第16話 契約成立

 翌日、契約書の草案を受け取った俺は、家に持ち帰ってじっくりと〈鑑定〉した。

 そう、契約書には〈鑑定〉スキルが有効なのだ。

 

 ただし、普通のスキルではそれが本物か偽物かくらいしかわからない。

 だが【商人】レベルを上げると、契約鑑定というのができるようになる。

 簡単に言うと、その契約書が自分に有利か不利か、致命的な落とし穴がないか、などを把握できるのだ。


 つまり、いくら海千山千の元政治家が契約書で騙そうとしても、俺はそれを看破できるのだーっ!!


 ……と勢い込んで契約書を見てみたけど、すごく真っ当だね、これ。

 あの人、本当に俺を高く評価してくれてるみたいだ。


 ところどころ言い回しの関係か曖昧な部分があったので、何人かの司法書士や弁護士に相談して改稿案を詰めていく。

 もちろん鵜川グループと利害関係のない人たちを選んだ。


 数日かけて改稿案をまとめたあと、メールで文書ファイルを送り、清書をこちらで用意したい旨を伝えると、タイジくんはあっさり了承してくれた。


「というわけで、これが契約書です」


 例のキャンピングカーでタイジくんと向き合い、用意した契約書渡す。


「拝見しよう」


 事前に送った文書ファイルと差異がないかを確認し、小さくうなずく。


「問題ない」


 彼はそう言って、あっさりと署名した。

 ちなみに俺の署名は、もう済んでいる。


「これで契約成立だな」

「ですね。よろしくお願いします」


 これで俺も、企業戦士か。


「そうだ、これを渡しておこう」


 そう言ってタイジくんが取り出したのは、名刺の入った箱だった。


 株式会社鵜川ホールディングス

 企業戦士

 古峯新太


 そんな肩書きが書かれていた。

 わざわざ用意してくれてありがたいっちゃあ、ありがたいのだが……。


「そんなにいりますかね?」

 

 500枚くらいある。

 そんなに配る予定は、いまのところないんだけどな。


「最低ロットがこれなんだ。なにかと役に立つだろうから、持っていてくれ」


 それじゃこのあと、さっそく使わせてもらうとするか。


「タイジくん、その契約書は大事なものなので、家の金庫にちゃんとしまっておいてくださいね」

「大事なものなのは確かだが……なぜ家の金庫に?」

「いや、大事なものはやっぱり家の金庫にしまっておくべきですよ」

「ふむ、そうか」


 そんなやりとりを終えたところで、俺はキャンピングカーを降りた。

 企業戦士申請は鵜川グループのほうでやってくれるので、それまでは少しのんびり過ごすか。

 ギルドの目をごまかしながらちまちま討伐するのもしんどいしな。


「主、戻ったぞ」

「おう、おかえり」


 タイジくんと別れて家に帰り、少し経ったところでシャノアが戻ってきた。


「どうだった?」

「問題ない」

「カメラに映ってないよな?」

「そのようなヘマはせぬよ」

「だよな」


 ○●○●


 アラタと契約書を交わしたタイジは、邸宅に帰った。

 父や弟の持ち物をほとんど処分したおかげて、邸内はガランとしている。


 書斎に入った彼はテーブルに契約書を置き、椅子に深く腰掛けた。


「ふぅ……」


 大きなため息が漏れる。


 契約がうまくいってよかったと、タイジは心底そう思っていた。


「む、そういえば……」


 契約書は金庫に保管しろ、とアラタが言っていたのを思い出す。

 なぜ彼はわざわざそんなことを言ったのか。

 なにか深い意味があるのだろうか。


「金庫……これか」


 視線を巡らせると、壁際に置かれた金庫が目に入る。

 書斎のものはほぼすべて処分し、自分用のデスクなどを用意していたが、さすがに金庫は処分しなかった。

 ここには多額の現金だけでなく、土地の権利書や契約書などの重要な文書が入っているのだ。

 わざわざ金庫を買い換えてまで中身を移す必要性もなかったので、これはそのまま使っている。


 この金庫は魔道具で、本人の魔力を通した特殊なカギを使わなければ開けられないものだ。

 カギの持ち主として登録されているのは、いまはタイジだけだった。

 父ヤスタツも以前までは開けられたが、現時点ではその設定を変更している。


 タイジは肌身離さず持ち歩いているカギに魔力を通し、金庫を開けた。


「ん……?」


 その中に見慣れぬものがあった。


「これは……彼の名刺か?」


 先ほどアラタに渡した名刺が1枚、これ見よがしに置かれていた。

 タイジは目を見開きつつ名刺を手に取り、裏返してみる。


『コンゴトモヨロシク』


 そこにはお世辞にもうまいとは言えない字で、そう書かれていた。


「なんと……」


 タイジの肌が、ぞわりと粟立つ。

 さきほど名刺を渡して、まだ1時間も経っていない。

 その短時間に、彼はどのような方法を使ってかこの邸宅に侵入し、自分以外には開けられない金庫の中に、この名刺を残したのだ。


「とんでもない男だな……」


 なにがあっても敵対はしないでおこう。

 もとよりそのつもりではあったが、タイジはあらためてそう心に決めたのだった。

 

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