第14話 異世界にて

 トワイライトホールは異世界に通じている。


 そんな都市伝説も、あるにはあった。


 だがトワイライトホールに入って帰って来た人が誰もいないので、事実は謎のままだった。


「まさか、本当だったとはな」


 すべてのトワイライトホールがここに通じているかはわからない。

 別の異世界に通じている可能性もあるだろう。

 海底や宇宙空間など、人の生きていけない場所に繋がっている恐れもある。


 まぁそこは考えても仕方のないことだ。


「しかし、魔素が薄いとはなぁ……」


 〈帰還〉で帰れることに一縷の望みをかけたが、ダメだった。

 よくよく考えれば、俺以外にも〈帰還〉持ちでトワイライトホールに入った者はいるだろう。


 だが、誰も帰れなかったのだ。


「でも、諦めるわけにはいかないよな」


 魔素の濃いところなら成功するかも知れない。

 スキルの効果を高めるアイテムがあれば、なんとかなるかもしれない。


 シャノアが、待っているのだ。


 幸い、様々な植物を鑑定したおかげで、その一部が建材として使われていることは判明した。

 つまり、樹木を加工して使うだけの文明はあるのだ。


「人がいるなら、望みはあるさ」


 そう考えた俺は、とにかくこの森を出るために歩き出した。


「しかしジンのやつ、いったい何人殺したんだ?」


 途中、最初のとは別の死体や、体の一部を見つけた。

 どれも、鋭利な刃物でバッサリと斬られたことが、死因だった。


 助けを求めて歩き回ったのか、結構歩いた先にも死体はあった。

 俺が歩いてきた方向だけで、3体。

 野獣に食われたであろう体の一部もあった。

 周囲を隈なく探せば。もっと見つかりそうだ。


 一応身元を証明できるものはないかと衣服や荷物をあらためたが、それらしいものはなかった。

 事前に取り上げでもしていたのだろう。


 死体を〈収納〉するのはやめておいた。

 魔素が薄く、スキルの効果が落ちているいま、余分なものを入れるのは避けたかったからだ。


 野良モンスター退治の際、時々死体を発見することもあるので、死体には慣れている。

 〈収納〉することに抵抗がないと言えば嘘になるが、俺にとってはそこまで忌避するものでもなかった。


「にしても、普段からなんでも〈収納〉するクセをつけておいてよかったな」


 買ったものはほとんど〈収納〉している。

 家に置く場所がないわけではないが、いつでも好きなときに取り出せるのはやはり便利なのだ。


 なので食料はもちろん、衣類や生活雑貨も充分にある。

 泊まり込みで野良退治をやることもあるので、キャンプセットもあった。


「なんにせよ、生き延びないと」


 俺は拳銃を片手に周囲を警戒しながら、森を歩いた。

 ダンジョン探索のおかげで、森を歩くのにも慣れていた。


○●○●


 あれからすぐに日が暮れたので、ひと晩を森で過ごした。


 スマホに入っている索敵アプリが使えたので、上手く危険を避けられたのはありがたかった。

 通信はさすがにできないが、スタンドアローンタイプのアプリは使用できた。

 携帯型魔力発生装置を持っているので、魔石さえあれば充電も可能だ。


 太陽の動きと時計を見比べたところ、1日の長さは地球とあまり変わらなそうだった。


 警戒しつつ眠っては目覚めを何度も繰り返し、朝の5時――あくまで俺のスマホ上の時間だが――に眠気がなくなったので、行動を開始した。


 シャノアのことは心配だが、ライフポーション入りの水はまだ数日もつはずだ。

 できるだけ早く、人を見つけないと。


 少し焦りつつも、警戒を怠らず森を進む。


 すると見覚えのあるものを見つけた。


「ゲギャゲギャ」


 耳障りな喚き声を発する、人型の存在。

 体長は130センチほどで、醜悪な顔をしている。


 地球でもおなじみのモンスター、ゴブリンだった。


「ゴブリンは、ゴブリンなんだな」


 見た目や喚き声もそうだが、〈鑑定〉結果もそう出ていた。

 よくにた別の生き物ではなく、地球のモンスターと同じ存在だった。


「さて」


 遠目にゴブリンを確認した俺は、静かに歩いて距離を詰める。


「ゲギギッゲギッ」


 1匹で行動しているらしいゴブリンから20メートルほどの距離で、拳銃を構える。

 9ミリのオートマティックで撃つには少し遠いが、問題ない。


 どう狙えばいいかは、なんとなくわかる。

 これは〈鑑定〉の効果だった。


 さすがにレーザーサイトのようなものが見えるわけではないが、当たるかどうかは何となくわかるのだ。


 狙いを定め、引き金を引く。


 ――バシュッ!


「ギャッ……」


 地球のときよりも少し大きな銃声。

 付与されたスキルの効果が落ちているのだろう。


 側頭部を撃ち抜かれたゴブリンは、その場に倒れた。

 死骸を確認すると、頭の一部が少しだけだが吹き飛んでいた。


「弱いな、やっぱり」


 ゴブリンは弱い。

 ダンジョンにいる個体でもヘッドショットが決まれば一発で倒せる。

 ただ、弾の当たり具合次第では頭蓋骨に弾かれる場合もあった。

 上手く当たっても、貫通はまず無理だ。


 野良ゴブリンだと、頭に当たればまず倒せないことはない。

 貫通することも度々あった。

 だがこうやって、少しとはいえ頭の一部を吹き飛ばすのは無理だ。


 つまり、魔素の薄いこの世界のモンスターは、地球の野良モンスターよりも弱いということがわかった。


「こいつは、ありがたいな」


 同じ大きさの野獣を相手にする感覚で、対処できそうだ。

 拳銃以外にも銃はあるし、弾も豊富に持っている。


 油断さえしなければ、生き延びるのも難しくはないだろう。


○●○●


 さらに数時間歩いたところで、森が切れた。


「よし!」


 そこは小高い丘になっていて、見下ろしたところに道があった。

 みたところいい具合に整備されている。

 そこそこの文明があると見てよさそうだ。


 とりあえずここを、新たなホームポイントに設定した。


「ん?」


 なにやら音が聞こえた。


 人の叫び声と、野太い咆哮。


 そちらに目を向けると、なにかが争っているのが見えた。


「あれは……馬車か!」


 口にするのと同時に、駆けだしていた。


 馬車ならば、人がいるはずだ。

 面倒ごとに間違いはなさそうだが、シャノアのために一刻も早く人と接触する必要があった。


「襲われている……?」


 近づくにつれ、状況が見え始めた。


 一台の馬車に、巨人が襲いかかっていた。

 それに、武装した数名の人が立ち向かっている。


「オーガか!」


 遠すぎて〈鑑定〉はできないが、馬車や人との相対的な大きさとシルエットから、そうだとわかった。


 ひとり、またひとりと、人が殴り倒され、蹴り飛ばされている。


「狙撃はやらないんだが……!」


 拳銃を〈収納〉し、代わりに自動小銃を取り出す。

 手持ちの銃でもっとも射程距離があるのが、これだった。


 有効射程は300メートル。

 すでに相手との距離は200メートルを切っているが、正直当てる自信はない。


「グォァアーッ!」


 遮蔽物がないせいか、さっきよりはっきりと咆哮が聞こえた。


「あっ!」


 立っていた最後のひとりが殴り飛ばされた。

 オーガは倒れている人を無視して、馬車へ近づいている。

 中に人がいるのかもしれない。


「くそっ!」


 まだ遠いが、もう一刻の猶予もないと判断した俺は、自動小銃をフルオートにして引き金を引いた。


 ――ダダダダダッ!


 10発ほど発射すると、オーガは何度か身体を震わせた。

 どうやら当たったらしいが、ダメージはあまりなさそうだ。

 オーガともなると、野良でもダンジョン産の武器が必要になるほど頑丈だ。


 銃撃を受けたオーガは、不思議そうに当たりを見回していた。


 俺は駆け寄りながら、自身をアピールするように引き金を引いた。


「ゴァッ!!」


 さすがに走りながらの銃撃は当たらなかったが、敵は銃声でこちらに気づいた。


「よーし、いいぞ!」


 強敵ではある。

 だがせっかく出会えた人を見捨てるわけにはいかない。

 俺には……シャノアには時間がないのだ。


「喰らえっ!」


 立ち止まり、狙いを定めて引き金を引く。


 ――ダダダダダッ!


「ガゥァアア……!」


 今度はかなりの弾が当たり、オーガは鬱陶しそうに顔の前で何度も手を振った。

 ところどころ血は出ているが、かすり傷程度のようだ。


「グォオオオッ!」


 オーガが駆け寄ってくる。

 巨体のため動きは緩慢に見えるが、実際はかなり速い。

100メートルの距離など、数秒で詰められるだろう。


 俺はその間に、武器をショットガンに持ち替えた。


「頼むから、効いてくれよ……!」


 俺は祈るような気持ちで言いながら、銃を構えた。

 

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