第126話 落日のバルト王国

■中央ゴレムス暦1583年9月23日

 ベイルトン ドルガン辺境伯


 おっさん率いるアウレア大公国軍のコダック砲による砲撃が始まって半刻近い時間が経過していた。

 王都ベイルトンに到着したドルガン辺境伯はその嵐の如き猛烈さに圧倒されていた。事前の打ち合わせ通りベイルトンの要所に兵を配置していく。

 おっさんからの使者であるボンジョヴィの言う通りコダック砲の射程内には入らないように注意した上である。それでも王城自体が射程内のため彼の兵士たちは危険と隣り合わせだ。


 城内を歩きながらドルガン辺境伯は思わず呟く。

 王城にも砲撃が届き轟音が鳴り響いていた。


「こんな威力があろうとはな……これでは勝てぬわい」


 ドルガン辺境伯は、おっさんが戦上手なだけでアウレア大公国自体は大したことはないと考えていた。しかしいつの間にかこんな兵器までも作り実用化に至っていたとはボンジョヴィに聞かされた時は半信半疑だったものだ。


 ドルガン辺境伯が王城の外に出ると、ボンジョヴィから話し掛けられる。


「やはりバルト王を押さえるのでは駄目でしたか?」


「ん? ああ、あの御仁は人質に取られたところで態度など変えぬよ。兵士たちに我が軍の殲滅を命じるだろう」

「なるほど。そのような性格でしたか。噂通りの方のようですな」

「その噂とやらが気になるところだが……貴殿は何でもよく知っているな」

「敵を知り己を知れば百戦危うからずと言う言葉がございます。情報は命にかかわりまする」

「そうか。そろそろ時間だな。兵たちに決起させることとする」

「ご英断にござります」


 コダック砲の轟音に交じって遠くから喊声が風に乗って聞こえてくる。

 アウレア大公国軍の総攻撃である。


 ドルガン辺境伯も所定の位置につくと、砲撃が終わるのを待った。

 やがてアウレア大公国軍が王城の間近に迫ったのか、砲撃が止まる。


「よし。全軍動くぞッ! 合図を送れッ!」


 合図の火縄銃が三発、空に向かって放たれる。

 ダーン、ダーン、ダーンと秋の空に銃弾が響いた。


 城壁を失った王城など丸裸も同然である。

 アウレア大公国軍が城壁内へと侵入し王城を目指している。


「これでバルト王国も終わりか……」


 ドルガン辺境伯はどこか儚げにそう呟いた。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年9月23日

 ベイルトン アチソン子爵


「てめぇら、ここが勝負のかけ時だッ! 敵を殲滅しろッ!」


 子爵に陞爵したアチソンは城下町に入り込みバルト兵と戦っていた。

 彼の豪勇さはこの頃、各地に轟くようになっていた。


「しゃらくせぇ!」


 アチソン子爵は囲むように飛び掛かってきたバルト兵を自慢の方天画戟で薙ぎ払う。彼はアドにまたがりバルト兵を豪快に斬り刻んでいく。


「オラオラオラオラオラッ!」


 その雄叫びにバルト兵の士気が目に見えて下がっていた。

 あの砲撃に続き難敵の登場である。

 動揺しないはずがない。


 そこへ1人の男が立ちはだかった。


「我こそはバルト四天王の1人、ナスダークッ! そこのッ! 俺と勝負しろッ!」


 その言葉にアチソン子爵はやっと骨のあるヤツが出てきたかと喜び勇んで返事をした。



「よう言うたッ! 俺はアチソン・シルカークッ! かかってきませい!」

「俺の名前に似ているなッ! 俺にあやかって名を付けたのかッ?」

「寝言は寝て言えッ! 四天王と言えば最初に出て来るヤツが最弱と決まっておるッ!」

「貴様、ほざいたなッ! 誰がそのようなことを申しておるッ?」

「アルデ元帥閣下だッ!」

「おのれッ! 行くぞアチソンッ! ついでにアルデ某も葬ってくれん!」


 しばらくの掛け合いの後、ナスダークはアチソン子爵に突撃した。

 ナスダークの長槍とアチソン子爵の方天画戟が激しくぶつかり合う。

 流石、四天王を名乗るだけあってさしものアチソン子爵でも一撃必殺とはいかなかったようだ。


「貴様、やるなッ!」

「てめぇこそなッ!」


 アチソン子爵の突きをナスダークが何とか止める。

 彼の長槍は穂先から石突まで全て鉄でできているようだ。

 そんな膂力にアチソン子爵は感心しながらも追撃をかける。


 そうやって方天画戟と長槍の殴り合いが続いていく。

 一合、二合、三合、四合と決着はつかない。


 しかし、最初に疲れを見せたのはナスダークの方であった。

 戦いの趨勢はじょじょにアチソン子爵に傾いていく。

 そして彼の方天画戟がナスダークの左腕を薙ぎ払った。


「ここまで俺と打ち合ったヤツは少ないぜ? それを地獄で誇るんだなッ!」


「おのれぇぇぇぇぇ!」


 グシャッ!


 何かを叩き潰すような音がしてアチソン子爵はナスダークを左右に断ち斬った。

 兜は叩き割られアドもろとも地獄へ落とされてしまった。


「敵、四天王が1人、ナスダークを討ち取ったり!」


 目の前で指揮官を失ったバルト兵は最早心が折れてしまったようで一目散に逃げ始める。


「バルトはお終いじゃあ!」

「助けて下さい助けて下さい助けて下さい」

「俺の娘をやる! だから殺さないで――」


「おしッ! お前ら王城へ向かうぞッ!」


 アチソン子爵は大音声で下知を下した。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年9月23日

 ベイルトン ドルガン辺境伯


 ドルガン辺境伯の下には次々と要所を押さえたと言う報告が舞い込んで来ていた。


「予想以上にことが上手く進むのう……」

「まことに」


 そう言いながらボンジョヴィはコダック砲の存在が大きいと分かっていた。

 あの恐怖から逃れることは容易ではない。


「申し上げます。アネス伯爵が討ち死になされました」

「アネス殿が死んだか。最後まで抵抗したのか?」

「はッ……壮絶なお最期であったとか」

「アネス殿は時勢を読み間違えたか……」


 しかしその顔は言葉とは裏腹に獰猛な獣のようであった。

 ドルガン辺境伯はボンジョヴィの策が上手くいっていることを確信し嗤う。


「申し上げます。各城門は押さえました。守備隊も掃討中であります」

「そうか。ご苦労。後は陛下よ。どこにいるかは分かっているな?」

「はッ未だ執務室におります」


 その期待通りの返事に対してドルガン辺境伯は思わず口元がニヤけるのを必死に押さえる。


「まだわしを信じておるのか。滑稽な王よ」


 ドルガン辺境伯はあの傲岸不遜な王のことを思い出してポツリと呟いた。


※※※


「何ッ……もう敵が城内に雪崩れ込んで来たと申すかッ!!」


「その勢いや破竹の如く。最早これまでにございます。陛下、脱出を!」

「アネス伯爵はどうしたッ!?」

「お姿が見えませぬ」

「おん……のれッ……アウレア如きが……」


「陛下、お早く!」


「どこへ逃げると言うのだッ! 逃げ場所などあるはずがあるかッ!」

「陛下、ガーレ帝國に亡命致しましょう」

「ガーレだとッ!? 殺されるに決まっておろうがッ!」

「いえ、彼奴らはバルト侵攻の大義名分を得ます。陛下の身の安全は保証されるかと」

「ガーレなど信じられぬわッ!」

「陛下、ドルガン辺境伯領へ逃げるべきです!」


 別の家臣がトゥルン王に物申す。


「そ、そうよ。ドルガンがまだおったわ」

「陛下、私は反対ですぞ!」


 ドルガン辺境伯を頼るようにと言う家臣に対して宰相、カルケーヌが慌ててそれを止める。彼はドルガン辺境伯を信じてなどいなかった。


「何を申すかッ! ドルガンを探せッ! 辺境伯領に落ちのびるぞッ!」

「陛下、いけませぬ!」


 なおも喰らいついて引き下がろうとしないカルケーヌ。


「ええい。頭が耄碌したかッカルケーヌ。離せッ離さんかッ!」

「いいえ、離しませぬ。ドルガンは信用なりませぬ!」

「国家の危機に奴は兵を出したのだぞッ! 奴こそ忠義者よッ!」


 その言い争いは突如幕を降ろした。

 カルケーヌが兵士に斬られたのだ。


「ぐ……貴様ッ……」


「陛下、一刻の猶予もございませぬ。この不忠者は最早使えませぬぞッ!」

「お、おう。では貴様、案内せよ」


 倒れ伏すカルケーヌをおいてトゥルン王は執務室から出ようとする。

 そこへ執務室の扉が開かれた。


 現れたのは――ドルガン辺境伯。

 兵士を伴った彼は不敵に嗤う。


「陛下、お迎えに参りましたぞ」


「おおう。今、貴公のところへゆくところだったのだ。ドルガンよ。わしは落ちのびるぞッ!」

「そうですな。おい。陛下をお連れしろ。にな……」


 そう言って目配せすると、ドルガン辺境伯に付き従っていた兵士たちがトゥルン王を取り囲み、あっという間に縛り上げてしまった。


「なッ離せッ……ドルガンッどういうことだッ!?」

「もうお分かりでしょう。陛下、お覚悟召され」

「なあああああ! 貴様ッ寝返ったかぁぁぁぁぁ!」


 執務室の中ではトゥルン王の怒りの雄叫びが木霊した。

 それを嗤いながら見るはドルガン。


 そしてボンジョヴィもまた我が策なれりとほくそ笑んでいた。

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