第11話 セイカが好きなもの
「はぁー食った食った」
食事を終え、店を出たセイカは、満足げだった。
「ちょっと食べ過ぎじゃないか?」
「問題ねーよ。あたしも〈健康〉スキル持ってっし」
「そういえばそうだったな」
高校時代、彼女は受験勉強と店の手伝いとで無理をして倒れたことがあった。
その際、親父さんが奮発してスキルオーブを購入したのだ。
「あんときゃやり過ぎだと思ったけど、いま思えばありがてーよ。おかげでいくら食っても体型かわんねーし」
そう言いながら、彼女は自身の腹をさすった。
たしかに、見事なくびれだけど……。
「それにしたって限度があると思うけどな」
〈健康〉には心身の状態を最善にする、という効果がある。
過ぎた肥満は不健康なので、スキルによって是正されるが、その効果が無制限に発揮されるわけではない。
スキルの効果を超えて食べ過ぎれば、やはり太るのだ。
〈健康〉スキルを過信して身体を壊す人は、意外と多いと聞く。
「そこはほら、〈調薬〉って結構カロリー使うからさ」
「そういうもんかね」
そのあたりの真実は、彼女にしかわからないことだ。
「アラタだってひょろひょろだったのに、いまはいい感じの細マッチョだしな」
「まぁ、それは〈健康〉のおかげだな、たしかに」
元々食が細めで筋肉もつきにくかった俺だったが、〈健康〉を習得してからは食欲も増し、鍛えれば鍛えたぶんだけ筋力が増すのを実感した。
「スキルのおかげで、体型を維持したまま力も強くなったしな」
しばらく鍛えてふと鏡を見たとき、自分なりにベストな体型と思えたので、スタイルを維持したいと思った。
それ以降、鍛えても体型は変わらないが、筋力は増したように思う。
いまはそれも頭打ちになっているが。
「いや、それはねーよ」
だがセイカは、俺の言葉を否定した。
「能力アップ系のスキルじゃあるまいし、〈健康〉にそこまでの効果はねーはずだぜ?」
「そうか? でも体型の割には力持ちだと思うけどな、俺」
「そこはあれだ、インナーマッスルとかじゃね?」
「あー、そういうもんか」
俺が体型の維持を望んだことで、表からは見えづらいインナーマッスルへスキルの効果が及んだ、というのは考えられる話だ。
「あ、あのさ、アラタ」
突然、セイカがおずおずと話を切り出す。
「なに?」
「えっと、その……久々に、ネコチャンに会いてーなーっって……」
そういえばセイカ、シャノアのこと好きだったな。
両親が死んで家同士が少し疎遠になったあとも、わざわざシャノアに会いに来ることもあったっけ。
「じゃあ、ウチくる?」
「い、いいの!?」
なんでそこで驚くの?
「もちろん。ほら」
俺はそう言って、彼女に手を差し出す。
「えっと……?」
「手、乗せて」
「えっ? あ……うん」
セイカが遠慮がちに手を乗せてくる。
さっきまでの勢いはどうした?
まさか久々にシャノアに会うもんだから、緊張してるのかな。
「じゃ、いくぞ」
「いくって――」
次の瞬間、俺たちは我が家の玄関にいた。
「――どこへ……って、ええっ!?」
セイカが当たりを見回して驚いている。
「あれ、セイカは〈帰還〉はじめてだっけ?」
そう問いかけたあと、そういえばウチにきた彼女を家まで送ったことはあるが、逆はなかったことを思い出す。
「〈帰還〉って、じゃあここ……」
「ウチの玄関」
「じゃあ、もう、アラタんちの、中……?」
「だな。どうぞ」
俺は彼女を促しつつ靴を脱いで玄関を上がった。
「シャノアー、帰ったぞー」
おかしいな、いつもならウニャウニャいいながら駆け寄ってくるのだが……。
「おーい、シャノアー」
彼の名を呼びながらいまに入ると、ソファの陰からこちらを窺うシャノアがいた。
「なにしてんだ?」
「もしかして、あたしがいるから、警戒されてんのかな?」
「あー」
セイカがウチにくるのは6~7年ぶりだ。
以前は結構懐いていたが、それだけの期間があけば忘れてしまうのかもしれない。
「そこ、座って」
「お、おう」
セイカはなんだか緊張した様子で、ソファに座った。
シャノアを刺激しないよう、気を使ってくれてるのかな。
「なんか飲む?」
「あー、じゃあコーラで」
「はいよ」
彼女の前に、グラス入りのコーラを取り出した。
「って、なんでグラス入りなんだよ」
「お客さんだからな」
そう言いながら俺も彼女の隣に座り、自分用にペットボトルの炭酸水を取り出す。
「ってか、冷てーし炭酸めっちゃ残ってっし。いつ入れたやつ?」
「さぁ、覚えてないな」
「覚えてないって、もしかして何日も前ってことはねーよな?」
「どうだろ。一週間以上は前のような気がする」
「いや、すごくね?」
セイカはなにやら驚いているようだ。
「そう?」
「いやマジすげーよ。あたしも便利だから〈収納〉覚えてっけど、さすがに炭酸は丸1日以上もたないぜ?」
「まー、俺はなんでもかんでも入れるからな。使ってるうちにじわじわ性能が上がっていった感じだ」
「じゃあ、容量はどれくらいなんだよ?」
「正直わからん」
「わかんねーの?」
「ここ何年かは限界になるまで入れたことないからなぁ」
「冒険者って、そんな感じなのか……?」
「んー、たぶん?」
「そっかぁ……すげーな」
それからいろいろ話しているうちに、シャノアもセイカを思い出しのか、彼女の足下にすり寄ってきた。
「そういやアラタって、スキル増やさねーの?」
「増やそうにも、キャパがいっぱいなんだよな」
「いや、ベーシックパックプラスだけだよな? いくらなんでもキャパ狭すぎね?」
「どうせ俺は器の小さい男だよ」
「ち、ちがっ……そういうつもりで言ったんじゃ……」
「ははっ、冗談だよ」
俺も増やせるものなら増やしたい。
だが、無理なものはしょうがないのだ。
「俺はシャノアとのんびり暮らせたら、それで充分かな」
ちょっとした強がりもあるが、高望みはしないことにしている。
ダンジョン発生の混乱を乗り越え、これまで生きてこられただけでも、恵まれていると言っていいだろう。
「そっか……あんまり冒険者で成り上がろうって気はねーってこと?」
「ああ。そこそこ安全に稼げたら、それでいいよ」
ジンたちを始め、俺の手から巣立っていく若い連中が羨ましくないわけじゃない。
でも、そこに憧れて無理をできる歳でもないんだよな。
「じゃ、じゃあさ……ウチで働くってのは?」
「マツ薬局で?」
「ああ。給料は、まぁ、普通だけど、それとは別にライフポーションは渡せるからさ」
「いや、それはもらいすぎだろう?」
2ヵ月に1本もらったとして、それだけで年収600万相当だ。
それに普通の給料が上乗せされれば、へたすると1000万に届く。
まぁ俺は冒険者としてそれくらいは稼いでいるけど、あくまで命の危険と引き替えだからな。
ドラッグストアの従業員で年収1000万はさすがに多すぎるだろう。
「んなこたねーよ。アラタの〈収納〉はめちゃくちゃ性能がいいみたいだからな。ウチだけじゃなくて、引く手あまただと思うぜ」
「そういうもんか……」
いままで冒険者以外の選択肢を考えたことはなかったけど、よくよく考えればポーチと違ってなんでも収納できるスキルは、一般企業こそ欲しがるものかもしれない。
なら〈収納〉の価値はもっと高くてもいいはずなんだけど……。
「あたしも長いこと〈収納〉は使ってるけど、そこまで効果が上がるなんてことはないし、周りでも見たことねーな。ダンジョンに潜ってるってのが、キモなのかも?」
なるほど、冒険者はキャパシティをできるだけ戦闘向けスキルに割り当てて、収納はポーチ頼りってのが当たり前だからな。
逆に一般人はダンジョンに潜らない、か。
「つーわけでよ、別に返事はいそがねーから、考えといてくれよ」
「ああ、わかったよ」
たしかに、悪くない話だ。
明日の探索で結構な報酬をもらえるから、ちょっと休んでゆっくり考えるのも悪くない。
「そういや、ケージとか置いてないのか?」
俺がそんなことを考えていると、不意にセイカがそう言って室内を見回した。
「俺とシャノアしかいないからな。むしろ家主はシャノアだよ」
「そ、そうなのか?」
「そうそう。だから家の中はどこにでもいけるんだよ」
「どこにでもって……じゃあ、寝室とかも……?」
「そうだな。俺が寝るときはいつもベッドに乗ってくるよ。なー、シャノア?」
「ニャッ」
俺が問いかけると、シャノアは自慢げに応えた。
「そ、そっか。ベッドで、一緒に……」
セイカはそう言うと、シャノアをじっと見つめた。
シャノアのほうも彼女を見ているようで、なんだかふたりで見つめ合っているみたいだ。
「どうした、羨ましいのか?」
寝ようと布団被ると、どこからともなく現れたシャノアが乗っかってくるのは、幸せ以外のなにものでもないからな。
まぁ、朝にはここのソファで丸まってたりするんだけど。
「……ああ、そうだな。羨ましいぜ」
セイカはシャノアを見つめながら、そう言って微笑んだ。
「ニャ?」
その言葉を受けてシャノアが短く鳴き、軽く首を傾げたように見えた。
「それじゃ、あたしはそろそろ帰るよ」
妙にスッキリした表情になったセイカが、そう言って立ち上がった。
「じゃあ、送るよ」
「いいよ、遅いし」
「いや、遅いから送るんだろ」
「でも、明日探索って……」
「セイカを送ったら帰りは一瞬だよ。だから遠慮しないでくれ」
住宅街は安全だが、野良モンスターが現れないとは言い切れない。
彼女になにかあったら、俺は悔やんでも悔やみきれないだろう。
だから、手間を惜しむような真似はしたくないんだ。
「それじゃ、頼むよ」
「おう」
それから俺は無事に彼女を送り届け、家に〈帰還〉した。
「水、換えとくか」
シャノア用の給水器を1度空にして洗い、タンクを満たしてライフポーションを垂らす。
浄水フィルターも換えたので、これで1週間は問題ない。
まぁ、明日の夜には帰ってくるんだけどな。
「さて、寝るか」
風呂に入ってさっぱりし、ベッドに横たわる。
「ゥニャア」
寝室に入ってきたシャノアが、いつものようにベッドへ飛び乗り、俺の腹に顎を乗せてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
その小さな振動を心地よく感じながら、俺は明日の探索に向けて眠りにつくのだった。
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