第31話 異世界ダンジョンへ

 翌朝。


 戦闘職のジョブレベルを上げるには、やはり魔物を倒すのが一番だ。


 というわけで。


「それではアラタさま、ダンジョンへいきましょう!」


 邸宅を出たところで、アイリスが待っていた。


 今日の彼女はいつものゆるふわパステルコーデではなく、モノトーンのパンツスタイルだった。

 髪もアップにまとめている。

 下はレザーパンツに膝丈のロングブーツ、上はブラウスとハイウェストベストという装いだった。

 すこしふわっとしたデザインのブラウスをタイトなハイウェストベストが覆っているので、腰や胸のラインが強調されている。

 ってかアイリス、意外と胸が大きいのな。

 腰もきゅっとくびれてるし、ヒップラインもなかなかのものだ。

 腕にレザージャケットを掛け、手には耳当て付きのハンティングキャップが持たれていた。

 見たところ、かなりいい魔物の素材で作られているのか、防御力は高そうだ。


「もしかして、アイリスも一緒に入るの?」

「はい! こう見えてわたし、結構戦えるんですよ?」


 アイリスはそう言って腰に手を当て、誇らしげに胸を張る。

 いかん、視線が誘導されてしまう……!


「いやでも、アイリスって【商人】だよな?」

「実は今朝早起きして、【戦士】にジョブチェンジしました! レベルは15です」


 ってことは、以前にも【戦士】として鍛えたことがあるってことか。


「もしかして、冒険者登録もしてる?」

「はい。7級ですね」


 聞けばアイリスは、ダンジョン産の薬草などを採取するため、冒険者登録したそうだ。


「なるほど、先輩ってわけだ」

「そうなりますね。ランクは抜かされちゃいましたけど」

「じゃあ、よろしくお願います、先輩」


 俺が少しおどけて言うと、アイリスはきょとんとしたあと、すぐにふっと微笑んだ。


「はい、お任せください」


 そう言って、ドンと自分の胸を叩く。

 おっと、ぷるんと揺れるそれにふたたび視線が……。


「主……」


 足下で、シャノアが呆れたような声を漏らした。


「それでは、馬車に乗っていきましょう」


 そんなわけで俺たちは、馬車でダンジョンへ向かうことになった。


「ほとんど揺れないな。それに結構速い」

「ダンジョンまでは、道が整備されてますからね」


 モルタルのようななめらかな道の上を、馬車はすべるように走っている。

 馬車自体にさまざまなスキルが付与されているため、乗り心地は快適だった。

 速度は時速40~50キロくらいは出てそうだな。


「そういえばアイリスは、【戦士】と【商人】以外のジョブも鍛えてるのか?」

「はい。【斥候】と【武闘僧】がそれぞれレベル10ですね」


 【斥候】はおそらく危機察知のためだろうな。


「【武闘僧】っていうのは?」

「回復や支援魔法を使える格闘ジョブですね。なのでわたし、素手でも結構戦えちゃいます」


 彼女はそう言いながら、シャドーボクシングのように拳を繰り出す。

 たしかに、素人の動きじゃないな。


 彼女はオーブで〈回復魔法〉を習得しており、そのおかげで【武闘僧】になれたのだとか。


「あっ、でも〈支援魔法〉や〈解毒魔法〉は自分にしか使えませんね。〈回復魔法〉はオーブで習得したので、他人にも使えますけど」


 自分にしか使えない魔法とか、地球にはなかったよなぁ。


 そうこうしているうちに、俺たちは目当てのダンジョンに到着した。


○●○●


 今回俺たちが潜るのは、街外れにある『石造りの迷宮』だ。

 10層ほどの浅いダンジョンで、難易度は低め。

 7級か6級の冒険者が数名いれば、踏破できるそうだ。


「ではいきましょうか」


 馬車から降りたアイリスは、レザージャケットを着てハンティング帽を被っていた。

 革手袋をはめた手には短槍が握られている。

 それが彼女の武器らしい。


 ちなみに俺は、膝丈の鎖帷子にレザーベスト、レザーパンツ、ミドルブーツ、そしてタクティカルヘルメットにタクティカルグローブという装備だ。


「その鎖帷子って、ミスリル合金ですか?」

「そうだよ、8割以上ステンレスだけど」

「ステンレス?」

「さびない鉄といえばいいかな」

「へええ、アラタさまの世界には、そのような便利なものがあるんですか! それだとさび止めの油でベタベタしなくていいですね」

「だな」


 そういえば鎖帷子って、昔は油でベタベタだったって聞いたことがあるな。


「そのスラミックの兜は変わった形をしてますね」

「うちじゃこれがスタンダードだけどね」


 スラミックってのはスライムを加工してできる素材だ。

 質感はプラスティックに似てるけど、カーボン繊維で強化したそれよりも頑丈で、軽い。

 まぁ加工には〈錬金術〉が必要で、基本的にハンドメイドになるので、地球ではいまだにプラスティックも現役だ。

 石油なんて、ダンジョンからいくらでも掘れるからな。


 そこそこ大仰な格好をしている俺だが、防具の性能でいえばアイリスのほうが格段に上だろう。

 でもまぁ、俺は遠距離からパンパン撃つだけだし、そこまで気にする必要はないのだ。


○●○●


 冒険者タグを見せて、ダンジョンに入った。

 シャノアのタグを見た担当者は驚いていたけど、アイリスが軽く説明するとすぐに納得してくれた。

 どうやら顔見知りらしかった。


「今日はあくまでアラタさまとシャノアさまのレベリングが目的ですので、わたしは見守るだけにしますね」

「ああ。いざというときはよろしく」

「はい」


 ダンジョン内は、そこそこ明るい。

 石造りの迷宮という名前よろしく、床も壁も天井も石材をくみ上げたような作りだ。

 ダンジョンとしてはかなりスタンダードな部類で、日本にだっていくつも存在する。


 通路の広さは、幅5メートル、高さ3メートルくらいか。


 静かな通路、3人で歩く。

 俺が先頭で、足下にシャノア、1歩遅れてアイリスという隊列だ。


「む、その先になにかいるな」


 10メートル以上先の曲がり角を見ながら、シャノアが呟く。


「シャノア、わかるのか?」

「なんとなくな」

「わたしより先に気づくなんて、さすがです」


 【斥候】レベル10のアイリスなら、感知系スキルのひとつも持っていそうだ。

 それより先に気づくとは、さすが忍者猫。


 俺はトマスさんから預かった魔弾銃を手に、警戒しながら進んだ。

 せっかくだから〈クリエイトブレット〉を使いたいんだよな。


「曲がってすぐか?」

「いや、少し先だ」

「じゃあ、俺が仕留めていいか?」

「もちろん」


 敵に気づかれないよう足音を殺して通路を進む。

 曲がり角に到着した俺は壁に背を預け、そっと先をのぞき込む。


 ウェアラットだ。


 人型だと最弱の魔物だろう。

 ゴブリンより弱い。

 人型とはいうが、見た目は二足歩行のドブネズミって感じだ。

 ちょっと手脚が長いかな。

 体高は80センチほど。

 小型犬くらいの大きさだ。


「ふぅ……」


 異世界初の戦闘に、少し緊張している。

 手にした魔弾銃に意識を向けると、魔力が装填されるのがわかった。

 引き金を引けば、魔弾が飛び出すはずだ。


「よし……」


 囁くように呟いた俺は、一歩踏み出して銃を構えた。


 ――バスッ!

「チチッ!」


 引き金を引くと同時に光弾が飛ぶ。

 だが俺の踏み込みを察知したウェアラットは、壁際に跳んで弾をかわした。


「ちっ!」


 舌打ちをしながら、ふたたび魔力を装填する。

 魔弾は1発ずつ作らなくてはならない。

 幸いウェアラットは弱いので、それくらいの余裕はあるはずだ。

 そんなわけで俺は2発目の魔弾を生成しようとしたのだが……。


「ニャッ!」


 足下で短い鳴き声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはシャノアがウェアラットをひっかいていた。


「えっ……?」


 5メートルはあったけど、瞬きの間すらなく距離を詰めていた。

 そしてウェアラットは、一撃で倒された。


「すごいです、シャノアさま!」


 背後で見ていたアイリスが、賞賛の声を上げる。


 シャノアはウェアラットの死骸を咥えると、ずるずると引きずりながらこちらに戻ってきた。

 いや、顎の力強すぎだろ。


 シャノアは俺の足下に来ると死骸を放し、期待のこもった目で俺を見上げる。

 褒めてほしいんだろうけど……。


「俺が仕留めるって言っただろう?」

「む、そうだった。ネズミをみるとつい……」


 そう言ってしょんぼりしてしまう。


「いや、まぁでも、よくやったよ」


 俺はそう言ってしゃがみ、シャノアの首を撫でてやる。


「シャノアさま、初討伐おめでとうございます」


 アイリスもいつの間にかしゃがみ込み、シャノアの背中を撫でていた。

 撫で方がうまいのか、シャノアの腰がぐぐっと持ち上がる。


「さて、こいつはしまっとこうか」


 ひとしきりシャノアを愛でたところで、ウェアラットの死骸を〈収納〉する。


「おう、儂もそうやってしまえばいいのか」

「おっ、じゃあ次からはそうしてくれ」

「心得た」


 初戦闘で無事勝利を収めた俺たちは、ふたたびダンジョンを歩き始めた。

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