第20話 嘘と本当 1
あれから、2ヶ月が経った。既に「運命の騎士と聖なる乙女」のストーリーも始まっている時期だ。
小説の中での関係とは全く違うものの、ゼイン様との恋人関係は順調に継続している。
シャーロットが現れるまで、あと9ヶ月弱。ゼイン様からの好感度をなんとか上げていかなければ。
「美味しいです! わあ、美味しい……」
「それは良かった」
「はい、すごく美味しいです!」
「そうか」
そんな今日もゼイン様とデートをしており、今はスイーツが絶品だというお店に連れてきてもらっていた。
忙しいはずなのに10日に一度くらいのペースで時間を作り、私の好みに合わせたデートをしてくれるのだ。
美味しすぎる林檎のタルトをいただき、語彙力を完全に失う私にも、ゼイン様は相槌を打ってくれている。
本当にゼイン様は優しすぎて、気持ちは嬉しいものの無理をしているのではないかと心配になってしまう。
「あの、ゼイン様。もちろんこうしてお会いできるのは嬉しいんですが、無理はしないでくださいね」
「無理はしていないし、俺が君に会いたいだけだ」
「……そ、そうですか」
そしてゼイン様は会う度に糖度が増しており、この2ヶ月で恋人の演技が格段に上手くなっていた。
こちらが彼を落とさなければならない側だというのに、うっかり落とされてしまいそうになる。命がけの任務がなければ、私も危なかっただろう。
綺麗で格好良くて地位も名誉もあって、優しくて。何でも持っているゼイン様に特別扱いされて、好きにならない女性などいるわけがないのだから。
「君も最近、忙しいと言っていたが」
「あ、はい。エヴァンから魔法を教わったり、将来について考えて勉強をしたりしています」
「将来?」
「はい、この先の人生計画を立てていて」
実は地価が跳ね上がる前に、食堂を開店する場所も決まり、忙しい日々を送っている。王都から少し離れた、侯爵領からも近いミリエルという美しい街だ。
既にある建物もそのまま利用できそうで、時間を見つけて赴いては準備を進めている。メニューを考えて実際に作ってみたりするのも、すごく楽しい。
ちなみに公爵邸にも月に一度は遊びに行っていて、マリアベルと料理をしたりお茶をしたりと楽しく過ごしている。彼女はいつも天使すぎて、一番の癒しだ。
食べられる量も少しずつ増えており、ゼイン様も安堵しているようだった。私としても、とても嬉しい。
「君はこの先、どうするつもりなんだ?」
「その、ゼイン様に聞いていただくほどの大した将来ではないので、お気になさらず……」
シャーロットとゼイン様がラブラブしている頃、私が田舎でのんびり過ごす話なんて、どうでもいいはず。
何より私はこの先、こんなにも優しいゼイン様をこっぴどく振り、暴言を吐いて嫌われてしまうのだから。
そう思うと、なんだか胸の奥がちくちくと痛んだ。
「……君は本当に──」
「はい?」
「いや、何でもない。そろそろ行こうか」
一体、何を言いかけたのだろうと気になったものの、尋ねるタイミングを失ってしまった。
その後、カフェを出て手を引かれ辿り着いたのは、見るからに高級感溢れる宝石店だった。
「おいで、グレース」
「は、はい……」
店内へ入ると、ショーケースの中で輝くたくさんの宝石達に囲まれ、緊張してしまう。ひとつひとつの値段を想像するだけで、眩暈がした。
ゼイン様はお得意様なのか、あっという間に奥の部屋へ通され、複数の店員に全力対応されている。
私は勧められるまま、やけにふかふかなソファに彼とぴったり並んで腰を下ろした。
「ゼイン様、何か欲しいものがあるんですか?」
「ああ。君にネックレスを贈ろうと思って」
「そうなんですね、私に……私に?」
本当に待ってほしい。目の前のテーブルに次々と運ばれてくるアクセサリー達は、先ほどのショーケースにあったのとは宝石の大きさや輝きが段違いで。ど素人の私でも、とんでもない値段だということは分かった。
これをひとつ贈っていただくだけで、今までのお礼としては十分すぎるだろう。もしや恋人関係終了のための手切金かと、冷や汗が出てくる。
「ど、どうして私に……? 誕生日でもないですし」
「君は目を離したら、すぐにいなくなりそうだから」
「えっ? 迷子にはなりませんよ」
「とぼけているのなら、本当に君は悪い女だな」
そう言って小さく笑うと、ゼイン様は色々と指示をして私に次々と試着させていく。
好みを尋ねられてもさっぱり分からないけれど、鏡に映る自分には何でも似合ってしまうから困る。
ゼイン様は絶対に買って帰ると決めているようで、どうしようと頭を悩ませていたけれど、ふと一番端にあるものが目についた。
「……あの、それは?」
「こちらはイエローダイヤモンドでございます」
他のものよりもずっとシンプルで小さいけれど、その黄金色の輝きに思わず目を奪われてしまう。
「それが気に入ったのか?」
「はい」
「もっと良い品があるはずだが」
「ゼイン様の瞳の色とよく似ていて、すごく綺麗だなと思ったんです。初めて見た時から、本当に好きで」
「…………」
「これがいいんですが、だめですか?」
この世界ではみんな色とりどりの美しい瞳をしているけれど、私はゼイン様の瞳が一番好きだった。
せっかく買っていただくなら、絶対にこれがいい。正直にそう告げたところ、何故か顔を逸らされてしまう。
「…………それにしよう」
「かしこまりました」
やはりゼイン様の立場的に高いものを買わなければならないのかと反省したものの、あっさりとOKが出た。
そのまま身に付けてもらうと、この場にいた全員から恥ずかしくなるほど「よくお似合いです」と褒められ、照れてしまう。
明らかに他のものよりも値段は落ちるはずなのに、何故か店員達は皆、先ほどよりもずっと笑顔だった。
◇◇◇
帰りの馬車に乗り込むと何故か隣に座るよう言われ、大人しく言う通りにする。
エスコートされた際に触れた手は、繋がれたまま。
「ゼイン様、ありがとうございました」
「ああ」
「とても嬉しいです。ずっと大切に身に付けますね!」
自分でも不思議なくらい嬉しくて、へらりとした笑顔を向けてしまう。すると次の瞬間には、視界がぶれて。
「あ、あの、ゼイン様?」
気が付けば私は、ゼイン様の腕の中にいた。優しい体温と良い匂いに包まれ、心臓が早鐘を打っていく。
2ヶ月半前、とんでもないリストを見られた以来、こうして触れられるのは初めてだった。
「……君は本当に、何なんだろうな。近づいてきたと思ったら離れていって、掴めない」
ゼイン様の甘い低い声が、耳元で響く。言葉ひとつ発せずにいると、抱きしめられる腕に力が込もる。
「俺にこうされるのは嫌じゃない?」
そう尋ねられ、慌てて首を縦に振る。ゼイン様が安堵したように、小さく笑ったのが分かった。
そうしているうちに馬車が停まり、センツベリー侯爵邸に着いたことを悟る。真っ赤になっているであろう私から離れた後、ゼイン様は困ったように微笑んだ。
「今回は泣いていないようで安心した」
「そ、その節は……」
「これからは少しずつ慣れてほしい」
「えっ?」
まさか、今後もこういうことがあるのだろうか。
一応は恋人同士なのだから、おかしくはないのかもしれない。それでも、動揺を隠せなくなる。
「またすぐに連絡する。おやすみ」
「お、おやすみ、なさい」
その後ふらふらと自室へと戻った私は、そのままベッドに倒れ込むと、手足をじたばたと動かした。
「だ、だめだ、落ち着かないと……うー……」
私がときめいたって、何の意味もない。無駄で邪魔な感情でしかないと分かっているのに、どうしようもなくどきどきしてしまう。
間違いなく、私に男性経験がないせいだ。後はゼイン様の顔が良すぎるのと、優しすぎるのが悪い。
「……ゼイン様は、シャーロットのものなんだから」
ぎゅっと枕を抱きしめると、さっさと寝て忘れようと目を閉じる。──けれどあれは本当にすべて演技なのだろうか、という疑問を抱きながら。
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