第86話 第二次ヘルシア戦役 ①
■中央ゴレムス暦1583年5月4日
ヘルシア ヘルニアン
ヘルシアにアルタイナの兵来襲の報を受け、アウレア大公国も五○○○の兵を率いて半島に出発した。そうそうたる大船団である。
大将は最初の衝突の時と同じレーベ侯爵、副官にニワード伯爵、そして軍制改革の一環として軍部からアルヴィス・ネルトマー少佐らが派遣された。その他にも男爵や子爵級の貴族諸侯も同行している。
軍は旧式の貴族諸侯が出すものではなく国軍として設立するためにまだまだ改革途上である。要はアウレア貴族諸侯軍からアウレア大公国軍になると言う訳である。
現在は一部貴族の反発を招いているが、おっさんは元帥位の立場を利用して黙らせている状態であった。
「ふう……ようやく着きましたな」
「はは……何度経験しても船旅はなれないものです」
ニワード伯爵が疲れた声を上げると、レーベ侯爵も乾いた笑い声を上げる。
2人が船から降りると、1人の男が目聡く見つけたようで近づいて来る。
「レーベ侯爵閣下、ニワード伯爵閣下、お疲れ様にございます。此度の援軍、我が主インクムも喜ぶでしょう」
「使者殿もご苦労であった。現在の状況はどうなっておりますかな?」
「アルタイナのイヤアル将軍率いる八○○○の軍が首都ヘルン近郊にたむろしております」
ニワード伯爵の労いの言葉に返ってきたのは使者の沈んだ答えであった。
実際、アルタイナ軍はヘルシアの反乱軍を幾つか平らげた後、ヘルンの郊外に留まっていた。
イルヒとしてはアルタイナ軍にこのままヘルンに雪崩れ込んでもらってインクムを殺して欲しいと思っているのだが、流石にアルタイナ側は今のところ、そこまでする気はないようである。
「八○○○か……レーベ侯爵、これは慎重に動かねばなりませんぞ」
「分かっています。今日は休んで明日一番で賊を討ちつつヘルンへ北上しましょう」
「お、お待ち下さい。実はここから北東にあるリアニで大規模な乱が起こっております。そちらの賊を討伐して頂けぬでしょうか?」
「大規模ですと?(無駄に兵力を失ってはアルタイナ軍に対抗できぬぞ……)」
「はい。裏ではイルヒが手を引いているのではと……」
「乱を鎮めに来たのですから我々はリアニに向かうのみです。ですね? ニワード卿?」
「その通り。我々はアルタイナ軍と戦いに来たのではない(やむを得んか)」
ヘルシアとはそこまで親しい友好国ではないのだが、東ディッサニアの安定のために半島には親アウレア政権を樹立させておく必要がある。
おっさんはホーネットのヘルシア討伐と同時に親アウレア政権を打ち立てなければならない難題にぶち当たっていた。
おっさんの多忙な日々は続く。
―――
■中央ゴレムス暦1583年5月4日
アウレア おっさん
おっさんは多忙を極めていた。
やることが盛り沢山で頭が
まずはホラリフェオの代から続けている軍制改革だ。貴族が私兵をもてなくなると聞いて反発を招いたが、おっさんは強力に政策を推し進めていた。
そして兵器の輸入と開発である。
ガーランドと同盟を結んだおっさんは、精霊魔法や元素魔法を使える者を招聘しオゥルが研究していたものと合わせて何とか兵器や戦術として使用できないか試していた。銃火器の登場で出番が少なくなった魔法だが、まだまだ活躍の余地はありそうである。
また、銃火器の入手にも余念がない。
これからの戦争は銃火器の強力さが物を言う。
おっさんは火器集中運用の戦術を今後の合戦に活かそうとしていた。
もちろん、趣味と実益を兼ねた具足や刀剣の製作も行っている。
おっさんは兵たちが赤備えを纏う日を心待ちにしていた。
おっさんが進めているのは軍事関係だけではない。
〈狂騒戦争〉後、世界から監視を受けているアウレア大公国が通商条約を結んでいる国は少ない。列強国に至ってはゼロである。列強国がアウレア大公国を二度と立ち上がれなくしようとしたのだから仕方ないとも言えるのだが……。
国によっても大使がいない場合が多いらしいと聞いていた。
国と国の結びつきが弱く、交流が深いのはせいぜいが同盟国くらいだと言う。
おっさんは各国と通商条約や国交を結び、すぐに連絡が取れるよう全権大使を招聘したいと考えていた。通信技術がまだまだ発達していない世界なので、何かある度に本国に伺いを立てていては遅きに失することも出て来るだろうからだ。
それにおっさんは聖戦への不参加を決め、ヘルシアの安定化を当面の目標に設定していた。今のところ、大公であるホーネットと同じ方向を向いているので険悪な関係ながら大事には至っていない。
「力を得たと言っても俺は天才になった訳でもない、普通の人間なんだ……」
おっさんは誰か理解してくれる人間がいないか夢想して溜め息をつくのであった。
―――
■中央ゴレムス暦1583年5月5日
ヘルシア リアニ
剣戟の音が周囲に木霊し、怒声と喧騒がここが戦場だと言うことを示していた。
「押せッ! 敵はたかだか農民の集まりだッ! 押しまくれッ!」
レーベ侯爵が一喝する。
リアニの年季の入った砦跡に叛乱軍はいた。
あちこちが崩れたり、風化したりしているが、その防御機構にはまだ問題はなさそうだ。
ヘルシアの将からも罵声が返される。
「アウレアの
レーベ侯爵は相変わらず、前線で先頭に立って戦っている。
昔、おっさんが注意したことは既に頭にないようだ。
ただ剣の腕は上がっているようで、周囲の敵兵を片っ端から薙ぎ払っている。
ニワード伯爵は後方で状況を見ながら指揮を取っていた。
「奴ら、本当に農民か……?」
それだけ敵兵の動きは機敏であった。
恐らく砦の兵士たちは農民ではなく正規兵――ニワード伯爵はそう思った。
しかしヘルシアの兵は弱兵。
ネルトマー少佐の鉄砲隊が火を吹き、砦から弓を放とうとしていた兵士たちに当たりバタバタと倒れ伏す。
「今だ突撃しろ!」
「裏手の門から潜入だッ! 一気に押し込めッ!」
ニワード伯爵も自らの手勢をまとめ突撃する。
この日、リアニの叛乱軍はアウレア大公国軍の急襲により鎮圧された。
アウレア大公国軍の被害は軽微なものであった。
―――
■中央ゴレムス暦1583年5月5日
ヘルシア ヘルン 夜中
ヘルンへと到着したレーベ侯爵は国家元首のインクムと会談を行っていた。
近郊にいるはずのアルタイナ軍も動く様子がなく、あっさりとヘルンへと入ったアウレア大公国軍であった。郊外にいるアルタイナ軍とは異なり、こちらは幾らかマシな待遇を受けヘルン市内に入っていた。
「此度は迅速な派兵ありがたい」
「いえ、協定があります故。サナディア伯爵もヘルシアのことを気に掛けておられます」
「おお、サナディア卿が……感謝致しますぞ」
その時、急使がインクムの応接の間に入ってきた。
しかもその内容は彼らを驚愕させるに十分なものであった。
「も、申し上げます! アルタイナ軍がヘルン市内に進入ッ」
「落ち着け。進入を許したは城門の衛兵か?」
「いえ、アウレア大公国軍がヘルシアの市民を虐殺しているとの報ありッ! アルタイナ軍がそれを口実に押し通ったようにございます!」
「馬鹿なッ! そんなことはあり得ないッ!」
レーベ侯爵が焦燥の交じった声で叫ぶ。
その顔はらしくもなく蒼白だ。
「落ち着かれよ。これはイルヒ側が流した虚報やも知れぬ。アルタイナ軍はどこまで来ている?」
「アウレア大公国軍の駐留する練兵所に侵入し、一部戦闘が始まっている由にございます!」
「こうしてはおれん。私は指揮に戻ります」
レーベ侯爵は聖剣テインコールを手に急いで練兵所に走った。
※※※
アウレア大公国軍は大混乱に陥っていた。
突如としてアルタイナ軍に襲われたのだ。
無論、備えていなかった訳ではないが、どこかに油断があったのかも知れない。
「ええい! 落ち着けッ! 落ち着けと言っておるッ!」
ニワード伯爵が必死に兵士たちをなだめようとするが混乱は中々収まる気配はない。
真っ暗な中、辺りが急に明るくなる。
アルタイナ軍が火矢や火魔術を放ったのだ。
天幕は燃え始め、ヘルシアの兵舎の方にまで火の手が広がっていく。
「アウレア軍が火を放ったぞッ!」
「ヘルシアの民を虐殺した鬼畜の軍だッ!」
「これ以上の狼藉を許すなッ!」
「見たかッ! これがアウレア大公国の本性だッ! ヘルシアを併呑せんと味方
「お……のれ、卑怯なりアルタイナッ! 」
蛮行の悉くをアウレア大公国軍のせいにされ、怒りに震えるニワード伯爵。
同時にそれを聞いていたネルトマー少佐も普段の冷静な顔からは想像もできないような修羅の顔をしている。
「謂れなき汚名を晴らすは今ぞッ! 押し返せッ!」
一進一退の攻防が続くが、やはり初撃のダメージが大きい。
ニワード伯爵もネルトマー少佐もジリジリと押されて下がっていく。
燃え盛る炎が混乱する兵士たちの影を濃くする。
戦場は混沌の一途を辿っていた。
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