第33話 運命の舞踏会へ
誘拐事件から、5日が経った。
私が拐われ、この世の終わりのような状態だったらしいお父様によって「一生屋敷にいた方がいい」と軟禁されそうになったものの、なんとか平和に過ごしている。
「おいで、ハニワちゃん」
「とても可愛いですね。先ほどは私の掃除を手伝ってくれようとしたんですよ」
「本当に? えらいね、よしよし」
ハニワちゃんも元気になり、とても良い子だとヤナを含め屋敷の中で人気者になり始めているらしい。なんだか私としても照れくさくなる。
使い魔として作り出したのは先日が初めてだったけれど、私の魔力量ならこのまま土に戻ることなく過ごせるようで、ほっとした。
先日のお礼として魔力をたくさん込め、ピンクのリボンを結んだところ、喜んでいたような気がする。空気を読まず「面白いくらい似合わないですね」と言ったエヴァンを思い切り叩いたところ、86点をいただいた。
とは言え、日頃の私はエヴァンにどれほど守られていたのかを改めて実感した。
「エヴァン、いつもありがとう」
「いいえ。お嬢様は俺がいないと駄目ですね」
「本当にそうかもしれない」
何よりエヴァンは護衛としてだけでなく、仲間としても大切な存在になっている。
「お嬢様のお蔭で、誘拐事件も無事に解決してよかったです。子どもに紛れて捕まるとは斬新でしたが」
「不可抗力だったんだけどね」
無事に犯人は全て捕まり、子ども達も全員家に帰れたようで本当に良かった。ハニワちゃんの活躍がなければ救出が間に合わず、最悪の展開もあり得たそうだ。
私としては怖くて痛い思いをしたものの、結果的には良かったのかもしれないと思った、けれど。
「本当に心配したんですよ。そう言えば、お嬢様が傷付き弱った子ども達を支えて、事件解決に貢献したと新聞でも大きく取り上げられていましたね」
「待って嘘でしょう」
本当に待ってほしい。無理をして必死に屋敷の中でも悪女ムーブをしていたというのに、国レベルの規模で全てを無に帰す展開になっている。
「体調を気遣う手紙や、招待状も沢山届いていますよ」
「あー、貴族っての本当に噂好きですからね。とにかく詳しく話を聞きたくて仕方ないんでしょう」
「いやああああ」
頭を抱えながら、私はテーブルに突っ伏した。
いよいよ明日が運命の舞踏会だというのに、準備万端どころか何もせずにいた方が良かったのでは? というくらい散々な結果になっている。
ゼイン様の好感度を上げることができたのが、唯一の救いだろう。二日前にも体調を気遣う手紙が届き、何度も読み返してしまってはエヴァンに冷やかされていた。
とにかく、明日の舞踏会は絶対に参加するつもりだ。ゼイン様も一緒に参加してくれることになっている。
「それにしても公爵様の慌てよう、見せてあげたかったです。いつもあんなに冷静沈着なのに、お嬢様のことが本当に大切なんだなと思いました」
「…………」
「俺はあの人のこと好きですよ」
「……私だって、そうだよ」
エヴァンのそんな言葉に、胸が締め付けられる。何かを察したのか、ハニワちゃんが私の手にすり、とくっ付いてきてくれた。あまりの可愛さに涙が出そうだ。
「だからこそ、ゼイン様を幸せにしないと」
思うことはたくさんあるけれど、誰よりも優しいゼイン様のためにも、明日はしっかりグレース・センツベリーをやり切ろうと心に誓った。
◇◇◇
翌日の晩、いつものように時間ぴったりにゼイン様は迎えに来てくれた。
正装を身に纏い、髪を片耳にかけている姿の破壊力は凄まじく、直視できなくなる。なんだか以前よりも遥かに輝いて見えるのは、どうしてだろう。
「会えて嬉しいよ。とても綺麗だ」
「あ、ありがとう、ございます」
悪女風にしてきたというのに、ゼイン様はたくさん褒めてくれた。とは言え、今日の宝石の散りばめられた真っ赤なド派手ドレスでさえも、グレースは似合ってしまうのだけれど。
そして雰囲気が、以前よりも甘い気がしてならない。距離も近くて、まなざしだってずっと優しい。
「行こうか」
「はい」
──本来、この時点ではもう冷め切った顔をして、塩対応をすべきだろう。それでも数日前に救ってもらった身で、そんなことはできそうにない。
だからこそ今日は最終手段として、土下座の勢いで別れてくれと頼み込む予定でいた。きっと紳士で大人の男性であるゼイン様なら、話せば分かってくれる。
別れたいと本気で懇願する女に対し「嫌だ」などと言う人ではないだろう。プライドだってあるはず。
そんな別れ方でも、ある程度私に好意を抱いてくれているのなら、彼の心に多少なりともダメージを与えることはできると信じている。
そもそも本来の流れと違い予定が早まった今日、シャーロットが現れるという確証もないのだ。
とにかく慎重にと自身に言い聞かせ、私はゼイン様と共に華やかな会場へと足を踏み入れた。
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