第11話 被験者とチート

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 客ではない二人が帰った後、バーには静けさが戻る。聞こえてくるのは、耳の邪魔にならない音楽だけ。


 解決屋……鹿島秋良は、グラスに残っていた濃い目の水割りを呷る。もっと味わって飲めとばかりに、ウイスキーが彼の喉を多少ヒリつかせる。


「マスター。あの甘地という刑事も“協力者”の一人ですか?」

「えぇ。警察関係者であり、百束一門の末席という便なポジションです。色々とお話をすることが多いですね」

「なるほど。ま、これまでにマスターとの面識もあるなら、ちゃんとメッセンジャーしてくれるでしょう」


 今回の秋良の暇つぶし……もとい解決屋への依頼は、行方不明となった女子中学生の親からだった。しかし、そもそもは彼女の行方を捜してくれというモノではない。


 行方不明となる前。


『娘の周りで不思議なことが起こる。それを調べてほしい』


 今ではSNSなどを通じての解決屋への依頼は増え、マスターを通さないモノも秋良は気の向くままに受けていたりするが、今回は違う。

 どういう経緯かは秋良の知る由もないが、マスター直々の紹介による依頼。つまりは『異能』関連の依頼モノ


 秋良は意気揚々と依頼に取り掛かったのだが、判明したのは胸糞の悪い顛末。しかも、異世界の魔道士たる彼を持ってしても対処が難しいときた。


 その女子中学生自身が『異能者』であり、自身の『異能』を制御出来なくなってしまった結果、二人を巻き添えにして消えた。少なくとも、この世界の一般人が認識できなくなったという話。


 彼女の異能は、秋良が知る『魔力』をベースとしたモノとは少し術理が違う上に、異能の発現も少女が自分の心を護る為のこと。巻き添えの二人には災難だったが、元を辿れば彼女の心を“壊した”者が悪い。


「あのロリコンの下衆野郎は、運営側の被験者なんでしょう? 事が済めば、俺は普通に“やり”ますけど?」

「それが秋良さんの考えなら、私からは何も言うことはありません。被験者と言っても、我々の管轄ではありませんしね。“彼”は……少々やり過ぎたとも思います」


 ご同輩。

 今回の一件は、依頼人がどうとかではなく、暗躍する者が秋良と同じように運営側の実験体だったということ。


 秋良のように異世界へ飛ばし、その後に元の世界へ戻す。


 ただ、秋良のように元の世界へそのまま戻ったのではなく、別人として転生した。異世界の異能と記憶を持った赤子として人生をやり直す。それを当人が望んだという。


 現実からの逃避を強く望んだ者が、チートを持って生き直す。

 男は幼い頃より異能を操り、神童としてすくすくと育つ。

 更に、美人の幼馴染と可愛らしい義妹という、欲張り設定つきだ。


 そして、ひょんなことから『鬼』の事件に関わり、その時のゴタゴタによって知り合った謎の美少女が、異能の専門組織である百束一門に属する者だったりする。


 結局、そのゴタゴタのままに、男も秘密裡に百束一門へと迎えられることに。


 表向きは優秀な高校生。

 裏では幼馴染や義妹はもとより、百束一門の他の者にも正体を隠し、異能を用いて特別な『鬼』と戦う。当然に相棒は一門の美少女だ。


 男はこれでもかと詰め込んだ、ジュブナイルでラノベでなろうな設定を活かして、順風満帆の人生を歩む。


 報われなかった男が、ひょんなことから異世界転移。そして諸々があった後に、元の世界に転生し直し、前世とはまるで違う勝ち組へ……良かった良かったと言える話だ。


 その品性が下劣でなければ。


 周りに居る美少女たちには、ちょっと鈍感な所が玉に瑕な、爽やかな優等生キャラを見せているが……本性は、下卑た欲望のままに異能を使う下衆。


 異能による洗脳により、女をつまみ食いしてはヤリ捨てる……程度ならまだマシだった。

 殺人、強盗、強姦、標的を自殺に追い込む……などなど。異世界由来の強力な異能を頼りに下劣なゲームに興じるクズ。


 そう。男にとってはそれはただのゲーム。特別な理由はない。高尚な理由などあるはずもない。そして、ゲームの対象は必ず自分よりも年下の女子……未成年者を狙う。


 男の本性が、今回の件の引き金となった。


「はは。奴を始末するまでが今回の“依頼”ってわけですか……ま、別に構いませんけどね。俺も人のことは言えませんが、込みならいい歳したおっさんの癖に……未成年者を食い物にするクズ。いっそ清々しい。そう言えば、奴の飛ばされた異世界ってのは……レベルやステータス、魔王や勇者のいる世界でしたっけ?」


 秋良は今回のケースで初めて、自分と似た境遇の人物を確認したが……あまりの醜悪さに辟易したものだ。


 気に入った……あるいは気に食わない相手ターゲットを見つけると、男はその異能による洗脳や刷り込みで、証拠の残らないようにと立ち回っていたのだが、今回の標的である女子中学生が天然で未覚醒の『異能者』だった。


 男の異能に対抗するかのように、彼女の異能が覚醒したということ。ただし、それには時間差があった。


 当初は完全には男の洗脳に対抗出来ず、制御出来ない力が漏れ、彼女の周囲に不可思議な現象をもたらしていた。解決屋の秋良への依頼は、この段階の不可思議現象の調査についてだった。


 そして、そうこうしている間にも、彼女は男の下卑た欲望の捌け口として扱われる。意思を捻じ曲げられ、彼女は喜びのままに男を受け入れていた。


「……彼は完全に失敗です。少なくとも私はそう思います。担当した班が、彼を甘やかし過ぎた結果でしょう。異世界においても彼は所謂チート所持者でしたから。既に可能性の解析すら終わった、我々が娯楽として利用していた世界への招待だった為、仕方のないことですが……」


 マスター曰く、“現実”で辛く苦しい想いをして、逃避願望のある者を被験者として選ぶことが多いのだという。


 男の場合は、その逃避願望がかなり強かった為、その全てを叶えた時にどのような反応をするのか、異世界での成功体験が元の世界でどう作用するのか……そのような期待のされ方だったとのこと。


 結果、欲望に歯止めが効かない。かつて自分をいじめた初恋の女の子への執着からか、歪んだ性癖をもったままに異能ちからを振るうという有様だ。


「その意味とかはもう聞きませんが、運営側が与えたんでしょうに……目に余るなら、チートを取り上げるとかしないんですか?」

「秋良さん。我々がパラメータを弄ることには制限があるのですよ。また、一度動き出した現象を、システムに介入して止めるようなことはできません。実験結果が気に入らなかったからと言って、巻き戻して実験自体を無かったことにするようなことはね。どうしてもこの世界のルールに則って対処する必要があります」


 だからこそ、現地住民である秋良に後始末をさせたいということ。チート所持者同士の潰し合い。それを観測するのも、運営側からすれば“プレイヤー”への悪趣味な娯楽の提供だったりもする。


 その辺りの事情について、秋良が詳しく知らされることはないが、気付かない訳でもない。舞台上の人形であっても考える頭は持っている。


「はは。まぁ運営側の思惑はともかくとして……被害者を、心を閉ざした少女を助けてやりたいという気持ちはありますからね……そのついでということで踊りますよ」


 幸か不幸か、少女は自らの異能に覚醒した。してしまった。男からの異能を無効化したことにより、洗脳されている間のことを全て思い出し、彼女はそのショックから異能の制御を失い暴走した。


接続アクセス


 少女の異能。

 特異な空間へ接続するという、異質中の異質たる異能。


 彼女はとある空間に接続し、そこに閉じこもった。現実から逃避した。そして、その巻き添えになった者がいた。


 これが行方不明事件の顛末。


 更にややこしいのは、彼女は空間を創り出したわけではなく、あくまで接続しただけ。彼女が接続して逃げ込んだ異空間は、別の異能者が創り出したモノときた。


 既に空間の創造者は居なかったが、そこには、迷い込んだか、誰かの証拠隠滅なのか……多数の白骨遺体が放置されているという状況。


 秋良は自分一人なら、彼女の気配を追うことで、件の異空間に出入りすることは出来る……どころか、空間そのものを壊すことすら可能だ。異世界の魔道士は伊達ではない。


 しかし、それが心を閉ざした少女にとっての最適解な筈もない。


 彼女は異空間においても更に自身の殻に閉じこもっており、少女への直接の接触アクセスは拒否されている。秋良の持つ手札では“壊す”ことしかできない。迂闊に触れられない。


 秋良ができたのは、少女と巻き添えの二人の命を繋ぐため、異空間に食料と水を運び入れるくらいだ。


 手詰まり。


 仕方なしに、彼は根本的な解決からは手を引いた。依頼者である少女の父には『命は無事であること』を告げ、解決できそうな連中を動かすことを約束していまに至る。


「恐らく張本人たる“彼”は焦っているはずです。証拠隠滅を図ろうにも、彼女がアクセスした空間に、秋良さんのように自力で侵入することが出来ません。行方不明のままで逃げ切ろうにも、警察は公開捜査に踏み切っており、メディアでも大々的に報じられてしまいました。放っておいても、彼は近いうちに百束一門の空間系の異能者を引っ張り出してきたことでしょう。……彼女証拠を確実に処分するためにね」


 少女を意のままに操り、下卑た欲望をぶつけていた男。異世界を知る者。秋良の標的。


 既にその動向を秋良は把握しており、始末しようとすればいつでも出来る。だが、彼はそれを良しとはしない。


「……かつてはいじめられっ子で、酷い人生を歩んできたのかも知れないが……異世界では勇者として人々の尊敬も集めていただろうに……何故に戻ってきてからこうも堕ちたのか……今の奴の所業には反吐が出る。俺も異世界チートで好き勝手やってる身だけど、流石にあそこまではっちゃけるのは無理だ」


 管理者マスターの権限で、秋良は“彼”の記録ログの概略だけを閲覧した。


 “彼”の一度目のこの世界での人生は散々なモノだった。比べる事など出来ないが、少なくとも秋良は学生時代にイジメられることは無かったし、自ら命を絶つような真似はしなかった。……思うことはあったが、踏み止まることができた。実行に移すことは無かった。


 “彼”は実行した。イジメを苦に学校の屋上から飛び降りたのだ。それはせめてもの復讐心だったのか……助けてくれなかった大人や学校への命を懸けた抗議行動。


 しかし、“彼”の想いが結実することは無かった。重傷を負いながらも一命を取り留めたのだが……その代償は重く、“彼”は半身不随……腰から下を動かすことが困難となる後遺症に苦しめられることに。


 センセーショナルにメディアにも取り上げられ、イジメ問題も多少は表面化したが、“彼”の望む結果には程遠く、イジメの主犯連中が罰せられることもないまま時は過ぎた。


 結局、自殺未遂を図った三年後……二十歳の誕生日に、“彼”は遂にやり遂げてしまう。自らの命を今度こそ終わらせてしまった。


 そして、“彼”のデータがこの世界から失われる直前、運営側がサルベージして被験者としたという流れ。秋良の転移とは違い転生だ。


 異世界での“彼”は生まれながらに『勇者』として役割を与えられ、それに相応しく振る舞った。

 その世界は、運営側にとっては研究ではなく、あくまでも娯楽として開放されている場所。“彼”は別の世界から来たNPCであり“プレイヤー”であるという物珍しさから、運営側の贔屓によって所謂チート持ちの転生者として活躍することに。


 自由に動かせる身体。

 周りから蔑まれることもない。

 チートによる圧倒的な全能感。


 “彼”は自らが命を終わらせた二十歳までを期限として、異世界で勇者として暮らし、魔王を退治して無事にゲームをクリアした。班が違うとは言え、運営側としては身に付けた異能を元の世界へ戻すという実験も付随していた為、“彼”に選択を迫った。


『自殺を図った直後に戻って、奇跡の回復者として元の人生をやり直すのか、死亡した日に全く別の人間として転生するのか?』


 “彼”は転生を選び……成長して今に至っている。つまり秋良にとっては異世界関連ではかなりの先輩にあたる。


「……我々はあくまでも機会を提供し、その結果を観測します。彼と同じような結果となった例もありますが、当然にまったく別の結果となることも多い。要は人ぞれぞれということなのでしょう」


 まるで他人事のようなマスターの物言いに、秋良が好い感情を抱く筈もない。だが、決して悪感情や否定だけでもない。


「ははっ! まったく持って悪趣味なことだ! ……しかしまぁ……考えようによっては、運営側は彼に生き直すチャンスを与えたということだし、その全てを否定はしませんよ。俺だっていまの生活は嫌いじゃないしね」

「……秋良さんはバランスが取れていますね。彼のようにタガが外れることが。もっとも、彼とは別の方向で苛烈なようですが……?」

「ははは。マスター、一体何のことだか判りませんね。……さて、後は俺の得意分野だろうし、現場で百束一門や“先輩”を待ち構えてる準備に入りますよ」


 席を立ち、彼は店を出る。

 とぼけながらも誤魔化す気はない。

 秋良は過去がどうであれ、いま現在がクズであるなら容赦はしないと決めている。もっとも、そのクズという判断も全ては彼の独断と偏見によるものだ。


 方向性は違えど、鹿島秋良もくだんの“彼”も……本質的には同類と言える。


 チートを有する傲慢さ。己の我を通すという一点においては。



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