第9話 吸命の鬼 9 吸命の鬼
※3話同時投稿 3/3
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「遥香……無事だったんだね」
そこは百束一門のお抱えの病院……の中でも、ごく限られた者しか立ち入りを許されない場所。隠された病棟フロア。
その中にある一室。少し暖かみのある淡いクリーム色を基調とした病室に彼女はいた。
「……あ、葵さん……こ、この状態を〝無事〟だと表現するのも……どうかとは思うけど……」
か細い声ながら、うっすらと笑みを浮かべて応じる少女。卯月遥香。
「……確かにね」
桃塚葵もぎこちない笑みで返す。
卯月美江が死んだ現場。そこに居合わせた彼女は病院に運ばれていた。絶対安静が解けたのもつい先日のことだ。未だに点滴や酸素の管、二十四時間体制のモニターがついたまま。顔面蒼白でやつれており、身体もまだ自由には動かせない。声すらままならいほど。
他の従鬼とは違い、遥香は既に『吸命』による恩恵をその身に受けていた。命を分け与えられていたのだが……。
その所為もあり、卯月美江との『吸命』の接続が切れたことにより、彼女の身体は健康状態を保てずに容態が急変したのだ。瀕死の状態から持ち直したのは、〝奇跡〟によるものと言っても過言ではない。もっとも、歪んだ……という形容詞が前につくが。
「……何があったのかは大体のところは聞いたよ。……ごめん。ごめんね。私は……卯月家の内情を知らなかった。こんなことになっているなんて……」
「……べ、別に……良いんです。葵さん。ただ……これからは、私や桐雄のような者が……出ないようにして欲しい……です。今すぐには無理でも……十年後、二十年後には……私や桐雄と、お、同じ思いをする……一門の子がいなくなれば……」
葵は知らなかった。才のない者たちの慟哭を。そして、どれだけ自分たちが無神経だったのかを。ただ自分が自然体であるだけで、傷付けてしまう人が存在するという事実に触れた。
「……約束するよ。実現できるかは正直分からない。でも、遥香や桐雄のような……望まない道を強制される子がいなくなるように動くから……!」
桃塚葵。宗家の御令嬢。その異能や『気』の素養から、ゆくゆくは宗家でも重要な役を担うよう見込まれている。
そんな葵はこの度の騒ぎにより……卯月家を洗い直す一連の動きの中で、一門においての〝持たざる者〟たちの境遇を知った。ほんの上澄み程度ではあるが……遥香たちが歩んできた道を確かに知ったのだ。
単に厳しい修練というだけではなかった。
卯月家が秘密裏に行っていたこと。実のところ、〈十三家〉には大なり小なり秘伝や限定された口伝なども存在しているが、かの家は毛色がかなり違っていた。
薬物を用いた強制的な『気』や異能の発露のための実験。被験者同士での殺し合いのようなことをさせたデータも残っていた。『吸命』によって過度に命を分け与えられた者の悲惨な末路……悍ましい失敗例の数々も……。
それらの資金源や設備の段取りも『吸命』によって得た金と人脈によるもの。
葵は誓う。百束一門の必要性は理解している。厳しい修練や制約はあって当たり前のこと。しかし、一門の子として生まれたというだけで、望まない道を無理矢理に歩かせられるような……そんな残酷な現実を変えると。組織の内部から変えてみせると誓った。
「……あ、ありがとう……ございます。今は……その言葉だけで……も……嬉しい……」
遥香は面会のために無理をしていたのか、ウトウトと微睡むように意識を手放す。
「え? は、遥香……? ね、寝ちゃっただけか……」
その様に葵は若干焦るが、繋がれたモニターが特に異常を知らせていないことを確認し、そっと病室を後にする。
「……じゃあ、また来るね……」
ほんの僅かな面会。だが、この時の遥香との会話が後の葵に与えた影響は大きい。
しかし、この時の葵はどうしようもなく子供だったのだ。それはある意味では仕方のないことであり、幸せなこと。彼女自身がソレを認識するのはもう少し先。
卯月遥香。
彼女のこれまでは間違いなく不幸。しかし、今後が幸せなのかはまだ分からない。ただ、どうしようもなく生きていくのみ。
桃塚葵と同じく、卯月遥香もまだまだ大人ではなかったのだが、葵と違うのは……彼女の場合は、いつまでも子供でいられる環境ではなかったということ。
病室のベッドで、目を閉じて寝息を立てている……フリ。
「(……はは。葵さんは格好良いよね。実力もあって、性根も真っ直ぐでさ。それに凄く可愛いのに、どこか隙のある愛嬌や親しみやすさも持ち合わせている。かと思えば凛とした佇まいを見せることだって……ふふ。まるで物語の主人公やヒロインみたい。……そりゃ完璧超人な葵さんには頑張って欲しいと思うけどさ……やっぱり私は……桐雄だって……〝今〟〝この瞬間〟に助けて欲しかった……! ずっとそう思ってきたんだ! 遠い未来で望みを叶えられても、私たちにはその未来が無かったッ!)」
病室のベッドで横たわっている。寝た振りを続けながら心で叫ぶ。
閉ざされた瞼のその裏……瞳の奥には、命そのものといった異様なギラつきが浮かんでいた。
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……
…………
………………
「『吸命』の異能は継承されていくものだったのですか?」
「さてどうでしょうね。結局、卯月美江は詳しいことは語りませんでした。彼女も誰かから受け継いだのか……それとも異能を習熟する中で、自らそういった特性を付与したのか……少なくとも、彼女は『吸命』を完全に使いこなしていたようですからね。元々〝分け与える〟という性質のある異能でしたし、そんな風にカスタマイズすることもできたのかも知れません」
古い洋楽が抑え気味に流れる静かな喫茶店。
何杯目かの珈琲を味わいながら、秋良は吸命の鬼についてをマスターに語る。
何が卯月美江を動かしたのかは分からない。ただ、遥香の訴えが彼女に響いた。
結果として、卯月美江は死に、卯月遥香が生き延びた。
まず、二人の間には『吸命』という異能の譲渡なり継承なりがなされた。
卯月美江から異能が失われたことで、遥香の命を繋いでいた『吸命』との接続が途切れはしたが……彼女は継承したばかりの『吸命』を自らの命を繋ぐために使った。
もっとも、美江が使用した際とはまるで違う、まさに素人の技。それは無様の一言に尽きるほど。
数多くの命を有していた卯月美江の命を吸い取って、ただただ自身の命を繋ぐのが精一杯であり、その上で瀕死の状態という有様。
結局、
卯月美江は『吸命』の関係者を道連れに死ぬという願いを叶えた。
卯月遥香は健康な身体を取り戻す可能性を持ったままで生き延びた。
「しかし、秋良さんは『鬼』を……異能という理不尽によって〝一般人〟が被害を被ることを善しとしなかったのでは? そういう意味では、『吸命』はまさに理不尽の極みのような異能でしょうに……」
「当然に警告はしてありますよ。卯月遥香が異能によって他者の命を奪うなら……それは俺の一線を越える。暇と一緒に彼女を異能ごと潰します。ただ、別に『吸命』の異能は人間相手に使う必要もありません。まぁやり過ぎはどうかと思いますが、植物からマナを吸収すれば良い。むしろ、下手に〝一般人〟のマナ……命を奪うよりも、樹齢の古い木々からマナを吸収する方が遥かに効率が良い。この世界基準の人一人分のマナくらいじゃ、古い大樹は枯れたりもしませんしね」
秋良は早くから気付いていた。『吸命』という名……命を吸い取るという表現をしてはいるが、本質は
彼は何故に卯月美江が「人間のマナ」を狙うのかが分からなかった。この世界においての〝一般人〟など、秋良であれば吸い取ったところで足しにもならない。誤差の範疇だ。
それよりも、もっと潤沢にマナなり『気』なりを蓄えている存在があるのに……と、秋良は卯月家の効率の悪さがずっと疑問だった。異世界においては、自然物からマナを吸収するというのは、比較的一般的な知識だった。
「卯月家も卯月美江も……単純に知らなかったのでしょうか?」
「まぁ……それが一番しっくりくる答えですね。動物と違い、植物なり自然物に宿るマナは、かなり繊細で感知しにくいモノですから。異能を十全に使いこなす彼女ですら気付かなかったのかも知れません。コツを掴めばあっさりと気付くことなんですがね。当主の婆さんをこれ以上イジメるのも何でしたし、敢えて聞きはしませんでしたが……はじめから植物に目を向けていれば……というのは、今さら詮無きことでしょう」
卯月美江の腹の子の心音が止まった時。
卯月博樹が不治の病に倒れた時。
『鬼』として追われる日々の際に力を使った時。
有力者に命を分け与えるために人を殺めた時。
自らを回復させるために
その際、植物から『
「つまり、遥香さんには植物のマナを吸収させると?」
「ええ。一命は取り留めましたし、時期をみて異能の使い方を教えますよ。それに、彼女は卯月家の者といっても被害者側ですからね。復調すれば一門衆として活動するようです。甘地さんとはまた違う、一門衆として現場に
「……ふふ。まぁそういうことにしておきましょう」
マスターは、秋良が卯月遥香を……生きたい、普通になりたいと泣きじゃくる子供を哀れに思ったと知っている。彼女を救う道を求めたのだと。
結局、卯月美江に止めを刺したのも秋良だ。
遥香の不格好な異能の発現で、化け物じみた卯月美江の命を食らい尽くすことなどできはしなかった。
『ねぇ。死ぬってどんな感じなのかしら? 死んだ後に天国や地獄はあると思う? 私はどこかで博樹さんとまた逢える?』
『さてな。もしかしたら、異世界転生や普通に生まれ変わったりするのかもな。そうなればまた別の人生が始まるだろうさ』
『別の人生……? ふふ。要らないわ。私はこの人生が気に入っているの』
『あぁそうかい』
振り下ろされた手刀。呆気なく刎ねれられた首。
それが卯月美江の最期。先代たる吸命の鬼の死。
我が子も、他人も、見知った誰かも、親類も、己の価値観を築いた卯月家ですら……彼女は殺した。『吸命』で構築した繋がりを壊した。ただの作業として。言われるがままに。そこに葛藤などはなかった。
同じく、秋良も分かり合うことが決してない『鬼』を作業として殺した。それは暇潰しですらない。本当にただの作業。いや、もしかすると、それは愛する者を失い、もはやまともに生きる道を失った……卯月美江への救済だったのかも知れない。
……
…………
………………
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……
…………
………………
とある地方都市の多相市。
その街には異形の怪人が出るのだという噂がある。
いわば都市伝説のようなもの。
その姿はまさに怪人。黒いモヤを纏ったヒトガタ。
一部では黒いヒトガタ……と、そのままズバリなネーミングで呼ばれていたりする。
いきなり現れる。何を求めているかは分からない。
ただ、奴が現れる時には血が流れる。人が死ぬ。
しかし、ただの殺人鬼というわけでもない。
黒いヒトガタが殺す相手は偏りがあるのだという。
犯罪者。理不尽を強要する者。そして、嘘か真か、異能という超能力を使う者を率先して狙うのだという。
そんな黒いヒトガタの正体を知るのは、ごく限られた一部の者だけ。
姿を見た者はそこそこに居るが、認識が通り過ぎていく。記憶として留め置くことができない。
本名、性別、年齢、体格、容姿、声……その全てが謎に包まれたまま。
異世界の
被験者。
暇潰しに飢えた危険な獣。
一線を越えた者に容赦をしない独善的な存在。
異世界帰りの男。
黒いヒトガタ……鹿島秋良は今日も街を彷徨う。
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