第20話 重警備留置所
アラタがヤスタツに誘われて食事をした日の、翌日深夜。
重警備留置所の警備室に、ひとりの冒険者が現れた。
どこにでもいそうな、若い男性だ。
警備室にはいくつものモニターが並び、留置所内の各所を映し出している。
「おいーっす」
「おう、キヨシか。今日夜勤だっけ?」
部屋にいた留置所職員の男性が、そのキヨシという冒険者に声をかける。
「いやぁ、当番のやつが体調崩してさ、替わってくれって」
「そっか。そりゃ災難だ」
実際にはキヨシのほうから今夜の当番に掛け合って交代してもらったのだが、わざわざそれを調べる者はいない。
「そういやさ、いるんだろ? あのジンが」
「おう、昨日の昼ごろかな。運び込まれたよ」
「どんな感じだ?」
「そりゃひどいもんだよ。右腕は根本からないし、左手もありゃ使い物にならなそうだ。左脚は膝から下が動かないらしいしな。まともに動くのは右脚だけだとよ」
「そうなっちまっちゃあ、Aランク冒険者も形無しだな」
「まぁ、なんというか寂しいよ」
「なんだお前、ジンのやつが好きだったのか?」
「バカ言え、嫌いに決まってるだろ。でも、あの強さには正直憧れるよな」
「ま、わからんでもない。もうひとりは?」
「ああ、鵜川んとこドラ息子か。あっちも手脚を切られてたそうだが、それはすっかり治っちまったみたいだな。なんか猫がどうこうってうなされてるけど」
「なんだそりゃ」
呆れたようにそう言ったあと、キヨシは立ち上がる。
「どうした?」
「せっかくAランクさまがいらしたんだ。記念に見とこうと思ってね」
「趣味悪いぞ」
「いや、昔ギルドで絡まれてよ。ざまぁしてやりてーじゃねぇか」
「まだ俺らの巡回まで時間あるけどな」
「だからさ、こそっと……頼むよ」
「はぁ……ったく、しょうがねぇ」
職員はため息をつくと、端末を操作し始めた。
これでダミーの映像が流される。
怠惰な職員や冒険者がサボるために作り出した、特別なプログラムだった。
「10分で帰ってこいよ」
「わかってるよ」
警備室を出たキヨシは、留置所内を小走りに進み、目当ての場所に辿り着く。
「よう、ジン」
「……なんだ、てめぇ」
鉄格子の向こう側から、ジンが睨みつけてくる。
彼は薄暗い部屋の中で壁にもたれかかり、ぼんやりとした表情を浮かべていたが、目だけはギラギラとしていた。
「仕事だ。古峯新太を消せ」
「はぁ?」
キヨシの言葉に、ジンが顔を歪める。
「てめぇ、正気か?」
「知るか。俺は言われたことを伝えてるだけだ」
キヨシはそう言うと、黒い玉をふたつ、ジンのほうへ転がす。
「それを使ってなんとかしろ」
「なんだこりゃ?」
「特別なスキルオーブだ。使えば死ぬかもしれん。怖ければトイレにでも流しておけ」
その言葉に、ジンがニタリと笑う。
「ちょうど退屈過ぎて、どうやって死のうか考えてたところだ。助かるぜ」
ジンはそう言うと、自分のもとに転がってきたふたつのオーブを左手首で押さえつけ、躊躇なく使った。
「がぁ……!? お……おぉ……」
身体が淡い光に包まれたあと、ジンが苦しみ始める。
「死ぬならちゃんと死ねよ。生き残ったらこれを使え。お前ならなんとかできるだろ」
キヨシはそう言うと、刃渡り30センチほどのショートソードをジンに投げて寄越した。
「ぐ……うぅ……」
ジンは床に転がったそれを左腕でたくり寄よせ、隠すように覆い被さる。
「おい……」
ジンはさらに毛布で身体を覆い、顔だけを出してキヨシに声をかける。
「鵜川のジジイに伝えとけ。頼まれなくても、アイツは俺が片付けてやるってなぁ」
怨嗟の篭もった視線、それとは反対に口元は歓喜に歪むジンの表情に、キヨシは気圧される。
「……出るときは、隣のタツヨシも連れていけ」
キヨシはそう言ってジンのもとを去ると、隣のタツヨシにも簡単な言葉を伝え、黒いオーブをひとつ与えた。
「特別なオーブとは聞いたが、あんなちんけなもんでどうににかなるのかねぇ」
警備室に戻る道すがら、キヨシは呆れたように呟いた。
ヤスタツの手の者から預かった黒いオーブは、〈自然治癒〉がふたつに〈魔力吸収〉がひとつの計3つ。
〈自然治癒〉は、その名とおり自然治癒力がアップするというスキルだが、効果があまりにも微妙すぎた。
本当にゆっくり、じわじわと回復する程度のもので、ケガに対してはポーションや回復魔法を使ったほうが手っ取り早いし効果も高い。
だが一説には皮膚や頭髪の再生に効果があるとも言われ、美容スキルとして一部の層に需要があった。
それにしたところで、従来の発毛剤や美容品と比べて劇的な効果があるかといわれれば、微妙なところだ。
せいぜいおまじない程度のスキルでしかない。
もうひとつの〈魔力吸収〉だが、こちらは他者から魔力を奪い、自分のものにするという効果がある。
もっとも効率的なのは魔石からの吸収だが、それでも回復量がかなり少ないうえに時間がかかる。
こちらもマナポーションを使ったほうが、手っ取り早い。
ただ、本人の限界を超えて魔力を吸収すると、ほんの少し生命力が回復するという副次的な効果もあった。
それにしたところで、かなり密度の高い魔石から数分間魔力を吸収するより、同じ時間仮眠を取ったほうがまし、といわれる程度のものではあるが。
なのでどちらも、名前の割に使えないスキルとして有名だった。
「おいーっす、ただいま」
「おかえり。どうだった?」
「いやぁ、言いたいことを言えてすっきりしたよ」
「そりゃなによりだよ」
職員が端末を操作し、画面を元に戻す。
「あぁ? ジンのやつ、なにやってんだ?」
見ればジンは、部屋の隅で毛布にくるまっていた。
「ははっ、俺みたいな底辺に好き勝手言われて、いじけちゃったんだろうな」
「おいおい、あいつはいけ好かねぇやろうだが、まだ若いんだ。ほどほどにしてやれよ」
「へいへい」
キヨシはそう言うと、あいている椅子にどっかりと座り込んだ。
「あ、そうだキヨシ、お前昼まで入れるか?」
「え?」
「実は朝謹予定のやつがケガして休みたいってよ」
「んなもんポーション飲んどきゃ治るだろう?」
「それが結構ひどいケガだったらしくてな。ギルドからは1日安静にして生命力回復に努めろって言われたんだと」
「はぁ……しゃあねぇな」
「悪いな。人数が足りねぇとあとでドヤされるからよ」
「はいはい。何時まで?」
「昼過ぎ……遅くとも14時には交代がくるはずだな」
「いやどんだけ働かせんだよ。俺ら一応厚労省管轄だろ?」
「残念、ギルドは民間団体だ。まぁ、頭数さえいりゃいいから、明日の午前中は寝とけよ」
「はぁー……まぁ、それで給料も残業代ももらえるだけありがたいか」
キヨシは不機嫌そうに言ったが、勤務の延長でジンの様子を見られるので、それはそれで好都合だと思うことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます