第106話 フケン要塞攻略戦 ⑥
■中央ゴレムス暦1583年7月3日
ベアトリス、レスター
採光用の窓の向こうは喧騒で騒がしい。
ベアトリスはその窓を叩き割り木枠ごと取り払う。
「よし。ひとりずつ侵入するぞッ」
そう言うとベアトリスはできた石枠に身を捻じ込み始める。
幅は普通の体型の者ならば通れる大きさだ。
「入れない者はドーガ殿に続けッ」
指示を出しながらアウレア兵が侵入するのを見守っていると部屋の扉が勢いよく開かれた。
「き、貴様らどこから……アウレア兵かッ!?」
「如何にも。貴公らには死んでもらう」
ベアトリスは聖剣ヴァルムスティンを抜き放つとアルタイナ兵に向かって剣を構えた。
「やれッこれ以上、侵入させるなッ」
「やれるものかよッ」
《無双(伍)》
ベアトリスは【
「なッ!?」
狭い室内でもベアトリスの華麗な剣技は冴えわたる。
彼女は苦も無くアルタイナ部隊長が二の句も継げぬまま刺し殺した。その間にもアウレア兵は次々と室内に侵入していた。
「貴様ら、ここは敵の真っただ中だッ覚悟を決めろッ!」
「閣下、そんなものは西の断崖から攻めろと言われた時点で出来ております!」
「ふッそうだったな。よし。一気に制圧するぞッ!」
『はッ!』
ベアトリスは開け放たれていた扉から外に飛び出すと近くにいたアルタイナ兵を斬り伏せる。
「うわあああああ! アウレア兵だッアウレア兵がいるぞぉぉぉ!」
そこはアルタイナ兵の詰め所であった。
交代制で休んでいた部隊がそこにはいた。
混乱するアルタイナ兵の中、文字通りベアトリスの無双が始まった。
部屋の中が阿鼻叫喚の地獄絵図に変わる。
悲鳴が木霊し、何とか逃げ出そうと隣の部屋へつながる扉へと皆が殺到する。
一方、レスターも部屋に侵入すると、ガーランド銃を持った兵たちに告げる。
「我々はベアトリス様の背後を守りながら周囲を制圧するぞ」
そう言って部屋から飛び出したレスターが見たのはベアトリスの一方的な殺戮であった。吹き荒れるは死の暴風である。
「これ。守る意味ある……?」
レスターの口から思わず本音が漏れる。
それほどにベアトリスの武力は圧倒的であった。
「来たか、レスター。全員入ったか?」
「はッ侵入成功です」
「よし片っ端から敵兵を倒して前線に行くぞ。どんどん敵は増えてくるだろう。貴殿の鉄砲部隊に期待する」
「はッ承知致しました!」
ベアトリスの部隊は進軍を開始した。
―――
■中央ゴレムス暦1583年7月3日
ドーガ
「よっし。頂上到着~。しっかし見張りも置けないほど余裕がないのかね」
ドーガは他に上ってくるアウレア兵の手助けをしつつ、翻っていたアルタイナの国旗を取り外してアウレアの国旗を掲げておいた。
「俺たちが来た以上、要塞は落ちたも同然だからな」
頂上の広さは見張り1、2人が立っていられればいい方で、後は下に続く階段があるだけだ。
「行くぞ。ここから先は皆、敵だ。斬って斬って斬りまくれ」
『応ッ!』
そう言うと狭い階段を下り大きな部屋に辿り着く。
そこは兵の詰所であったが既に出払っているらしい。
進んでも進んでも敵とは遭遇しなかった。
苛立つドーガ。
「んだよ。皆、前線行ってんのかぁ?」
しかし、どんどん階段を降りて行くとようやく広い場所に出た。
そこではアウレア軍とアルタイナ軍が激しく激突している。
ドーガたちは対峙している両軍のうちアルタイナ側の背後に出たのだ。
「てめぇらッ、暴れる時が来たぞッかかれッ!」
《一騎当千(肆)》
「なんだ!? あれは……アウレア軍だッ何故背後から!?」
必死で前方のアウレア軍と戦っていたら背後から別のアウレア軍が現れたのだ。
動揺しないはずがない。
前方では既に乱戦になっていたアルタイナ軍は後方からの攻撃に対処できない。
ここに予期しない挟み撃ちが発生しアルタイナ軍はゴリゴリと兵力が削られてゆく。この場のアルタイナ軍をまとめていたのはフケン要塞総大将のカント将軍であった。
「将軍閣下、敵が背後から現れ、お味方が大混乱に陥っております。要塞から逃亡する兵も出ております」
「何故、背後から敵が来るのだッ謀叛でもあったのか?」
「敵は西側の断崖から攻めてきたと思われます」
「何ッ!? あそこを登って来たのか?」
カントは驚愕のあまり目を剥いた。
そして風に乗って聞こえてくる声。
「要塞は落ちたッ落ちたぞぉぉぉ!」
「速く逃げぬと皆殺しにされるぞッ!」
「要塞内部は占拠された! 大人しく降伏しろッ!」
「何だあの虚言は!?」
「将軍、お味方は混乱しております。お下知を!」
下知も何も現場が大混乱で命令系統が麻痺しているのだ。
幾ら総大将のカントとは言え、味方の大軍を混乱から立ち直させるのは難しい。
「おのれ……」
「おッ風格のある武将見つけたぜ。もしかして総大将か? だとしたら俺はついてるな……。俺の名はドーガ・バルムンク。いざ勝負ッ」
カントは敵がここに来ている以上、占拠された要塞璧の辺りも挟撃されていると考えていた。となれば幾ら要塞東門が落ちていなくても最早守り切るのは難しい。
「俺が――」
「総大将が戦ってはいけませぬ。おい貴様ッ将軍が出るまでもない。貴様の相手は俺で十分だ。死ねい!」
カントの副官がドーガに飛び掛かる。
ドーガは余裕の表情でそれを迎え討った。
副官の攻撃をドーガは軽々と受け止め、逆に上段から斬り下ろす。
副官は何とかそれを受け止めるもドーガの膂力は桁外れであった。
ググッと押し込んで剣を圧し折ると中段の薙ぎ払いで副官は上半身と下半身を分かたれて討ち死にした。
「敵将、討ち取った!」
焦るカントに更なる報告がもたらされる。
「ご注進ッ東からの圧力が強まっております。東門が破られそうです!」
「何とか踏みとどまれと伝えろッ俺はこの男を討ち取ってからすぐ行く」
「はッ」
それを傍で聞いていたドーガは歓喜に打ち震えていた。
危険な西側から侵入した割には手柄がないドーガがアルタイナの総大将を討ち取れる好機を得たのである。その喜びは一塩であった。
「ドーガ・バルムンク参る!」
「ええい、総大将がお相手つかまつる。かかってきませい!」
ドーガの斬り込みに得物の方天画戟を使っていなしたカントは素早い捌きで突きの連撃を放つ。
「ちぃッまた厄介な武器を……」
それを大剣で捌きつつ回避するも攻撃は止まらない。
まるで止まない五月雨突きである。
「うぉらッ」
ドーガは全力で突きを弾き飛ばすとその異常な力に押されてカントは身を仰け反らせる。
「何ッ」
あまりにも重い一撃はとても想定できるものではなかった。
ドーガはその隙にするりとカントの懐に入り込む。
今度はドーガが連撃を放つ番である。
激しい金属音が鳴り響きその連撃を何とか受け止めるカント。
そこへ至近距離から方天画戟の柄がドーガの腹を捉える
「グガッ」
ドーガの口から苦痛の呻き声が漏れる。
しかしその強烈な一撃にドーガは耐える。
カントは距離をとるために方天画戟を払い後ろへ飛んだ。
タイミングを同じくしてカントにピタリとくっつき大きく飛ぶドーガ。
その動きを読んでいたのだ。
「はッ」
気合一閃、ドーガが短い呼気を吐く。
その瞬間ドーガの大剣がカントの鎧をバターのように薙ぎ斬った。
「がはッ……」
カントは必殺の一撃を受け、脇腹を押さえ倒れ込む。
ドーガはその剣先を倒れるカントの首筋に突きつけた。
「俺の勝ちだ。降伏しろ」
「死ね。この蛮族共が」
「それが答えか……ではお命頂戴つかまつる」
ここにフケン要塞の総大将カントが討ち死にした。
ドーガはそれをすぐさま喧伝するように命令する。
「ドーガ・バルムンク、敵総大将カントを討ち取ったッ! 死にたくないヤツは降伏しろッ!」
そしてアルタイナ軍の逃亡が始まった。
―――
■中央ゴレムス暦1583年7月3日
ガイナス
「風向きが変わりやがった」
ガイナスは戦場の雰囲気が変わったことを敏感に感じ取っていた。
殺到する多くの雑兵を倒しているとアルタイナ軍の背後に友軍の旗印が目に入る。
「バッカス、やりやがった。閣下の策が成ったようだな」
「これでようやく決着か……」
「最後にもう一暴れだッ」
ガイナスはそう言って戦斧を振りかざし、ますます勢いにのってアルタイナ兵を殺しまくる。バッカスもその背後を守って大暴れを始めた。
この2人の大男を止める術はもはやアルタイナ軍は持っていなかった。
その時、アルタイナ軍総大将を討ち取ったという大音声が耳に入る。
「はッドーガの野郎。おいしいところを持っていきやがった」
ガイナスの笑みが深くなる。
「(戦友の仲だ。祝ってやる)」
最早、アルタイナ軍は総崩れであった。搦め手の門から兵士たちが次々と脱出を図っている。将軍クラスの将も残っていたものの歯止めは利かない。
ガイナスの部隊とぶつかっていたテイホ将軍も最早これまでと脱出にかかる。
ガイナスと決着が付けられなかったのは残念だが、臥薪嘗胆の気持ちを胸にアドに乗るとフケン要塞を脱出した。
この後、要塞内にいたものの多くは降伏し、首都アルスに退却する者はアウレア軍によって追撃された。
この戦いでアルタイナ軍は戦死者五○○○以上、投降者四○○○以上を数え歴史的な大敗となったのである。
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