第15話 ダークオーブ
スキルオーブの効果をなんとかして高められないか。
大昔の異世界で、そんな研究がおこなわれたそうだ。
様々な研究の結果、キャパシティをほとんど消費することなく、絶大な効果を得られるスキルオーブが開発された。
その過程で、本来透明なスキルオーブは真っ黒に染まってしまったという。
ただ、その黒いオーブを使うと、ジョブを失うことが判明した。
黒いオーブはダークオーブと名付けられ、女神の意に背くものとして忌み嫌われることになった。
だがいまなお異世界においては、非合法ながらダークオーブが作り続けられている。
ジョブを剥奪された犯罪者に、需要があるからだ。
そんな話を、俺はトマスさんから聞いていた。
もし黒いオーブを見かけても、絶対に手を出すなと。
そのダークオーブが、地球にもあるらしい。
そりゃそうだよな。
スキルオーブの研究を、日本人がしないわけないんだよ。
そして厄介なのは、この地球にはジョブが存在しないことだ。
異世界に比べて、デメリットが少なすぎる。
ただ、ダークオーブってのは品質も様々で、ヘタなものを掴まされると使った瞬間スキルが暴走して死んでしまうこともあるらしい。
キャパシティを消費しないといっても、せいぜいひとつふたつ使うのが限度なんだとか。
それでも、場合によってはジョブ持ちより強くなれるってんだから、相当ヤバいものだ。
「もしかしてそれ、改造オーブのことか?」
ヤスタツの話を聞いたセイカが、そう問い返す。
「知っているのかセイカ?」
「そういう動画をいくつか見たことあんだよ。〈錬金術〉とかのスキルを使ってオーブを改造しようとするんだけど、どんどん黒く濁っていって、最後は大抵割れるか爆発して終わり、みたいなやつ」
「な、なるほど……」
まさかそんな無謀なことをやる人がいるとは……しかも複数。
「はははっ、あれは個人にどうこうできるシロモノじゃないからねぇ。しかるべき研究機関が多大な予算をかけ、数年に渡って研究を続けた結果、ようやく形になるようなものだよ」
やっぱ国とか大企業とか、そのへんが絡んでんだろうなぁ。
「……それ、俺たちが聞いてもいい話なんですか?」
「おおっぴらにされているわけではないが、機密というほどでもないね。ちょっと頭の回る者が調べれば、すぐにわかることだよ」
なるほど、俺が知らなかっただけで、この国ではとっくに改造オーブことダークオーブの研究が進んでいたのか。
「それで、どうかね?」
「どう、とは?」
「黒いオーブに興味はないかね? 君がそのオーブを使えば、AランクはおろかSランクにすら到達できると思うのだけどねぇ」
「はぁ、Sランク」
たしか3年くらい前に制定されたんだよな、Sランク。
まだ日本に10人もいなかったともうけど。
「興味ないですね」
「む……」
俺がさらりと答えると、ヤスタツが顔をしかめる。
「本当に興味がないと? Sランクになれば、富も名声も思うがままだよ?」
「俺は人並みか、ちょっといい暮らしができるくらいでちょうどいいんです。ひと月近くダンジョンを
「それはなんとも、つまらないねぇ」
「つまらなくて結構。以前より少し稼げるうえ、素晴らしい婚約者までいるんだから、これ以上は望みすぎですよ」
「ぁぅ……」
ちらりと横を見ると、セイカが俯いて頬を染めていた。
「いやしかしね、Sランク冒険者ともなれば様々な特権を得られるよ? それこそ、飼い猫を特別な施設にいれられるようなね」
ヤスタツがそう言って得意げに笑う。
シャノアのことを引き合いに出せば、俺の考えが揺らぐとでも?
それは甘いよ。
「飼い猫のことは、もう大丈夫ですから」
俺はそう言って、少し寂しげな笑顔を浮かべる。
「……ふむ、そうか」
俺の言葉と表情からなにかを察したのか、ヤスタツは諦めたようにため息をついた。
きっとその察しは大ハズレだけどね。
どうやらこれ以上の話し合いは、意味がなさそうだな。
「それじゃ、俺たちはそろそろ失礼します。ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
俺がそう言って立ち上がると、セイカもそれに続く。
「わかった。では家まで送らせよう」
「いえ、結構です」
「……そうか、君は〈帰還〉が使えるのだったね」
「そういうことです」
「しかし……詫びが食事ひとつというのも申し訳ない。なにか欲しいものはないかね?」
「別になにも……あ、いえ、だったら……」
せっかくなので、ちょっとしたお願いをしてみる。
そのあと店を出たところで、俺たちは自宅に〈帰還〉した。
「はぁ……」
「ふぅ……」
玄関に辿り着くなり、俺とセイカは揃ってため息をついた。
「主、はやく」
シャノアがそわそわした様子で、影から出てくる。
「はいはい」
家に入り、居間のテーブルに重箱を取り出して並べた。
さっきのお店で作ってもらった弁当だ。
「ほほう、これは美味そうだ」
並べられた見事な料理を前に、シャノアが感嘆の声をあげる。
これがヤスタツにした、ちょっとしたお願いだ。
帰り際に〝またお越しくださいませ〟と女将さんに言われたので、次はセイカとふたりでいってみようかな。
「コーヒー淹れるよ。インスタントでいい?」
「ああ、いまはそういうのがいいぜ」
料理は美味かったがちょっと気を張ったので、庶民的な味が恋しかった。
ああいうのはたまにでいいな。
「ふぅ……」
コーヒーを飲んでひと息ついたところで、今後の方針を決めることにする。
思ったより早くヤスタツが動き始めた。
まさか俺を取り込みにくるとは思わなかったけど、断った以上これからは敵対されると考えたほうがよさそうだ。
そうなると、心配なのはセイカだな。
「セイカ、一緒に異世界へいかないか?」
というわけで彼女を、異世界につれていく。
そうすれば、なにがあろうとヤスタツには手を出せないからな。
○●○●
アラタたちが帰ったあとも、ヤスタツはしばらくのあいだ料亭に残って酒を飲んでいた。
「どうなさいますか?」
傍らに控えた秘書らしき男性が、ヤスタツに尋ねる。
「さて、どうしたものかね」
ヤスタツは返事とも独り言ともとれないトーンで呟き、ため息をついた。
できればアラタを引き込みたかったが、どうやら無理そうだと悟った。
あの手の人間はどんな条件で誘おうとも、自分のような者の下にはつかない。
長年の経験から、それくらいのことはわかった。
邪魔者は消せばいい。
だがそのための手段が、いまは限られていた。
手の者を調査に向かわせたが、例のトワイライトホールも消えたようだった。
その気になれば他にも方法はある。
だがあまり派手に動けば、捜査の手が自分に届くかもしれない。
県警の上層部を押さえるにしても、限度があった。
それにもしアラタが本当にトワイライトホールの向こう側から帰ってきたのだとしたら、いろいろと知られているおそれもあった。
藪をつついて蛇を出すような真似は、極力避けたいが、かといって放っておくこともできない。
ヤスタツにとってはなんとも悩ましい問題だった。
「黒いオーブをいくつか用意できるかね?」
「それは、かまいませんが……」
どうするつもりか、と尋ねたそうな秘書に、ヤスタツは口元を歪めてみせる。
「あのバカどもに、自分たちで尻拭いをさせてやろうじゃないかね」
ヤスタツはそう言うと、杯に残った酒をクイッとあおった。
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