第25話 大切な仲間
小説の中で舞踏会が開かれるのは、間違いなく来年の春頃だったはず。どうして半年近くも前の今なのだろうと、私は内心頭を抱えた。
「あの、第二王女様って、どんな方なんですか?」
「マリアベルのひとつ歳上の、穏やかで物静かな方だ。一番の友人だと聞いている」
その言葉から、すぐに理解した。マリアベルの命を救ったことで、未来が変わってしまったのだろうと。
私の仮説でしかないけれど、本来の婚約や舞踏会が今の時期であり、一番の友人であるマリアベルを失ったことで延期になったのが原作の世界線なのかもしれない。
そしてその結果、この先の未来も変わってしまうかもしれないことを思うと、とても怖くなる。
けれど、後悔なんて一切していない。マリアベルが今生きているという事実が、何よりも大事なのだから。
「グレース? 顔色が悪いが、大丈夫か」
「あっ、ごめんなさい! 全然大丈夫です!」
黙り込んでしまった私の顔を、心配したようにゼイン様が覗き込む。慌てて笑顔を浮かべたものの、ゼイン様の表情は変わらないまま。
「ぜひ、舞踏会は一緒に参加させてください」
「……ああ、もちろんだ」
とにかく当日はゼイン様と共に舞踏会に参加し、シャーロットが現れた場合には、別れを告げるしかない。
ひとまず今は頭の中がぐちゃぐちゃになっているし、顔色も真っ青らしく、早めに帰ることにした。
「ゼイン様、ごめんなさい。少し体調が良くないようなので、今日はもう帰りますね」
「分かった。屋敷まで送ろう」
「いえ、申し訳ないので大丈夫ですよ」
「心配なんだ。頼むから送らせてほしい」
結局断りきれず、ゼイン様は常に私の体調を気遣いながら、侯爵邸まで送ってくれた。
「何かあっては困るから、医者に診てもらうように」
「はい、本当にありがとうございます」
「また連絡する。ゆっくり休んでくれ」
本気で心配してくれているようで、胸が痛む。こんなにも優しいゼイン様のためにも、頑張らなければ。
「……しっかりしなきゃ」
──最初に私がグレースを演じ切ろうと思ったのは、死にたくない、戦争が怖い、小説通りのハッピーエンドを迎えてほしい、というのが理由だった。
けれど今はエヴァンやヤナ、マリアベルといったこの世界で出会った人々や、ゼイン・ウィンズレットという人に幸せになって欲しいと心から思っている。
「きっと良い方向に変わってるはず。うん、大丈夫」
ポジティブに考えればマリアベルが生きていてくれた上に、ハッピーエンドまでの最短ルートになったのだ。
ここから先は絶対に小説の本来のストーリーに戻そうと、私はきつく手のひらを握りしめた。
それから私は、今後について改めて考え直した。Xデーまで後1ヶ月しかないため、効率的に動かなければ。
「まずはゼイン様と急いで距離を縮めて、浮気相手を用意して……後は食堂の準備も進めておきたいな」
その後、大切な話があると言ってエヴァンとヤナを呼び出した。二人はいつも通りの様子でテーブルを挟み、向かいに座ってくれている。
いつもお世話になっている二人には、本当のことを話しておきたかった。今後の私の言動により嫌われてしまうのが怖い、というのが一番の理由かもしれない。
「じ、実は私ね……未来のことが分かるの」
「へー、すごいですね」
「そうなんですか。便利ですね」
「こんな話、信じられな……えっ?」
そんな中、驚くほどあっさりと信じてくれた二人に、こちらが戸惑ってしまう。
その後も私が浮気をしてゼイン様をこっぴどく振らないと死ぬ上に、戦争が起きるという突拍子もない話を「それは大変ですね」なんて言い、信じてくれた。
「なんで信じてくれるの? 意味わからなくない?」
「お嬢様がそんな嘘を吐いたって、何の得もないじゃないですか。まあ俺としては嘘でもいいんですけど」
「そうですね。そもそも今のお嬢様は、そんな嘘を吐く方ではないと思っていますから」
「エ、エヴァン……ヤナ……!」
今後も私に協力してくれるという二人の言葉に、じわじわと視界がぼやけていくのが分かった。
──多分私はずっと、怖くて不安だったんだと思う。
きっと強がっていても、自分の行動によって大勢の命が失われてしまうかもしれないと、勝手にプレッシャーのようなものを感じていた。
だからこそ、こうして誰かに話し、信じてもらえたことですごく気持ちが軽くなった気がする。エヴァンとヤナには、感謝してもしきれなかった。
「でも、それでお嬢様はいいんですか?」
「えっ?」
「公爵様とのこと、いつも楽しそうにお話されていたじゃないですか。マリアベル様だってそうです」
「……寂しいけど、仕方のないことだから」
グレース・センツベリーというのは、そういう役割のキャラクターなのだ。こうするのが正しいのだと自分に言い聞かせ、私は二人に笑顔を向けた。
◇◇◇
「嬉しいな。グレース嬢に誘ってもらえるなんて」
「突然お呼び立てして、ごめんなさい」
「ううん、気にしないで」
数日後、私はセンツベリー侯爵邸の応接間にて、ランハート様と向かい合っていた。
久しぶりに会った彼は、やはり恐ろしいほどにキラキラと輝いている。長めの髪を片耳にかけており、その耳元では大きなピアスが揺れていた。
ちなみに私の後ろにはエヴァンが立っており、側ではヤナがお茶の準備をしてくれている。
「いつもと様子が違うね、話し方も雰囲気も」
「これが素なんです」
「へえ? にわかには信じがたいけど」
今日の私は悪女感ゼロで、ありのまま。今後、味方になってもらうのなら、それが一番良いと思ったのだ。
「実はランハート様に、お願いがあるんです」
「うん、なにかな?」
甘い笑顔を浮かべたランハート様は、こてんと首を傾げてみせる。私は小さく深呼吸をすると、口を開いた。
「私の浮気相手のフリをしてくれませんか?」
そう告げた瞬間、驚いたようにランハート様のアメジストによく似た瞳が見開かれる。
けれどすぐに目を細めた彼は「詳しく聞かせてよ、その話」と言い、形の良い唇で美しい弧を描いた。
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