第23話 戸惑いと本音と
そんなある日、私は朝からウィンズレット公爵邸を訪れていた。今日は瞳の色によく似た、空色のドレスだ。
第三日曜日にはマリアベルと一緒に昼食を作り、ゼイン様と三人で食事をする、というのがいつしか当たり前になっている。
私自身、二人と過ごす穏やかで優しいこの時間がとても好きになっていた。
「すっごく美味しい、マリアベルは才能あるよ!」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「私がいなくても、一人でもう作れそうだね」
料理中、味見をしてそう伝えると、マリアベルはなぜか泣きそうな顔で私のエプロンをぎゅっと掴んだ。
「……私、一人で料理を作れるようになっても、ずっとずっとお姉様と一緒がいいです」
その可愛さと愛おしさに、胸が締め付けられた。私だって、マリアベルとずっと仲良くしたいと思っている。
それでもゼイン様と別れた後、マリアベルとの関係も変わってしまうことを思うと、やはり胸が痛んだ。
「ありがとう。私もマリアベルと一緒がいいな」
二人がハッピーエンドを迎えた後、実は全部世界の為だったので許してください! と謝っても許されないだろうか、なんて考えながらマリアベルを抱きしめる。
その後は三人で昼食をとり、散歩をしたりお茶をしたりして楽しく過ごしていたのだけれど。
「私、本当に幸せです。お兄様とお姉様が結婚したら、絶対にもっともっと幸せですね!」
何気ないマリアベルの言葉に、戸惑ってしまう。そんな日は、絶対に来ないのだから。
ゼイン様と結婚だなんて、私なんかにはもちろん想像もつかないけれど、この時間がずっと続いたら幸せだろうというのは心の底から思う。
『君の傍に居られることが、俺にとって最大の幸福だ』
けれど、それが正解ではないことを私は知っている。
優しくて可愛いシャーロットと会えばきっと、同じことを思うに違いない。三人は絶対に幸せになれるはず。
「…………」
それなのに、どうして嬉しいと思えないんだろう。
最初から分かっていたことなのに、むしろ悲しくて、寂しい気持ちでいっぱいになってしまう。
「グレースお姉様……?」
「あっ、ごめん! ……私もね、本当にそう思うよ」
不安げな顔をしたマリアベルに慌てて笑顔を向ければ、彼女はほっとしたように微笑んだ。
彼女達のためにもしっかりしなくてはと自分に言い聞かせ、両手をきつく握りしめる。
──そんなことを考える私を、ゼイン様がどんな表情を浮かべて見つめていたかなんて知らずに。
その後、センツベリー侯爵邸まで送ってくださるというゼイン様と共に、馬車に乗り込んだ。そして今こそ作戦決行の時だと、心の中で気合を入れる。
「あの、ゼイン様」
「どうした?」
「お隣に座ってもいいですか?」
少しだけ驚いたような様子を見せたけれど、ゼイン様はすぐに頷いてくれ、私は向かいから隣へと移動する。
ぴったりと隣に座ると、優しい良い香りや触れ合った肩の体温にどきどきしてしまう。
「て、手を繋いでもいいですか」
「……ああ、もちろん」
差し出された手を取ると、ゼイン様はすぐに優しく握り返してくれる。男の人らしい手だと、いつも思う。
──ヤナがいない今、本屋で大量に買ってきた恋愛本を読み漁った結果、とにかく触れて誘惑し、異性だと意識をさせることが大事だという知見を得たのだ。
その結果、こうして触れてみているのだけれど、ちらりとゼイン様を見上げてみても、彼に変わりはない。
これ以上のスキンシップとなると、私のキャパを超えてしまう。それでも頑張らなければと思い、こてんと頭を彼の身体に預けてみる。
「ああ、眠いのか。着くまで眠って大丈夫だ」
するとそんな反応をされ、内心頭を抱えた。誘惑しようとして寝かし付けられるなんて、間抜けすぎる。
「ち、違います! 眠いわけじゃありません」
「それなら何故、こんなことを?」
「その、ゼイン様に好きになってもらいたくて」
もうここは正攻法だと思い正直に告げると、彼は驚いたように「本当にそう思っていたのか」と呟いた。
まるで何かを聞いたことがあるような口ぶりに、少しの引っかかりを覚える。
「……そんなこと、する必要なんてないのにな」
繋がれた手のひらに、力が込もる。どういう意味だと尋ねてみても、ゼイン様は教えてはくれない。
「君は俺との結婚についてどう思う?」
「絶対に幸せだと思います! ゼイン様は誰よりも優しくて、素晴らしい方ですから。お相手が羨ましいです」
「それなら、どうして──」
そこまで言いかけたゼイン様は、戸惑ったような表情を浮かべた後、「ありがとう」と呟いた。
「俺も、君と結婚できる相手は幸せだと思うよ」
そんな言葉に驚いて顔を上げれば、困ったように微笑むゼイン様と視線が絡んだ。
これ以上ないくらいに褒められて嬉しいはずなのに、またずきりと胸が痛んだのは何故だろう。
「…………」
やがてゼイン様のあたたかな体温や優しい声、馬車の小さな揺れにより、本当に眠たくなってきてしまう。
静かに目を閉じると、あっという間に意識が遠のいていく。優しく頭を撫でられる感覚に、口元が緩んだ。
「……ずっと、このまま過ごせたらいいのに」
無意識にそう呟いたことには気が付かないまま、私は穏やかな夢の中に落ちて行った。
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