろうと思わないのか」
俺の問いに瑞穂はけげんそうな顔をする。
「きっと明石っちも言ったと思うんすけど、自分もそういうことなら興味ないっすね。ってこの話この前も話したじゃないっすか」
「だってお前、この町で手品するよりももっとたくさんの人に観てもらえるぞ。そりゃあ何度だって言うさ、お前の腕なら大きな場所で高みを目指すべきだ」
「確かにそうでしょうけど、私この町が好きなんすよ。なので、この町を離れてまで手品したいとは思わないっすよ。はい、この話はおしまいおしまい」
「そういうもんか。なんだかもったいない気がするな」
「そういうもんっす。それにしても相変わらず美味いっすね」
瑞穂は俺の問いをさらっと受け流して、目の前のパンケーキをもくもくと食べている。
なんだろうか。この間の明石といい、今日の瑞穂といい何処か心にひっかかるものがある。この間も感じたのだが、喉に小骨がひっかかったような感じがどうにも言葉を詰まらせた。
俺はその違和感をぬぐうような気持ちで注文したアイスコーヒーを飲み干したのだった。
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