二日目・4(2)

 四人は使えそうなものをかき集めて小屋の外に運び出した。イヴェットとナンシーは何ごとかと彼らを見ている。ジェシカが説明しようとして、結局やめた。正解だろう。ふたりが混乱するのは目に見えている。話すのはやるべきことを終わらせてからでいい。

 箱の中には錆びついた鉈と皮剥ナイフが入っていた。その他にも幾つか錆びた小さい道具があったが、それらもまとめて運び出す。本棚の上の段にも小箱があり、こちらには綺麗に磨かれた小ぶりのナイフが入っていた。何かエピソードでもあるのかもしれないが、血の臭いはしなかった。

 サマンサの死体が転がっていた部屋――ベンのベッドの下にも使えそうなものがあった。衣類箱の奥に違う箱があったのだ。こちらには鍵がかかっておらず、中にはショットガンが入っていた。水平二連の中折れ式だ。弾も幾つか見つかった。無線に刺さっていた釘抜きもその際ついでに回収した。

 小屋の周囲にも鉈と大ぶりのナイフが隠してあった。どちらも草木を刈るため日常的に使われていたらしく、刃に葉っぱの切れ端がついていた。

 サディアスたちが武器を探している間、ジムはサマンサの死体が見たいと彼女のそばに残った。彼はすっかり夢中になっていた。その証拠に先ほどから口数も多く、頬もうっすら紅潮している。彼は考えることが好きなのだ。ジムの頭脳をサディアスは信頼していたし、尊敬していた。なので死体の分析は彼に任せ、黙々と武器を探した。

 メイナードが死に、目をつけていたサマンサも死に――サディアスの心は苛立ちが支配していた。彼は恐怖を感じない。鍛えあげた肉体と度胸があり、何度も場数を踏んでいる。ベンがたとえ殺人鬼だとしても、負ける可能性は万にひとつもないと思っていた。彼が別に銃を持っていて不意打ちでもされたなら別だが――メイナードもサマンサも近くから殺されている。接近戦ならば自分は負けない。

 そこまで考えて、何か妙だとサディアスは思った。外壁に立てかけてあったトタンを回収し、表まで持ってくる。違和感は抜けなかった。武器の山から離れたところに置かれたショットガンが視界に入り、ようやくその正体を知る。

 ――なぜベンは銃を持って行かなかったんだ?

「サディアス」ジムが彼を呼んだ。声に気づき、ゲイリーもジェシカもやってくる。

「何かわかったのか」ゲイリーが言った。

「どうだろう」ジムは曖昧な言い方をした。「もうわかってることかもしれないけど」

「聞かせて」ジェシカが言った。彼女の体の後ろにはイヴェットとナンシーの顔もあった。

「サマンサは殺されてからここに運ばれたようだ」ジムは言った。「彼女の死体をよく見た人は?」

「俺だな」ゲイリーが言った。「俺しか触ってないだろう」

 ゲイリーの手足や服は汚れていた。黒いタンクトップは目立たないが、その上に羽織ったグレーのシャツにははっきりと血の跡がついている。

「サマンサの死因はおそらく首の傷だ。肉がこそぎ取られてる。逆にそれ以外に傷はない」

「ああ、なるほど」ゲイリーが言った。「にしては床が汚れてない」

 床には血だまりよりも足跡のほうが目立っていた。知らず知らずのうちに皆血を踏んでいたらしい。複数人の足跡がくっきりと残っている。

「そういうことだね」ジムは頷いた。「サマンサの首の欠けてる肉なんだけど、どうにも見つからないんだ。それで、さっきの無線に刺さってた釘抜きなんだけど――あるかな」

 ジェシカの後ろで金属のぶつかる音がした。イヴェットが顔を覗かせる。

「あったわ。先に血がついてる」

「やっぱりね。それで彼女の首の肉を削いだんだろう。床にそれっぽい傷もある。ただ問題はどうしてそんなことをしたかなんだけど」

「サマンサの殺害現場が別なら、浜に血痕が残ってるんじゃない?」ジェシカが言う。「そんなもの見た覚えがないけど」

「波打ち際を歩けばいくらでもごまかせるさ」ゲイリーが返す。「ということは森のどこかに血だまりがあるんだな」

 想像でもしたのだろう、ナンシーがぶるりと身を震わせた。

「よっぽど特殊な武器で殺したんでもなきゃ、傷なんて隠す意味はない気はするがな。なんにせよ、あいつがやったってもうバレてんだ」サディアスは続ける。「それよりも気になることがある。なんでショットガンが残ってるんだ? 俺だったら絶対に持っていくぜ」

 全員が黙った。それぞれの考えを巡らせているのだろう。

「一番最悪なのは」ゲイリーが言った。「もっといい武器がここにあって、そっちを優先的に持っていったってところだな」

「時間がなかったのかも」ジェシカが言う。「つまり、武器を持っていこうとしているうちに私たちが来たとか。ショットガンは取り出しにくいところにあったわけだし」

「うーん……」ジムは彼らの意見を聞いてなお考えている様子だった。再び沈黙が始まりそうなところを、イヴェットのか細い声が止める。

「だとしたらペネロピが危ないわ……」

 皆が顔を見あわせた。ジェシカの言う通りだとしたら、ベンはまだこの辺りにいることになる。ひとりでいるはずのペネロピは格好の餌食だ。

「ひとまずバンガローまで戻ろう」

 ジムが言い、皆が頷いた。ナンシーだけはまだ困惑していた。ベンが犯人として話が進んでいることがいまだに納得できないようだ。

「ベンの日記を見たんだ」ゲイリーが言った。「ベンは――何人も人を殺してる。信じられないかもしれないが……きみはカーテンの奥を見たことがあるか?」

 ナンシーは首を振った。「ないわ……そこは物置で……ガラクタがたくさん入ってるって……」

「ガラクタね」サディアスは笑った。「言いようによっちゃそうかもな」

「サディアス、それは失礼だ」ジムが言った。ジェシカも眉をひそめている。

サディアスは肩をすくめた。「悪かったよ」

「カーテンの奥に、いろいろなものがあったの」ジェシカは言葉を選びながら言った。「私たち全員で見た。ベンは危険よ。あなたも思うところがあるのはわかるけど……ひとまず協力してちょうだい。詳しいことが聞きたければ、後でちゃんと話すから」

 ジェシカの真剣な様子にナンシーも頷いた。六人はかき集めた道具を分担してバンガロー前の広場まで運んだ。彼らが着くと、《3》のバンガローのカーテンがさっと閉まった。ペネロピも無事らしい。一応ジェシカがドアをノックすると、「放っておいて」と怒鳴り声がした。

 ゲイリーとサディアスは広場前に武器を並べていた。そこから錆びついたものなど使えそうにないものを除いていく。根こそぎ持ってきたのには理由があった。ベンが小屋まで戻ってきたとき、余計な武器を回収できないようにするためだ。

 ジムはまだ考え込んでいた。先ほどの様子だと、まだ他に気になっていることがありそうだ。ジェシカが戻り、サディアスたちが武器の分類を終えたころ、ジムが皆に声をかけた。

「メイナードの死体を見に行きたいんだけど」

 サディアス以外の人間は驚いた顔をした。

「まあ、そう言うと思ってたぜ」サディアスは言った。

「別にみんなで行こうと言うつもりはないよ。なんなら僕らだけでもいい。メイナードの死体を見たのも一瞬だっただろう。一応見ておきたいってだけだから」

「私も行っていい?」ジェシカが言った。今度は兄弟が驚く。

「別に構わねえがよ」

 本音を言えばついてきてほしくなかった。ふたりきりでないと話せないこともあるからだ。

「状況を理解しておきたいのよ。確かにメイナードの死体を見たのは一瞬だった。細かいところを今思い出そうとしても難しいわ。自分の目で改めて確かめておきたいの」

「あ、あの」イヴェットがおそるおそるといった様子で手を挙げた。「私も……ついていっていいかしら……」

 今度はジェシカも驚いた。「イヴェット、大丈夫? 死体を見に行くのよ?」

 イヴェットは頷いた。「大丈夫。それに私も……ちょっと、気になることがあって」

「気になること?」ジェシカは言った。「メイナードの死体で?」

 サディアスはメイナードの死体を見つけたときのことを思い出す。イヴェットはナンシーを介抱していたから、死体にはほとんど近づいていなかったはずだ。

「変なものが落ちてた気がするの。それを見に行きたくって」

「行ってきたらいいさ」ゲイリーが言った。「俺はナンシーとここに残ってるよ」

 ナンシーはゲイリーを見あげた。「まさかきみまで行くなんて言わないだろう」という彼の言葉にこくこくと頷く。

「どのみちきみら兄弟が探索に出るなら、俺は残らないといけないしな。ペネロピをひとりにしておくわけにもいかないだろう」

「お前がいるとペネロピは心休まらんかもしれないぜ」

 サディアスの言葉にゲイリーは笑った。「むしろそのほうがいいだろう。俺がいればあの子はバンガローから出ないだろうからな。変に出歩かれてベンに殺されるより、そっちのほうが安全だ」

「確かにそうね」ジェシカも頷いた。

 六人は別れる前に武器山の前に集った。ベンといつ出くわすかわからないため、武器を分配しておこうという話になったのだ。

「まず決めておきたいのは銃についてだ」ジムが言った。「使える人は?」

 手を挙げたのはサディアス・ジムの兄弟だけだった。男で唯一手を挙げなかったゲイリーに視線が集まると、彼は肩をすくめて「ご期待に添えなくて恐縮だ」と言った。

「俺が言うことじゃないかもしれないが、銃は使えないやつが持っておいたほうがいいと思うね」ゲイリーは続ける。「ベンが銃を持っている確信がない以上、下手に銃を使われると俺たちが怪我をする確率が上がるだけだ。相手に自分の場所を教える結果にもなる」

 その言葉には暗にパワーバランスを保ちたいという感情が込められていた。本来なら使える人間が持っていたほうがいいに決まっている。しかし、この場でもっとも単純な戦闘力が高いのは見るからにサディアスだった。ここで兄弟が銃まで持ってしまえば、彼らで絶対的な力を持つことになってしまう。そして彼らが探索に行けば、拠点の守りが薄くなる。

 他の人間もそう思っているようだった。ジェシカが「ナンシーに持たせたらどうかしら」と言う。

「わ、私?」急に自分に矛先が向き、ナンシーは調子の外れた声をあげる。「私、銃なんか使えないわ」

「だからいいんだよ」サディアスが言った。「逆に言うなら絶対に使うな。持ってるだけで牽制になる。誰が要求してきても絶対に渡すな。それなら安心できる」

 サディアスは当然、自分たちで銃が持てるならそれがベストだと思っていた。だが強硬な態度に出て警戒されるわけにもいかない。それなら銃の使えない人間――ナンシーかイヴェットが銃の管理をしたほうがいくらか安心だった。彼女たちは引き金を引く度胸もないだろう。逆に言うならジェシカとゲイリーには持たせたくない。彼らは銃を使えないらしいが――おそらく使ったことがないだけだ。いざとなったら彼らは容易に引き金を引けるに違いない。

 異議はなかった。予備の薬莢も合わせてナンシーが持つことに決まった。ジムが実際に弾を込めながら装填や排莢の説明をする。主にナンシーに向けた説明だったが、彼女は心ここにあらずといった様子で、むしろジェシカやゲイリーの方が真剣に話を聞いていた。ジェシカから安全装置の動かし方を質問され、ジムはそれについても簡単に説明をした。一連のやりとりを聞きながら、自分の推測はおむね間違っていなさそうだとサディアスは感じた。

 説明が終わり銃を渡されると、ナンシーはおそるおそるそれを抱えた。「持つだけで暴発したりしないわよね」彼女は不安そうだった。

 他に主だった武器は鉈が一本、ナイフは大ぶりのものと小ぶりのものが一本ずつ。それと釘抜きだ。サディアスは錆びた道具の中から鉈を取った。

「俺はこれでいい」

「いいの?」ジェシカが言う。

 サディアスは頷いた。「切れ味は必要ないからな。そのかわりジムに鉈か大きいほうのナイフをくれ。小枝を払ったりするのに重宝するから」

 そこで話し合い、ジムが大きいナイフ、ジェシカが鉈、ゲイリーが小ぶりのナイフ、イヴェットが釘抜きを持つことに決まった。特にもめることなく、探索に行く人間を中心に木を払いやすい大きな道具を持った。イヴェットは進んで釘抜きを選択した。「刃物は好きじゃないの」と彼女は言った。

 ナイフには鞘がついていた。特に小さいナイフはベルトにつけられるようになっていたので、ゲイリーはナイフを左腰につけて軽く叩いた。

「使わなくていいことを祈るよ」

 太陽はすでにだいぶ高い位置にいた。「夕方までには戻るわ」ジェシカが言った。

兄弟が先頭になって森へ入る。後からジェシカとイヴェットが続いた。

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