第127話 おっさん、焦る
■中央ゴレムス暦1583年9月23日
ベイルトン おっさん
おっさんが座る床几の前にはバルト王国国王トゥルン・ノエラウル・バルトルトがひっ捕らえられて両膝を屈していた。
その瞳には憎悪の色がありありと浮かんでいる。
敗北の将でありながら尚、鋭い眼光をおっさんに送るトゥルン王におっさんは内心感心していた。
こうしてずっと見ている訳にもいかないのでおっさんが口を開きかけた瞬間トゥルン王が機先を制す。
「この下郎がッ! わしを誰だと思うておるッ!」
その剣幕におっさんがおおう……と気圧されていると、隣にいたドルガン辺境伯が口を開いた。
「もう何者でもございませんな。往生際が悪いですぞ。トゥルン殿」
「貴様ッ! ドルガン……よくも裏切りおったなッ!!! 何故だッ! 何故アウレアなんぞに寝返るッ!」
「理由などカレソン領、ニッテス領に決まっておるではありませぬか」
「なんだとッ……領土欲しさに寝返ったと申すかッ! 浅ましき奴よ」
「先の戦功でその地をしぶったのは貴公であろう。因果は廻るのですぞ」
「ぐッ……」
ドルガンの言い分に言葉を詰まらせるトゥルン。
しかしその目はまだ納得しきれない憎悪の炎に燃えていた。
「(そりゃそうだ。亡国をもたらしたんだから憎かろうよ)あーそれくらいでいいかな? トゥルン殿。悪いが貴公には死んで頂く。レーベテインの復古が我が国の悲願なんでな」
大公、貴族院、民院からなる統治システムで、民主的な国家かと思えばこのように大公ホーネットの命令で一国の王を断罪できる。進んでいるのか遅れているのかよく分からない国家アウレアである。
「お……んのれ……アウレア風情がぁ!!」
「アウレア風情に負けたんだから仕方ないね。後、貴公の一族郎党皆殺しだから。それがウチの大公陛下の意志だからね。諦めてくれ」
こういうことをさらっと言ってのけるのがおっさんのおっさんたる所以である。
まぁサイコパス気質を持つおっさんだから仕方のないことであろう。
おっさんの言葉にトゥルンはガクッと項垂れる。
「連れて行け」
その一言に屈強な兵士たちが彼を掴んで臨時の軍議の間を出て行った。
それと入れ違いの形で1人の伝令がおっさんの下に駆け寄る。
そしておっさんに耳打ちした。
「何ッ……」
おっさんの普段ださない声色に何かを感じ取ったのか、すかさずドーガが近づく。
ドルガンたちもその声に何事かとおっさんに視線が集まった。
「どうなさったので?」
「……ガーレ帝國が動いたらしい。狙いはドルガン辺境伯の領土だ」
「空き巣ですか。
「ああ、このまま合戦になるぞ。ドルガン辺境伯の軍だけでは勝てん。退く訳にもいかん」
声をひそめてドーガと話をすると、おっさんはドルガン辺境伯に向かって言った。
「ドルガン殿、ガーレ帝國がこちらへ向けて進軍しているらしい。急いで領土に戻ってくれ」
「ガーレ帝國がッ!?」
ドルガン辺境伯が目を剥いて反応する。
隣ではボンジョヴィも珍しく驚いていた。
「閣下、それは真ですか?」
「ああ、エレギス連合王国経由で
「アルデ元帥閣下、ご助力願えますな?」
「ああ、安心してくれ。友邦を見捨てることなどしない」
おっさんの言葉にドルガン辺境伯は心の底から安堵したようでホッと溜め息をついている。
「(くそッ……本当にハイエナみたいな国だな。虫唾が走るぜ)」
おっさんはそう忌々し気に心の中で呟いたのであった。
―――
■中央ゴレムス暦1583年9月24日
ベイルトン トゥルン
「(どうしてこうなったのだ。どこで間違えたのだ。くそがくそがくそがどいつもこいつも役に立たぬカス共めカス共めカス共め!)」
トゥルンと主だったバルト王国の将は猿轡と目隠しをされ、前かがみの姿勢を取らされていた。処刑がまもなく行われる。
ガーレ帝國来たるの報を受け、おっさんは処刑を急いだのだ。
おっさんとしてもしばらくベイルトンに留まってバルト王国の病巣を取り除き、有能な家臣は取り立てるべく動きたかったのだが、ガーレ帝國の来襲がそれを許さなかった。
それにベイルトンの陥落により政情不安に陥ったため、その安定化に奔走せねばならないはずだったのだ。
おっさんは目の前の処刑の様子を床几に座って眺めながら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
しっかりと地に足をつけて立つべき大地が不安定なのだ。
この状況でガーレ帝國と一戦交えて背後で憎悪の炎が燃え上がっては困るのである。
「猿轡を取れ」
おっさんの命令に処刑人がトゥルンたちの猿轡を外す。
「最後に何か言いたいことはあるか?」
「……馬鹿かッ死ねッ!死ねぇッ!!!死にやがれぇッ!!! 呪ってやるッ!! 呪い殺してやるから待っていろッ! アウレアに呪いをををををを!!!」
「チッ……
「バルト王国に栄光あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
処刑人の長剣が振り下ろされる。
享年69。
これが野心に燃えたトゥルン・ノエラウル・バルトルトの最期だった。
―――
■中央ゴレムス暦1583年9月25日
おっさん
おっさんはベイルトンに五○○○の兵を置き、サースバードと
正直言って、列強国の1つとして数えられているガーレ帝國に勝てるのか未知数であったが、ここで退く訳にはいかなかった。
それは寝返ったドルガン辺境伯のためということばかりではなく、列強とは言え、戦わずして譲歩する訳にはいかなかったからである。
それをすればアウレア大公国の栄誉は地に落ちるであろう。
主な火器武装はコダック砲、改良型火縄銃、ガーランド銃である。
「(戦車とかは持ってないみたいだし隔絶した技術差がある訳でもなさそうだ。しかし相手は列強国……勝てるか? まさか名前だけと言う訳でもないだろ……)」
アドに揺られながらおっさんは頭を悩ませていた。
少なくとも痛み分けに持ち込まなければ同盟国であるエレギス連合王国を始めラグナリオン、ガーランドからの評価は失墜するだろう。中でもエレギス連合王国を失望させるのだけは避けたいところであった。
おっさんたちがドルガン辺境伯領へと向かう道すがらにも伝令が状況を知らせにやってくる。
「(銃火器はガーレ銃、武装はサーベルか……ガーレ銃の特徴から考えるとマスケット銃? いやそれよりも進んでいると考えるべきだ。ガーランド銃は連射できるからな。機関銃とかあったらヤバイな。コダック砲で遠距離から一掃できないかな?)」
いつも気楽なおっさんらしくなく、頭の中はネガティブな内容で溢れていた。
そんな様子を見かねたのか、ドーガとガイナスが話しかけてくる。
「閣下、会敵する前にあれこれ考えたって気が滅入るだけですよ」
「そうだぜ。らしくねぇぞ」
「ん? そう見えるか?」
「そうにしか見えませんな」
「ああ、こいつと気が合うとは奇遇だがな」
「大丈夫だ。多少の戦力差は【
「ですな。全力を尽くします」
「俺に任せとけ。蹂躙してやる」
おっさんは単純な野郎共の言葉が軽すぎて思わず笑ってしまう。
「何か楽しい話でも?」
そこへノックスがやって来て不思議そうに尋ねた。
彼もまたおっさんを心配してやってきたのだろう。
「なに。そんな楽しい話じゃないが、ガーレ帝國にどう勝ったものかと思ってな」
「ふふふ……閣下でも不安になる時があるのですな。わしはまたガーレ帝國さえも簡単にのしてしまうかと思っておりましたが」
「買い被りすぎだよ。俺はそこまでお気楽じゃないぞ?」
「閣下は変わられましたな。何処か閣下なら不可能などないと思わされるようになった気がします」
「烈将アルデに期待しておいてくれ」
この戦いに負ける訳にはいかない。
しかし、勝つ必要もないとおっさんは考えていた。
負けない戦いをするだけだ、とおっさんは腹を括るのであった。
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