第18話

「今日もオレに会いに来てくれたの?」

ヤンは私の頭を撫でながら頬にキスをした。柔らかい唇の感触。唇から伝わってくるヤンの体温。ヤンは私と会うたびにいつもほっぺにキスをしてくれる。でもアタシはワガママなの。ほっぺにちゅーよりも唇にするちゅーがほしい。

アタシはヤンの膝に跨るようにして座った。それからヤンの目を覗き込むように上目遣いで見つめ、唇をトントンと人差し指で示してかわいくおねだりする。

「ほっぺじゃなくて、こっちがいいな」

ヤンはイジワルだから、いつも最初はほっぺやおでこにキスするの。そうやって焦らせて、アタシをもっと欲しがりにする。

ヤンはするりとアタシの髪を撫でると、目を細めて笑った。

「よくできました」

ヤンの唇とアタシの唇が触れ合う。ヤンは吸い付くようにキスをしながら、アタシの服に手をかけた。アタシの肌に触れる時のヤンの優しい手が好き。私に愛を囁く時のヤンの甘い声が好き。ヤンが……

「あのさ、私達はいつまでお前の生々しい惚気話を聞かされなきゃいけないの?生々しさと甘ったるさでゲロ吐きそう。オ"ォ"ェ"エ"〜〜」

「ちょっと!ここからが良いトコなのに汚い話で遮らないで欲しいんだケド?!」

狭い空間に魔族の女の子とムメイさんの言い争う声がこだまする。

どうも。ストーリーをジャックされかけてましたがこの物語の主人公を務めさせていただいております、異世界転生人のルイキです。主人公らしいことは今までなにもしておりませんがたぶん主人公です。主人公のはずです。主人公だと思いたいです。

ラブコメ通り越してヤング向けの漫画雑誌に載ってそうなガチの恋愛話が突然始まって混乱してる方もいらっしゃるかもしれません。俺もこの物語がラブコメ路線になる前にそんな話をこの物語の中でされることになるなんて思ってもおりませんでした。皆様の心中、お察しいたします。ここから先はいつも通りのノリに戻るはずですので、どうかご安心ください。


ムメイさんはモブ以上にはなりたくない!#18


俺たちは今、暗くて細い螺旋階段を上りながら、塔のどこかにあるという魔法石のある場所を目指していた。ここまで来るまで、まあ大変なことばかりだった。

木の棒が壁に刺さったあたりのくだりから呆然と立ち尽くしていたエルシャさんの意識を呼び戻し、何かと意見の合わないムメイさんと魔族の女の子が言い争いを始めるたびに宥め、諦め。ていうかここすごい音が反響するんだよな。二人が言い争うたびに頭にぐわんぐわん音が響くからいい加減どっちも黙ってほしい。

おまけにこの長くて長くて長すぎる螺旋階段はどこまで続くんだか。暗いし狭いしうるさいし疲れたしの四重苦で気がおかしくなりそう。この状況から抜け出せるんだったら誰か俺と主人公変わらない?無理?なりたくない?そうですか。

魔族の女の子、ムメイさん、俺、エルシャさんの順で人一人分しか通れない細さの螺旋階段をただひたすらに上り続ける。魔族の女の子は肌のあちこちの露出の多い……動きやすそうな格好、ムメイさんは体力おばけだから別として、エルシャさんはロングドレスだし、長時間階段を上り続けてしんどくないんだろうか。振り向いた瞬間にエルシャさんと目が合う。

「エルシャさん、階段上り始めてから結構経ちますけど、足とか大丈夫ですか?」

「ええ。普段から鍛錬を行ってるからこれくらい大丈夫よ」

なるほど。鍛錬か。お嬢様みたいだし、体術とか習ったりして日頃から鍛えてたりするのかな。

エルシャさんは額に汗を浮かべていたものの、そんなに苦しそうではなさそうだった。むしろ俺よりもピンピンしてるくらい。……人の心配なんかしてる場合じゃないのかもしれないな。俺も帰ったらちょっとは鍛えたりとか始めてみるか?もしかしたら何かしら能力とか上がるかもしれないし。三日坊主にならなきゃだけど。


そうこうしてるうちに、俺たち四人は開けた場所に出た。階段を上っただけなのに膝が笑っている。塔に着くまでにも鎧をつけた状態で筋肉を回復魔法と運動のアメとムチで叱咤激励しながら酷使してきたし。明日、俺の身体中の筋肉がどうなるかは正直なところ考えたくないな。……よし、今からそんなの考えたってしょうがない。考えるのをやめよう。

部屋の真ん中には壁中にコードのように張り巡らされていた蔦が一箇所に集められて束のようになっていた。いったい何本もの蔦でこいつが作られているんだろう。天井を突き抜け、大木のようにそびえ立ってるこいつが魔神に魔力を供給している心臓部であることに間違いはなさそうだった。

魔族の女の子はツカツカと部屋の奥へ向かって歩いていく。その後ろを俺たちはついていく。

魔族の女の子は木の根元のあたりで立ち止まると、木のど真ん中の辺りを指差して言った。

「アンタたちの探し物はココ。……よく見ると光が漏れ出てんのわかる?あの石、ココに近づけただけで、中に取り込まれちゃった」

へえ。本当だ。蔦どころか石から養分をたっぷり吸って幹みたいになっちゃってるけど、折り重なる蔦の隙間から赤い光が見える。

「じゃあ場所を教えろって約束だったし、アタシもうカレシのとこに戻っていいよね?」

魔族の女の子は俺たちから背を向けた。それから気だるげにあくびをしながら遠ざかっていく。

「石の場所がわかったって、どーせ、アンタらじゃどうにも出来ないよ。石さえ破壊出来れば魔力の供給は止められるけど。……まあ、この中から取り出せればのハナシだけど」

「へえ。石を破壊すればいいんだな?」

ボゴッ

真横で鈍い音がした。恐る恐る音のした方を見てみると、あのちょっとやそっとじゃびくともしなそうな太い幹の一部がめり込んでいる。ムメイさんの右手には攻撃力がイカれているあの木の棒。そして顔に浮かべられている満面の笑み。

「……は?」

魔族の女の子がこちらを振り返り、口をあんぐりとあけたまま固まっているのにも構わずにムメイさんはもう一度大きく振りかぶった。

ボゴッ!

斧で木を切り倒す要領で振り下ろされた木の棒は、見事、木のど真ん中にヒット。当たった場所にはさっきよりも深く穴が空いていた。すごい。まさに鬼に金棒。ムメイさんに最強の木の棒。

「なんでなんでなんで??この蔦はさっきの石の壁なんかよりも全然硬いんだケド?!魔力を吸い込めば吸い込むほど硬くなって、ちょっとやそっとの力じゃ傷ひとつつかないのに。そのへんの人間がただの木の棒なんか振ったくらいで傷がつくほど脆いわけがないのに!」

魔族の女の子は真っ青な顔で何度も首を横に振りながら言った。

残念ながらムメイさんは普通じゃない。そしてその普通じゃない力が込められたこの棒もただの木の棒なんかじゃない。さっきの石の壁に刺さったやつだって、きっと手加減したから刺さるだけで済んだんだ。今の叩いただけの破壊力からして、本気でムメイさんがあの棒を投げてたら壁はきっと粉砕してた。

「ボケっと見てないで手伝えよ」

はいはい。

ムメイさんに睨みつけられ、俺も左手で持ってきた木の棒を握りしめる。それから木の棒を高く振り上げ、振り下ろす。

ゴンッ!

お、いい音。当たった瞬間、木の棒を持った左手からびりびりと衝撃が走る。左利きじゃないから上手く振れなかったけど、当たった位置にはしっかり傷が入っていた。

俺ぐらいのステータスでもこれだけのダメージを与えられる。木の棒を振り回してるだけなのに、初めての感覚に全身がゾクゾクする。何これ、超気持ちいい。

ボゴッ!ドゴッ!ゴンッ!バキッ!

俺たちが木の棒を振り下ろすたびに、蔦の束がめりこみ、そして呆気なくへし折れていった。

「やめて!壊さないでぇ!それだけは壊しちゃダメなのぉ!」

さっきまでの傲慢な振る舞いはもう見る影もない。一言、口を滑らせたばかりに……!足元に縋りつくようにスカートの裾を掴んでいる魔族の女の子を無視して、ムメイさんは一心不乱に棒を振り回し続けた。まるでバーサーカーだ。

「ねえ!お願い!もうやめて!ガチでやめて!」

バーサーカーに成り果てたムメイさんには、魔族の女の子の悲痛な声も、もう何も届かない……。

バキャッ!

音と共に一際大きな蔦の破片が飛び散る。

見えた。中に炎を閉じ込めたように、鈍く輝きを見せる赤い宝石。

「もらったあっ!!」

「ダメーーッ!!!!!」

パキンッ。

魔族の女の子の叫び声とムメイさんの声が室内で反響する。ムメイさんの木の棒が宝石のど真ん中を直撃したのが確かに見えた。

や、やったのか?俺たちはついにやったのか?!

ムメイさんが地面に投げ捨てた木の棒がコンと音を立てる。バッキバキにへし折られた蔦で出来た管の真ん中、そこにあったはずの赤い宝石は見るも無惨に粉々に粉砕されていた。……でもなんか様子がおかしい。

粉々になった石の中から、何やらモヤのようなものが噴出している。破壊されることなく残っていた管たちは、モヤを吸収しながら脈を打つように大きく躍動していた。まるで、酸素を体のあちこちに送り込む心臓のように。

ムメイさんも何かがおかしいことに気づいていたらしかった。

「これはどういうことだよ?」

ムメイさんは詰め寄るように魔族の女の子の胸ぐらを掴んだ。魔族の女の子は真っ青になりながら首を必死になって横に振ってみせる。

「アタシちゃんとダメって止めたじゃん?!聞かなかったのはアンタらのほーじゃん!」

「あ?知らねーよ。お前、石さえ破壊できれば魔力の供給は止められるって言ってただろ。だから破壊しただけ。それの何がダメだったんだよ?ダメだのなんだの、ピーピーギャーギャー騒ぎやがって」

やり方がヤ○ザかな??

何がダメって、石を破壊すること自体がダメだったんじゃないの?ていうかバーサーカーモードの時も、ちゃんと話は聞いてたんだ。

魔族の女の子はジタバタしながらムメイさんの手首を掴む。

「壊せば魔力は止まるケド!壊し方があったの!ここで壊しちゃダメだったの!」

「ハァ?お前、止め方があるなんて言ってなかっただろ。屁理屈こねんな」

「だってぇ、石よりも硬いあの管を破壊できるヤツがいるなんて思わないじゃん?!わかる?!アンタがおかしいの!だからアタシは悪くない〜!」

キャンキャンと高い声でそう吠える姿は小型犬を彷彿とさせる。小型犬VSライオンってところか?

「んだとコラァ!じゃあどうすりゃ良かったのか私を納得させるような説明してみろよ!出来なきゃお前がただのアホってことな!」

「アホ〜〜〜?!?!バカにしてんじゃないわよ!この馬鹿力女!てか、いつまでアタシの服掴んでるワケ?!シワになるからやめてくんない?!」

あーあー。バカにアホって小学生の喧嘩じゃあるまいし。使ってる言葉からして二人とも同レベルだと思う。あと説明の下手さで言ったらムメイさんも他人のこと言えないくらい下手だし。

ムメイさんから解放された魔族の女の子は、掴まれていた部分を片手で引っ張って直しながら、逆の手で赤い石を指差した。

「あの中から取り出してから塔の外で壊さないと、魔法石に閉じ込められてた魔力が一気にここで溢れ出ちゃうの。わかる?アンタが石を壊したせいで、あの魔法石に入ってた魔力がこれで全部魔神に流れ込んじゃったワケ」

説明下手か!得意げな顔で言えるレベルじゃないぞ!

「最初の説明だけでそこまでわかるか!やっぱお前アホ!」

「ちゃんと説明したからアホじゃないですぅ〜」

「いいや、お前のアホレベルなめんなよ」

「じゃあアンタは馬鹿力で暴力しか頭にない脳筋バカ!」

「お前と一緒にすんなアホ!」

「それはこっちのセリフじゃん?!バーカバーカ!」

低レベルな言葉で口汚く相手を罵りながら歪み合う二人の勢いはヒートアップしていくばかりだった。

うう、二人のでかい声のせいで頭痛がしてきたような。いつまでやってるつもりなんだろ、この人たち。もう帰っていいかな?……いや、無理だ。手錠がついたままなんだった。

状況に耐えられず現実逃避の自問自答を繰り広げる中、そんな状況に耐えられなくなった人がもう一人。

「ああもう見てらんない!二人ともいい加減にしなさいよ!」

二人の間に割って入ったエルシャさん。驚いた顔でそれを見つめる二人。

正直、真隣でずっとギャンギャンされて精神的に疲弊し始めてきた所だったから止めてくれて助かる。俺が止めたら止めたでめんどくさそうだったし。

エルシャさんはコホンと咳払いをすると、二人と順番に目を合わせてから口を開いた。

「いい?起きてしまったことは仕方がないの。これからどうするかが大切なのよ。私たちが今やるべきことは何?そこから考えましょ。それぞれに出来ることがきっとあるでしょ?」

さ、さすがエルシャさん……!まるで子どもの扱いに慣れてる保育士さんみたいだ……!

エルシャさんに宥められた二人はモゴモゴと口籠もりながらもバツが悪そうに下を向いた。なんか喧嘩して先生に怒られてる小学生みたいだな。

「とりあえず状況をまとめましょ。破壊された魔法石から放出されてしまった魔力が全て魔神に流れ込んでしまった。レベッカ、そのあとはどうなるかわかる?」

エルシャさんは魔族の女の子の目を見ながら言った。まずは状況確認からか。そうだよな。二人が喧嘩をしていた間にも刻一刻と状況は変わり続けてるんだもんな。

訊ねられた魔族の女の子は人差し指と人差し指をツンツンと触れ合わせ、それから蔦の束の方を見た。彼女の視線を追うようにして蔦の束の方を見た俺たちは、誰もが言葉を失うことになる。

……さっきまで激しく脈を打っていた管が全く動いていない。それどころか割れた宝石から放出されていたモヤも消え、鈍く光を放っていた宝石もすでに輝きを失っている。ここから考えられる状況は一つ。

魔族の女の子は蔦でできた管の先……天井を指差した。

「魔神が復活する……ていうか、たぶんもうしてると思う」

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