第19話

魔神が復活する。

魔力を寄せつけない塔に封じ込められてるような魔神だ。そんなやつが復活したらどうなるか……考えるだけでも恐ろしい。だけど魔神をこの塔から出してはいけない。俺たちがここでどうにかしなきゃいけない。……それだけはわかる。

俺たち四人が塔の最上階へ繋がる階段を登りきると、人が一人通れるくらいの通路が待ち構えていた。ムメイさんがあたりを注意深く確認しながら進む。壁にはあの蔦が張り巡らされている。きっとこの蔦を辿っていった先に魔神のいる部屋があるのだろう。

下層にいたようなイバラヘビの姿は見当たらない。けれど、周囲に流れるピリピリとしたひりついた空気が俺たちに緊張感を走らせ続けた。何か起きた時にすぐに対応できるように、ムメイさん、俺、エルシャさん、魔族の女の子の順で進む。

「エルシャさん、本当に大丈夫ですか?ここから先は危険だし、やっぱり今からでも塔の外に逃げた方が……」

ここに来るまでに、エルシャさんにこのまま塔の外に出たほうが安全だからと俺とムメイさんで説得を図った。けれど、エルシャさんは一度も首を縦には振ろうとしなかった。

「いいえ。元はと言えば私があの魔法石の入ったカバンをここまで持ってきてしまったんだから、私一人だけが安全なところに逃げるわけにはいかない。それに私だってそれなりの鍛錬は積んでるわ。足手まといになる気はないもの」

自信満々に言われちゃうとどうにも否定しづらくて。……やっぱり俺としてはエルシャさんには塔の外に逃げて欲しかったんだけど。超人みたいなムメイさん、明らかに人じゃない魔族の女の子は別として、いくら鍛錬を積んでるとはいえ危険なところにお嬢様を連れて行くのは気がひけるというか。

「じゃあ代わりにアタシが逃げちゃおっかな〜。な〜んて」

「元凶はお前だろ。逃げようとでもしたら紐で縛って引きずってでも魔神の元まで連れてくわ」

「ひいぃ!」

異常事態なのに通常運転な二人のやりとりが今はちょっと心強い。そうだよな。相手は魔神でも平常心、平常心だ。

二人のやりとりを聞いて、エルシャさんはおかしそうにクスクスと笑う。

「そうよ。これからボス戦が始まるっていうのにここで引き下がるなんて。ボスを目の前に勇者がどこにいるのよ!」

ゆ、歪みねえ。そうだった。この人、自分から飛び込んでくるタイプの人なんだった。顔を見なくても目をキラキラさせながら言ってる姿が安易に想像できる。


通路を進み続け、ムメイさんがついに足を止めた。

「とうとうお出ましみたいだぞ」

パァン!

ムメイさんがなにかを弾くように木の棒でさばいた。持ってる物こそ木の棒だけど、これが剣なら時代劇とかの武士みたいだった。動きが早すぎて何が起きたのか最初はわからなかったけど。

弾かれた何かが怯んだように通路の向こうにするすると引っ込んでいくのが見えた。何だあれ、さっきの蔦?

この先に絶対に何かがいる。しかも俺たちに向かってあれが伸びてきたということは、ツルの主から明らかに敵意を向けられている。そして、相手は俺たちが向かってきていることまで認識している。

パァン!

もう一度こちらに向かって鞭のように伸びてきたツルを弾き、ムメイさんは叫んだ。

「ついてこい!一気に奥まで進むぞ!」

パァン!スパン!パァン!

ムメイさんは通路の奥からこちらに向かって次々に伸びてくるツルを木の棒一本で弾き続けた。しかも俺と手錠で繋がれた左手は使えないから右手だけでだ。

こちらに向かってものすごい早さで伸びてくるツルに瞬時に反応できるだけの動体視力、キレのある剣捌き(木の棒だけど)。ムメイさん、本当にこの人はいったい何者なの?

せめて足手まといにはならないように、ムメイさんの後ろを俺は必死で走った。奥に進むにつれて、空気の流れが変わる。明かりが近づいてくる。

俺たちはついに大きな円形の部屋にたどり着いた。部屋の天井を覆うほどのおびただしい量の蔦。それが絡み合って、部屋の中心に繭のような形を作っていた。そこから部屋の床を突き破るように真下にも伸びている。恐らくここが宝石のあった部屋の蔦の管の束の真上なんだろう。

「よく来たな、人間。否、一人魔族の女が混ざっておるな」

部屋のどこかから声がした。


ムメイさんはモブ以上にはなりたくない!#19


俺たちは辺りを入念に見回す。この声の主が魔神だろう。それっぽいものといえばあの繭くらいか。

ムメイさんはまだキョロキョロと辺りを見回していた。それから訝しげな顔をして、俺にコソコソと耳打ちし始めた。

「ルイキ、魔神はどこだ?声はしたけどそれらしき姿が見当たらない。だって魔神ってことはさ、この塔のラスボスってことだろ?部屋の真ん中にそれらしきやつはあるけど。でもアレがこの塔のラスボスってことある?ラスボスにしては見た目がちょっとしょぼいじゃん。魔神って見た目じゃないじゃん。もしかしたらあれを動かしてる本体が別にいるかもしれない……」

「全部聞こえておるわ!貴様はどこを見とるんだ!我はここだ!如何にもなものがここにおるだろう!」

食い気味の怒号と共に、大真面目な顔で話すムメイさんの元に向かって塊からツルが伸びてきた。それもムメイさんの手によってすぐに弾かれたけど。

てかやっぱりアレが本体なのか。たしかにラスボスにしては見た目がちょっとしょぼ……というか。ムメイさんの言い分もわからなくもない。これ復活してる?中途半端というか、どちらかといえば復活してる過程に見えるんだけど。

ムメイさんはジロジロと魔神の体のあちこちを眺める。

「ふーん、お前が魔神か。聞いた話と全然違う姿してっから気づかなかったわ。歴史書には蛾みたいな見た目してるって書いてあったんだけど?」

蛾?蛾で魔神っていうとモスラみたいなもん?あれは魔神じゃなくて怪獣だったか。

魔神は触手のように伸びたツルをうねうねさせながらグッ……と言葉に詰まった。感情がツルの動きに表れちゃうのか。なんか尻尾に気持ちが表れちゃうタイプの動物みたいだな。

「そ、そうだ。まだこれは我の本当の姿ではない。完全体になるにはまだ魔力が足りんからな。本来の我の姿はもっと高尚かつ、優美で……」

「羽の模様と体のグニグニ感がキモかった」

「貴様の意見なんぞ聞いとらんわ!あの美しさがわからないとは芸術的センスがなっとらん!貴様の目は節穴か!」

魔神のツルが今度はぴたんぴたんと床を叩いた。動きでわかる。とてもお怒りでらっしゃる。

「生憎、お前とは違って趣味の悪さは持ち合わせていないもんで。まあ、お前の今のその中途半端な姿じゃご自慢の高尚で優美なお姿とやらは拝めそうにもないけどな」

わあ、ムメイさん煽る煽る。

「さっきからなんなんだ貴様!不敬だぞ!」

フシューと煙を出しながら数本のツルがムメイさん目がけて伸びた。ちょっと?!これじゃ俺まで巻き添えくらうんだけど?!敵は本気だった。背後からも真横からもツルが向かってくる。ひええ〜。こんなのに刺されたら俺の全身が串刺しにされちゃう。

必死に左手に持っていた木の棒を振って抵抗する。無理だ。いくらこの木の棒が強く立って持ってる俺が弱いままじゃ避けられる訳がない。それどころか汗で手が滑って、握っていた木の棒をどこかにすっ飛ばしてしまった。

もうダメだ……!

ぎゅっと目をつぶった瞬間、エルシャさんの声がした。

「アイス!」

「待て!撃つな!」

ムメイさんが静止するも間に合わず、エルシャさんの手から氷魔法が放たれた。俺に向かっていたツルに向かって、鋭く尖った氷のつぶてが飛んでいく。

「フッ、無駄なことよ」

ツルに刺さる寸前に、氷は煙になって消えてしまった。それどころか、その煙はツルの中にみるみるうちに吸収されていく。

「わ、私の魔法が……?」

エルシャさんはぺたりと床に座り込んだ。そこを狙ったように、魔神はツルを伸ばしてエルシャさんの体に巻きつける。

「うっ……ううっ……!」

「ハッハッハ!そうだ!みくびるからこうなるのだ!我がツルは触れたものの魔力を吸収できるからな!魔法なども当然効かん!どんな魔力も我が復活の糧となるだけなのだ!」

魔神は高笑いしながらツルをクネクネとさせた。ちょっと得意げに話しているように聞こえてしまうのは、さっきまでのムメイさんとの会話のせいか?……そんなことよりもエルシャさんが!

「……くっ!うぅん……っ!」

エルシャさんの体に巻きついたツルが、ギュルギュルとエルシャさんの体を絞めあげる。エルシャさんが体を仰け反らせた瞬間、大きく実った果実のような胸の形がくっきりと浮かび上がり、スカートの隙間から白い太ももが露わになる。な、なんかエロい。触手攻めモノのエロ本みたい。

「んっ!……んんっ!」

エルシャさんは涙目で頬を赤く染めながら声を上げた。体からさっきの氷のような煙があがり、ツルはそれをスルスルと吸い込んでいく。魔神のツルはエルシャさんの体から直接魔力を吸い上げてるらしい。

「……ッの野郎!」

ムメイさんが足を踏み込んだ。その足にぐるりとツルが巻きつく。

「貴様はこの程度のツルならすぐに破壊してしまえるだろう。だが、お前がこのツルを破壊した時点でこの小娘の命がどうなるか……わかるな?」

脅しだ。

魔神はエルシャさんの体を舐めるような手つきで触手をぬらぬらと肌にそわせてみせた。

「ひぃっ……ううっ……あうっ」

見ちゃいけないってわかってる。でもムメイさんの目に入るように見せつけてくるから、隣にいた俺の目にも嫌でも目に入る。俺は思わずごくりと息を飲み込んだ。全身が火照ったように汗ばみ、ドクドクと心臓の音が早鐘を打つ。

どうするんだよムメイさん。

横目でちらっと目配せするとムメイさんはチッっと舌打ちをして、持っていた木の棒を地面に転がした。地面に落とされた木の棒が石のタイルとぶつかってからんと音を立てる。

「そうだ。それでいい」

魔神は満足げにツルをウネウネと揺らすと、エルシャさんの体を解放した。力無く床に倒れ込んだエルシャさんの元へ魔族の女の子が駆け寄る。ぐったりしてはいるけど、命に別状はないみたいだった。ひとまず安心だ……と思いきや、そうもいかなかった。

魔神は今度はムメイさんの体にウネウネとツルを巻きつけると、ムメイさんの体をそのまま持ち上げてみせた。もちろん、手錠で繋がれたままの俺もプラーンと道連れで引っ張り上げられる。

うわ、うわわわ。

振り落とされないように俺は必死でツルにしがみついた。俺の体の重さでチェーンが切れたりなんかしたら大変なことになる。

魔神も俺までついてきてしまったことに気づいたらしい。プラーンとしがみついた俺を凝視するようにムメイさんの体を巻き付けたツルを繭の方へ近づけた。

な、なんだよ。

しばらくじっくりと観察するように……と言っても見たところ魔神に目があるようには見えなかったけれど見た後、何事もなかったかのように話し始めた。

「なんかオマケがついてきたな?……まあいいか」

いいんかい。しかもオマケ扱いなんかい。

「さて、さっきから一人だけ上モノ以上の魔力を放っている奴が一人おったな。貴様だ。貴様ほどの奴から魔力をしぼりとれれば、我の本来の姿もすぐに取り戻せそうだな?」

ムメイさんは黙りこんだままだった。刺さるような視線から、すごい鋭い目つきで魔神を睨みつけてるのは見なくてもわかるけど。

えっ?ていうかあの魔神、上モノ以上の魔力って言った?元々の魔力量ってあの手錠つけててもわかるの?

「さあこれで貴様らもお終いだ!完全復活した我が世界を滅ぼす様を指を咥えて見てるがいい」

魔神は悪役らしいセリフを吐いた後、ムメイさんの体に巻きつけたツルをぎりぎりと絞めつけ始めた……はずだった。

「な、なんだこれは!」

怯んだようにツルを緩め、その瞬間に俺たちの体は解放される。シュタッとかっこよく着地するムメイさんの真横で受身を取れなかった俺は盛大に尻もちをついた。

痛ェ!

「どうした?私から魔力を搾り取るんじゃなかったのか?」

床に強く打ちつけた尻をさする俺の真横で、腕を組んで意気揚々とムメイさんは言う。

「どうなっている?!なぜ魔力を吸い取れない!膨大な魔力が感知できているのに」

魔神は苛立った様子でツルをうねうねとくねらせた。その様子を見たムメイさんは「あっはっはっは!」と大声で魔神を指差しながら笑った。

「さあ?なんでだろうなあ?『さあこれで貴様らもお終いだ!完全復活した我が世界を滅ぼす様を指を咥えて見てるがいい』なんて大口叩いてた魔神サマがこれじゃあ、おかしすぎて涙が出てくるね」

「なんだと貴様!」

ムメイさんに煽られた魔神はタァンタァン!とムチのようにツルを床に叩きつけた。悔しがって地団駄を踏んでるようにも見える。再びお怒りだ。でもムメイさんが言いたくなるのもわかる。あんなに自信満々に言っておいて魔力吸い取れませんでしたじゃ、正直言って、めちゃくちゃカッコ悪い。

「世界を滅ぼせるレベルの魔神って聞いてたけど大したことないじゃん?見た目は中途半端だし、どう見たってサナギだし、口ばっかりでほんっとに拍子抜け〜」

「不敬だと言っておるだろうが貴様ァ!!!」

セリフだけならもうどっちが悪役なのかわからないな。

「口だけじゃないならちゃあんと力で示してみろよ〜?」

「ああ!後悔するが良い人間!」

魔神もついにムメイさんのしつこいくらいの煽りと小馬鹿にした態度に堪えたらしい。ウネウネとくねらせていたツルを繭の前に集約させると、何やら黒い塊を生み出し始めた。

え?なに?あの黒くて凶々しくてヤバそうなやつ。さすがにあれはまずいんじゃないの?

「我が魔神の真の力を見よ!この闇魔法で貴様らの生命エネルギーを魔力に変えて吸い取ってくれるわ!」

魔神は高笑いしながらどんどん闇魔法とやらの黒い塊を肥大させていく。

さすが世界を滅ぼしかけた魔神と言われ、封印されていただけはある。完全体じゃない状態であれだけヤバそうな魔法が使えるなら、もし本当に完全体になったら……?というかこのままじゃ魔神の言う通りなら俺たちはあの魔法で命を魔力に変換されちゃうんじゃないの?!ああ、こっちの世界に来て俺は何もしないまま呆気なく死んでいくんだ!もっと異世界転生モノらしい体験とかしてみたかった!非日常らしいこととかにあってみたかった!

俺の頭の中で後悔が渦巻く中、ムメイさんは余裕の表情どころか肥大していく闇魔法を見てクスクスとおかしそうに笑っていた。正直、腹が立った。何がおかしいんだよ!あんたのせいでこうなってるんだぞ!って。いつもはおっかなくて文句の一つも言えなかったけど、どうせ俺はこのままだと死ぬんだ。文句の一つくらいぶつけてから死んでやる!

俺はムメイさんを見上げて睨みつけた。

「何笑ってんですか?!今、俺たちは武器もないし、戦う術なんてないんですよ!?もうおしまいです!あんなのくらったらいくらムメイさんだって」

「いいや、ルイキ。私たちの勝ちだ」

ムメイさんは俺の必死の悪態を食い気味で否定した。

は?俺たちの勝ち?どういうこと?

「は?勝ち?」

「そうだ。次の一撃で全てが終わる。とっとと終わらせて屋敷に帰るぞ」

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