第98話 リョクコウの戦い ②

■中央ゴレムス暦1583年6月15日

 おっさん


「うわあああああああああああああ!!」

「助けてくれええええええええええ!!」

「な、流されるぞおおおおおおおお!!」


 おっさんは目の前で起こったことに茫然自失状態となった。

 現地人の協力者がリョクコウ川の水量が少ないと言っていたのはこれが原因だったのだ。上流で水を堰き止めアウレア軍が渡河している途中に堰を切ることで鉄砲水を引き起こす。


 おっさんはまんまと敵の策にハマってしまったのである。


「こりゃあ、川の勢いが強くてしばらくは渡れんですわい」

「普段の水の流れはどんな感じなんだ?」

「いや、普段はゆったり流れておったはずですわい」


 おっさんがこの後の動きを必死に練っていると、川の上流と下流の方角から鐘の音が聞こえてきた。


ジャーン! ジャーン! ジャーン!


ジャーン! ジャーン! ジャーン!


「閣下、あれは伏兵です。このままでは挟撃されますぞ!」


「げえっ!」


 おっさんは焦り始める。

 この世界に来て特段知力が上がった訳ではない。

 能力が使えること以外は普通のおっさんのままなのである。


「(今まではごり押しで勝てたけど、策を使われるときついかッ)」


「どうします、閣下ッ」

「閣下ッ!」

「閣下ッ!」


「(閣下閣下うるせぇ! お前らも考えろ!)」


 取り敢えずおっさんは、ボードの念話の力でドーガとガイナスに指令を送る。


「(ドーガッ、ガイナスッ、ひたすら敵本陣を狙え。俺も援軍を出す!)」


 とは言ったものの目の前の激流のリョクコウ川を渡る術は見つかりそうにない。

 とにかく向こう岸にいる部隊の力を底上げするために【戦法タクティクス】を使う。


《軍神の加護(伍)》


 これでアウレア兵は劇的に強くなり士気も上がるはずだが、背水の陣となった上、挟撃されてはどこまで支えきれるか分からない。


「(援軍を出すと言ったもののどうすればいい? くそッ俺の不注意と慢心で兵を失ってしまった。どうするッどうする俺ッ)」


 ボードを確認するが流石に挟撃を受けている中軍は士気と兵力の減少が激しい。

 ドーガとガイナスは言われた通りに動いているようだ。


「俺の【指揮コマンド】は以前より1上がって☆6だ。そして【戦法タクティクス】の効果……そして虎の子の走竜……これを合わせれば激流でも渡れるッ!」


 おっさんの頭の中には明智秀満の湖水渡りが思い浮かんでいた。

 湖と激流の川では全く違うが、【戦法タクティクス】と【指揮コマンド】のバフ、そして走竜のタフさを考えればやってやれないことはないはずだとおっさんは結論付ける。


「走竜部隊用意しろッ 俺自ら川を渡って援軍に行くッ」


「閣下ッ危険です!」

「閣下にもしものことがあれば総崩れになりますぞ!」

「閣下、お考え直しを!」


「(ええい。またまた閣下閣下うるせぇ! 俺は勝たねばならないんだ! 配下も死ねせる訳にはいかねぇ! 例え力押しだと言われようがやるしかねぇんだよッ!)」


 そして走竜部隊七○○がやってくる。

 そんなおっさんの心の内を見透かしたかのように、部隊長が満面の笑みを浮かべおっさんに敬礼した。


「閣下、いつでもいけますぜぃ!」


 おっさんの心に自信の火が灯る。


「よしッ走竜隊ッ出陣だッ!」


 こうしておっさんを先頭にしてリョクコウ川の縁までくる。

 目の前の水の激流はゴウゴウと唸りを上げて荒れ狂い下流へと流れていく。

 今からここを渡ろうと言うのだ。

 流石のおっさんも二の足を踏む。

 しかし、この世界で天下取ったる!と心に誓った以上は絶対に引いてはいけない局面だ。おっさんは心を奮い立たせた。


「行くぞ」


 ザブン!と音を立てておっさんの乗る走竜が川へと飛び込んだ。


「うおッ」


 流れは速いが何とか――いける!

 竜騎兵七○○はおっさんを先頭にリョクコウ川に飛び込んだ。




※※※




「申し上げますッアウレア軍本陣から騎兵が出陣! あの激流を渡っております」


「な、なんと……」


 アルタイナ軍総大将シュウヨウは背中に冷や汗がしたたるのを感じていた。

 あの激流を渡れるはずがない。

 シュウヨウは参謀から双眼鏡をひったくると、覗き込んだ。


「ば、馬鹿な……」


 信じられない光景がそこにはあった。

 小勢だが確実に前へ進んでいる。


「あれは何だ? アドではないのか?」

「恐らくアウレア虎の子の走竜かと存じます」

「走竜はそれほど体が強いものなのか……? あの流れを渡れるほどの……」

「私も驚いております……走竜は陸生。まさかあのようなことが可能とは……」


「マズい。アウレア軍が息を吹き返すぞ……」


 戦において士気を言うのは勝敗に大きく関わってくるものだ。

 せっかく作ったチャンスが敵の突拍子のない行動でチャラになる。

 シュウヨウにとって想像の埒外の行動であった。


「敵の指揮官は頭がどうかしているのかッ」

「あの先頭の武将があの烈将アルデだと言うことのようです」

「何ッ!? 敵総大将自ら来たと言うのかッ……逃す手はない。討ち取るよう下知を出せ」

「御意。しかし乱戦状態になっております。果たして命令が伝わるかどうか」

「何とかしろ」

「それよりも将軍、敵両翼が本陣に迫っております。こちらも危機的状況でございますぞ」


 シュウヨウは心の中で悪態をつく。

 チャンスとピンチが同時に来たのだ。

 ここで本隊が退却すれば残りの兵は瓦解するだろう。


「退くことはできん。何としてでも本陣を守り切れッ!」


 こうしてアウレアとアルタイナのチキンレースが始まった。




※※※




「見ろッ! 援軍だッ! 天佑だッ!」


 何とか渡河に成功して挟撃を受けつつも奮戦していたアーネット子爵は激流の中を走竜に乗って進んでくる部隊を見て叫んだ。


 おっさんにしてみれば、天佑ではなく自らの努力なのだが、聞こえていないのでどうと言うことはないだろう。

 それにそれを聞いたアウレア軍は明らかに勢いを取り戻した。


「見ろッアルデ元帥閣下自ら来てくれたぞッ! 貴様ら踏ん張りどころだッ!」


 おっさんの甲冑はアウレアにはない独特の赤い鎧である。

 それだけに戦場に映えるのだ。

 同時に敵に見つかりやすいと言う短所もあるのだが。


 ここでアルタイナ軍の伏兵に飛び道具でもあれば、おっさんが狙い撃たれていた可能性もあったのだが、生憎、伏兵は騎兵で構成されていた。


「速く片を付けろッ! 敵、竜騎兵の上陸地点を押さえるぞッ!」

「させるかこの下郎共がッ!」


 中軍と伏兵の戦いは一進一退であった。

 アウレア軍に先程までの混乱はない。


 各隊の奮闘が続く中、ついにおっさんは川の対岸へとたどり着いた。

 ずぶ濡れで体も重いが一か八かの試みは成功した。

 おっさんが上陸すると、次々と竜騎兵が後に続く。


「諸君ッ! 我々は渡り切ったッ! これは取りも直さず我が軍に天が味方している証左であるッ! 突撃だッ! この勝負もらったッ!」


「おのれ、総大将がくるとは飛んで火に入る夏の虫よッ! このロウバイが討ち取ってくれる!」

「ちょこざいなッ俺に勝てると思うのは傲慢だぞッ!」


 おっさんがロウバイと接触したかと思うと、乗っていたアドと共にその首が消えた。ロウバイは首を切断されて。アドは走竜に喰いちぎられて。


「敵将、アルデ・ア・サナディアが討ち取ったり!」


『うおおおおおおおおおおおお!!』


『アルデ閣下万歳!! アウレア万歳!!』


「よく持たせてくれたアーネット卿、後は任せられよ」

「閣下ッ援軍ありがとうございます。その雄姿しかと見届けましたぞ!」


 こうして中軍として後詰に入っていた部隊と合流したおっさんは次々とアルタイナ軍を蹴散らしていった。




※※※




 ドーガとガイナスもおっさんが竜騎兵で激流に飛び込んだことに気付いた。


「さっすが、閣下だぜ。無茶しやがる」

「ヒュ~♪」


 ドーガは最早笑いが止まらないと言った感じで嬉しそうにニヤニヤしている。

 ガイナスは思わず口笛を鳴らしていた。


「全軍見ろッ! 我が軍総大将アルデ閣下が来てくれたぞッ! これで我らに敵うものなし! てめぇら敵総大将を討ち取るは今ぞッ!」


 ドーガの激励で軍全体がざわめく。

 そしてまるで1つの生物のようにうごめいた。


 そこへ中央を突破したアチソン男爵が突撃を敢行する。

 彼の武勇に敵う者はアルタイナ軍にはいないようで進む道は血塗られていた。


「ホーセン・アチソン、敵将、討ち取ったり!」


「ドーガ・バルムンク、敵将討ち取ったぜ!」


「ガイナス・キリング、同じく討ち取った!」


 誰もこの3人には勝てず、アルタイナ軍総大将シュウヨウはここに至ってようやく撤退を決断した。しかし、最早勝負はついていた。

 追撃するアウレア軍を喰い止める殿しんがりすら出せそうもない。

 それを悟ったシュウヨウは最後の突撃を敢行しようとする。


「シュウヨウ将軍、最早勝敗は決しました。とても撤退できる状況にありません。降伏を進言致します」

「戯け! ここで降伏すれば死んだ者たちに面目がたたぬわッ!」

「ここで全滅するおつもりかッ!」


 副官に怒鳴り返されたシュウヨウは止む無く降伏の道を選んだ。


 ここに激戦を極めたリョクコウの戦いは終結を見たのである。

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