第85話 おっさん、頭を痛める

■中央ゴレムス暦1583年5月1日

 アウレア おっさんの屋敷 執務室


 おっさんは着々と聖戦のための軍備を整えながらも水面下で慌ただしく動いていた。


「どうしたんです? 唸り声なんてあげて」


 おっさんは顔を隠しているため、難しい顔をしていることなど誰にも分からない。

 もたらされた書状を読むうちに思わず出てしまった呻き声をドーガが聞きつけたのだ。


「ヘルシアのインクムはやはりイルヒを疎ましく思っているようだな。でも民衆が蜂起している状態で更に状況を悪化させたくないそうだ。内戦は誰も得しないからね」

「閣下はどうするおつもりで? 私はヘルシアなどに構う必要などないと思いますが」

「いや、俺も構いたくないんだけどね。ヘルシアの安定化もそれはそれで必要なんだ。貿易船もあるし地理的にもね。ヘルシアがアルタイナの領土になれば、アウレアは安全を脅かされることになるし。まぁ陸はガーランドがいるから大丈夫なんだけど」


「アルタイナ領ヘルシアになると言うことですか?」

「その可能性もあるってこった。でもウチもそこまで余裕なんてないから、ヘルシアには独立国家として自分の足で立ってもらわないと困る」


 その時、執務室に旅人風の男が入ってきた。

 おっさんの諜報部隊の者である。

 そしておっさんのデスクの前までくると敬礼をして話し始めた。


「報告! ヘルシアでの蜂起はますます広がっており、インクムは鎮圧に手こずっております。それに対してイルヒは再びアルタイナに援軍を依頼。アルタイナ軍は間もなく動くと思われます」


「アルタイナがヘルシアに兵を入れたら俺たちも派兵しなきゃならん」

「レーベ卿とニワード卿が結んできた条約ですか」

「ああ、面倒だけど国と国の取り決めだからな。誰の面子か知らんけど潰しちゃいかんものらしい」


 おっさんが自嘲気味に笑う。

 諜報部の男が執務室を出るのと入れ替えにまた1人男が部屋に入ってきた。


「閣下、アルタイナの件ですが、やはり不穏分子がいるのは間違いありません。彼らは列強からの支配から抜け出すべく我が国と連携したいとのことです」


「アウレアは軍事的に未成熟。たった今、軍制改革しているところだからな。我々と連携してどうにかなるとは思えん。なんだ? クーデターでも起こす気か?」


 おっさんはアルタイナにも諜報員を派遣していた。

 もちろん内部工作ができないものかと始めたことであったが、意外なものが釣れてしまったようだ。


「調略でアルタイナの力を削ぐことをお考えで?」

「いや、今以上に力が弱まったら、アルタイナは完全に列強国の草刈り場になる」


 アルタイナもヘルシアも立場は違うようで同じ様な境遇にあると言うことである。


「列強か……」


 おっさんはそう呟いて、従僕が持ってきたお茶をぐいっと飲み干した。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年5月2日

 アウレア おっさんの屋敷 執務室


 昨日の今日でアルタイナの革新派からの書簡がおっさんの下に届けられた。

 主はアルタイナの宰相、コウショウである。

 おっさんは憂鬱な思いで書簡を開くと中の書状を読み始めた。


 書状に書かれていたことは、おっさんの考えていた通りの内容で、やれ技術交流がしたい、やれ走竜を譲ってほしい、やれアルタイナ人の民度を上げるために教師を派遣してほしいと言ったものであった。


 中でもアウレア大公国の資金力に目をつけたのか、学校や医療施設の導入支援まで入っていた次第である。


「うーん。俺が求めてるのはヘルシアの安定であってアルタイナのそれではないんだけどな」


 おっさんが執務室のデスクで唸っていると、またまたドーガが話しかけてくる。


「我が国はアルタイナとも付き合いがありましたからな。主に通商ですが、彼らは東ディッサニアの仲間として我が国を見ているのかも知れません」


「仲間ねぇ……別に俺も戦いたくて戦ってる訳じゃないんだが、あちらさんが突っ掛ってくるからな……。とにかく排斥派を何とかしてもらわないと支援なんてできんぞ。まぁ支援するかは別問題だが……」


 アウレア大公国はホラリフェオが内政に力をいれたお陰で潤沢な資金を得て、元々多かった知識人層が厚くなった。庶民からも秀でた人材が輩出されるようになったのだ。人材育成が成功したパターンである。それでも戦争ともなれば反戦派が大規模なデモをするような平和至上主義国家になったことだけは変えられなかったのだが。


 現在はホラリフェオが横死したせいで、少しは目が覚めた者もいるにはいるのだが、まだまだ、この戦国時代を生き抜くには焼け石に水であろう。


「アルタイナって排他的なんでしょ? 何でそんなに外国嫌いなんだ?」

「元々、あそこは自分が一番偉いと思っている国ですから。そこに自分たちとは違う主義や文化を持った列強がやってきて衝突したんですよ。それで無残な結果になった訳です」


「それで余計に嫌いになった訳か。ヘルシアはどうなんだ?」

「ヘルシアは朱に交われば赤くなると申しますか……何と言うか……」


「あー何となく理解したわー」


 おっさんは何かを察して棒読みで答えたのであった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年5月2日

 アウレア 情報部


 おっさんはドーガと共にVOEヴォーの本部である情報部を訪れていた。

 出迎えたのは長官のレイスである。


「サナディア元帥閣下、お待ちしておりました」

「予定捻じ込んでもらって申し訳ない。ヘルシアのことで何とかならないかと思ってね」


 情報部の会議室に通されたおっさんが席につくと緑茶が運ばれてくる。

 取り敢えずおっさんは緑茶をすすると、レイス長官に話し掛けた。


「ヘルシアのことなんだけど、内部情報分かります? あの国に親アウレア派っているんですか?」

「そうですな。国家元首のインクムがそうです。とは言え政敵のイルヒに対抗するためと言う側面が強いようですが」


 おっさんがふむふむと頷いているとレイス長官が続ける。


「アルタイナが周辺の小国家に王としての立場を与えてやっているのはご存知ですか?」

「ああ、ヘルシアもその1つなんだよね?」

「その通りです。ヘルシアはアルタイナの周辺国家で一番大きな国家ですから、アルタイナの一番格上の舎弟だと考えている節があります」


「(舎弟……奴隷根性か。卑屈な国だな)」


「しかし……サナディア閣下も大変ですな。よりによってヘルシア討伐とは……。後ろに控えているアルタイナが黙っているはずがないでしょうに」


 こいつも大概、他人事だよなとおっさんは思いつつ、苦笑いを浮かべる。


「陛下の考えに変わりはないようだ。宰相殿も苦労しているらしい」


 ホーネットは宰相を始めとした文官、側近のルガールなどの言葉には耳を貸さなかった。15歳と言う若さで大公になったストレスから来ているのか、帝王教育や情操教育の間違いか、その性格は激しやすい。

 特に一度言い出したことは撤回しないのでたちが悪いのであった。


「とにかく私はヘルシア問題に集中します。恐らく聖戦のために集めた兵はそのままヘルシア討伐に回すことになるでしょう。情報部はイルクルスの聖戦の方を入念に調べて頂きたい」

「分かりました。ではそのように」


「(まぁアルタイナと戦争になるだろうし根回ししなきゃな。てか列強国の大使もいないし、もしかして通商条約を結ぶところからか? 懸念があるからにはそれも取り除かないとな……)」


 おっさんは、これからすることの多さに大きな溜め息をついたのであった。

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