第4話 二日後の朝
二日後の朝、明石から電話が掛ってきた。
「改めて
と、いったような内容だった。俺は車を持っていないので、明石が、うちまで迎えに来るという。
シャワーを浴びてぼんやりと
たんすにしまってあった
「やあ、
「こんな時間に
俺は時間を差して言った。
「久しぶりに馬でも見たくなったのさ」
明石はそういうと車を発進させた。彼の性格らしい
「ふーん。馬ね」
俺はそう言うと、胸のポケットから
「いいか?」
俺は明石に尋ねる。明石は無言で吸いがら入れを差しだしてきた。
煙草に火をつけ煙をたゆらせる。馬。
車はだらだらした坂の途中で不意に
「愛媛で馬といったらここだよ」
明石は手を看板に向ける。そこには、『のまうまハイランド』と、書いてあった。
「のまうま。
俺は記憶をたぐる。そう言えば今治ではこの馬の保護と飼育をしているんだっけ。
明石は何度も来ているようだ。慣れた足取りで駐車場近くのログハウス方面に足を運んでいた。
「こっちだよ」
明石はログハウスを通り過ぎ、その先を目指しているようだった。
「ここが
そこにはサラブレットより足の短い馬がのんびりと佇んでいた。草を食べたりのっしりと歩いていたりする。回りを見渡すがどうやら見学客は俺たちだけらしい。
「考え事をする時なんかは良くここに来るんだ」
明石は柵の方を見ながらそう言った。
「馬なんかみてどうするんだ」
俺は率直に言葉を発していた。考え事するなら
「馬は良いよ。のんびりとして雄大でそして言葉を発しない」
明石は馬の方を向いてこっちには顔を向けない。ぽつりぽつりと言葉だけが、こちらに向ってやってくる。
「まあ、確かに馬は言葉を話さないな」
俺は言葉を返す。
「なあ。須磨」
明石は
「向こうで何があったんだい」
明石はいまだにこちらを見ずにそういった。向こう──。俺がこの前までいた街の事を言ってるのだろう。いや、街というより俺のライフスタイルそのものを指しているのだろう。俺の古くからの友人は俺の
「特に何もないな。急に
俺はあった出来事をそのまま口にした。数秒の
その時遠くの馬がいなないた。
「理由が無いのが
明石は透き通るような視線を俺に向けてくる。
「まあな。理由が有ればもう少し身の振り方も変わっていたのかも知れない」
俺はそう、つぶやくと馬の方に視線を向ける。そう、理由がないのだ。俺は理由もなく会社をやめ、理由もなく彼女と別れ、理由もなく
「これからどうするんだい」
当然の質問だった。これからどうするのか。いつまでも仕事をしないわけにはいかない。何もしなくても人を生活するのにはお金がかかるのだ。いつかは仕事を見つけ生活を繋いでいくしかない。
「まだ考え中。当分は、こっちにいるつもり。当分は、のんびりしようと思う」
俺はそう答え馬の数を数えていた。数えながら考える。今はそれしか答えを持ち合わせていない。自分でも判らない事を聴かれ言い
「そうか。それが須磨の今の答えなんだね」
明石がそう言うと遠くでまた馬がいなないていた。俺はいななく馬を探してながら明石の方に
「見つかるといいね」
明石が静かに話を締めくくる。同時に一頭の馬がこちらに近寄ってきた。どうやら
馬が近付いてくるのを二人で眺めていた。
「ここの馬は大人しいんだよ」
明石はそういうと近づく馬に無言で小さく手を振る。
「サラブレットなんかは警戒する馬もいるんだけどね」
「お前の方はどうなんだよ」
俺は近づく馬を見ながら明石に訪ねた。今度はこちらが聴く番だ。
「そうだね、親が仕事をやめて松山の方に移り住んだから、自分はそのあとをついでのんびりやってるよ」
明石は馬の方を見つめそういった。
「あっちの方はまだ続けているのか」
俺は過去を思い返し明石に聴いた。あっちの方とは、明石が趣味にしていた小説書きの事だ。彼は昔から文才があった。何度か読ませてもらった事がある。
「まあ、ぼちぼち書いてはいるよ。たまに賞に送ってみたりして」
どうやら既に趣味の域を超えているのかも知れなかった。賞に送ると言う事は本格的にやっているという事だ。
「佳作を取る事もないんだけどね。反応はいま一つなんだ」
明石はそういうと、馬に手を振るのを辞めた。横顔がどこか寂しそうだった。
「
明石が顔を伏せて
その音を聴いたのか近づいてきた馬がきびすを返して反対側に向っていってしまった。
「どうやら、馬に嫌われてしまったみたいだね」
苦笑しながら彼は顔をあげた。
「そういえば──」
明石が俺の方を向いて言った。
「瑞穂ちゃんとはいつ」
いつ再会したのか。そう言いたかったのだろう。俺は軽く伸びをしながら応える。
「ん? なんだ聴いてなかったのか。
「突然だったからね、須磨先輩が帰ってきたから明石っちもくるっすって」
明石が瑞穂の真似をした。
「手品、大学卒業した後もああやって続けているんだよ。バイトして合間をみては駅とか人通りの多い所で披露して居るんだ」
明石は空を見上げた。さっきまで遠くに有った雲がこちらに向って伸びている。あと数十分もすれば、俺たちの居る場所も覆い尽くすに違いない。
「駄目だねこれは、ひと雨きそうだよ」
明石はそう言うと車の方に歩きだした。どうやら積もる話はこれでおしまいのようだ。
「このまま帰るかい。それとも何処かで食事でもしようか」
そう言えば、朝から何も食べていなかった。時刻はちょうど昼時、ランチの時間だ。
「そうだな。どっかで飯食っていくか」
俺はそういうと明石に続いた。
「何を食べようか。近くに喫茶店とかあったかな」
車に向いながら明石は、色々と候補を挙げてきた。それに対して俺は一言。
「
と答えた。どんなものかというと、あつあつのご飯の上に、焼いたチャーシューと目玉焼きが載っている。今治を代表するソウルフードだ。
「ああ。須磨の大好物だったね。」
明石はくすりと笑う。確かにあれは俺の昔からの大好物だ。高校時代も良く食べたし、上京してからも自分で作ったりしたもんだ。
車に乗り込むと、明石はカーナビを操作して目的地を決めている。目的地は焼き豚玉子飯発祥の中華料理屋だ。
「混んでないといいんだけどな」
俺はそういうと、車は発進した。今度は煙草を吸わない。食事前には吸わないようにしている。せっかくの
ポケットの奥に煙草をぎゅっと押し込む。運転中の明石がそれをみて、くすりと笑った。
気に入らないな。まあでもこの後の食事に免じて許してやるか。そんな事を考えながら、流れる景色を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます