第81話 偶発的衝突?

■中央ゴレムス暦1583年4月18日

 ヘルン


狼狽うろたえるなッ! すぐに警戒体制に移れッ!」


 レーベ侯爵の叱咤が兵士たちに飛ぶ。

 流石に武門の生まれだけあって混乱しそうな状況でも落ち着いている。

 本人による資質が大きいだろうが、レーベ侯爵家の面目躍如だろう。


 その時、ヘルシアの使者がびくびくしながらレーベ侯爵とニワード伯爵の前までやってきた。


「あ、あれは一体……」

「それを聞きたいのはこちらの方ですぞ。銃声のようでしたが」

「私にも分かりません」


 ニワードが少し語気を荒げて使者に問い質すも使者は震えるばかりで分からないの一点張りだ。


「もしやアルタイナ軍からでは?」

「しかしわざわざ他国で喧嘩を売ってくるような真似をするか?」


 2人が話し込んでいると、半ば存在を忘れられていた使者が震えた声を上げる。


「こ、此度は派兵して頂き有り難く存じまする。国主インクムに代わりお礼申し上げます」


「貴国はアルタイナにも乱の鎮圧を依頼されたのか?」

「はい。正確には先王の妃であるイルヒ様ですが。他にも周辺各国に依頼しております。お恥ずかしい話ではございますが……」


 本当に恥ずかしいぞとニワード伯爵は思いつつも流石に口にはしない。

 国防を他国に任せてしまうのは自国に力も誇りもないと言っているようなものだからだ。しかも今回は他国からの侵略ではなく、悪党の乱の鎮圧である。


 その頃、ニワード伯爵の後ろではレーベ侯爵が部下と何やら話をしていた。


「おい。先程の銃声だが――」

「申し上げますッ! 部隊前方で小競り合いが起こっているようにござりますッ!」


「何ッ!? どこだ? アルタイナか?」

「はッ、アルタイナが軍が突如攻撃を仕掛けてきた由にございまする!」

「何故、アルタイナが我が軍を攻撃するッ!?」


 レーベ侯爵はそう言うとニワード伯爵と話していた使者の方へ詰め寄る。


「アルタイナが我々を攻撃するのはどう言う訳だッ!」

「わ、私にも分かりません……」


「チッ……応戦しろッ。俺が前に出るッ!」


 レーベ侯爵は大剣をむんずと掴むとすぐに陣所から出て行った。


 後に残されたニワード伯爵と使者の男だったが、すぐにニワード伯爵が鋭い視線を男に向けて言った。


「アルタイナの暴挙に心当たりはないのですかな?」


 全てを見通すかのような目で見られ使者の男が言い淀む。


「……じ、実はイルヒ様の差し金の可能性が……」

「イルヒ殿……確か先王のお妃でしたかな?」

「はい……イルヒ様はインクム様と仲が悪く、対立しておりますので……」


 ニワード伯爵はおっさんの言葉を思い出していた。

 それに自分の意見も同じである。

 国内がまだまだ治まっていない状況で海外でことを構えるのは避けなければならない。


「アルタイナがあくまで争いの意志を変えない場合、我が軍は撤退致します」

「は、はい……致し方ないかと存じます」


 流石に使者の男も馬鹿ではなかったようで引き止めることはなかった。


※※※


「不意討ちとは卑怯なりッ! これがアルタイナの流儀かッ!」


 騎乗して大剣を振り回して敵をなぎ倒しながらレーベ侯爵が吠える。

 父に似ず、武勇に秀でていたラグナロクにとってアルタイナ兵は敵ではなかった。


 そこへ少し豪華な鎧を付けた男が怒鳴り声を上げる。

 彼はこの部隊を預かる部隊長であった。


「先に仕掛けてきたのは貴様らの方であろうがッ!」


たわけたことを抜かすなッ! 我が軍に向けて銃を放ったことを我らのせいにするとはどこまでも卑怯者よッ!」


「我らを卑怯と言うかッ! おのれ叩き斬ってくれるわッ!」


「面白い。一度叩き斬られて見たいと思っておったのだッ! かかってきませい!」


 レーベ侯爵と部隊長が交錯する。

 剣と剣が交わると、部隊長の剣は一撃でポッキリと折れてしまった。

 しかしレーベ侯爵は追撃の手を緩めない。

 大剣を返すと部隊長の頭を文字通り叩き割った。


「ふんッ……口ほどにもない」


 レーベ侯爵はそう吐き捨てると潰走するアルタイナ軍を蹴散らしていった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年4月18日

 ヘルン


「万事うまくいったのだな?」


「はッ、両軍が近づいた時を見計らって火縄銃を放ちましたところ、衝突に発展致しました」

「ふふふ……よい。ようやった」


 イルヒは自室で報告を聞きながら満足そうに笑っている。

 機嫌が良いようで酒を盃になみなみと注ぎ入れると、一気にそれをあおった。おっさんが見たら昼からやりやがってこの呑兵衛のんべえが!とブチキレるところである。


「しかし何故、このようなことを? それに火縄銃は空に向かって放ちましたが」


「インクムの外向的失策を演出したに過ぎん。奴はアルタイナから距離を取って独自路線を行こうと必死だ。そのために周辺の小国、そしてアウレア大公国にも下手したてに出て連携を取ろうとしている。私はそれが許せんのだッ! アルタイナと我が国の絆は古くから存在する。我々はアルタイナの一番の子なのだ。何故下々の国などと対等に付き合わねばならんッ!」


 イルヒは更に盃を傾けるとプハーっと声を上げながら部下の間抜けな質問に答える。上機嫌な証拠である。普段であればこの離宮に烈火の如く雷鳴が轟いていただろう。


「銃弾は万が一にも我らが撃ち込んだとは証明させぬために過ぎん。本当はアウレア軍に喰らわせてやりたいところだがな。アルタイナ軍に撃ち込むなど有り得ぬしな」


「なるほど。私の考えの及ばぬ深謀、感服致しました。それに確かに小国などに礼を尽くすなどもっての外ですな。礼を尽くすのは相手の方でござります」


「アルタイナに頼んで我が国土を踏みにじっているアウレア大公国を駆逐してもらえば、インクムの面子も潰れると言うもの。」


「国内の乱はどう致しますか?」


「アルタイナがいる。彼の国が乱を平定し我らを護ってくれるだろう」


 イルヒの事大主義ここに極まれりであった。

 彼女はアルタイナを大国だと認識していた。

 ここに彼女の誤りがあった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年4月18日

 アウレア軍


 部隊長を討ち取った後、獅子奮迅の戦いぶりを見せていたレーベ侯爵であったが、アルタイナの本隊が到着すると、流石に旗色が悪くなった。


 アルタイナの損害も大きかったのか、双方で話し合いの場がもたれることとなる。

 本隊を率いるはイヤアル将軍である。

 齢の割に引き締まった体をしているのが良く分かるスラリとした甲冑をまとった貫禄のある男だ。


 口火を切ったのはレーベ侯爵であった。


「貴国が我が軍に銃弾を撃ち込んだ。そして攻め寄せてきたのだ」

「我が軍は撃っていないし、撃ったと言う証拠もない。いい加減なことを言うのは止めてもらおうか」

「いい加減ではない。こちらに銃を構える兵士の姿を見た者がいる」

「見たと言うだけの証言を信じろと言うのか? そんなもの信じる方がどうかしている」

「その兵士は貴国の鎧を纏っていたと言うのですぞ」

「そんなことを言われても知らないものは知らないとしか言えん。我が国は貴国との全面衝突を恐れない。それが嫌なら即刻退去してもらおうか」


 実際、イルヒの仕込んだ兵士はアルタイナ兵の鎧を着ていた。

 変装して工作を行っていたのだから性質たちが悪い。


 熱くなりかけていたレーベ侯爵を押しとどめたのはニワード伯爵であった。


「レーベ卿、誰がやったかはどうでもよい。何のためにやったかだ。そいつはアウレア大公国とアルタイナ、それかヘルシアとの仲を裂こうとしているのだ」

「しかし、舐められてすごすごと引き下がる訳にもいかないでしょう?」

「ふむう。ホーネット陛下も半島に影響力を残しておきたいとお考えだ。貿易のこともあるからな……。それにアルタイナと戦っても勝てるとは思えん」

「これはしたりッ! そのような弱腰では勝てるいくさも勝てませんぞ?」

「レーベ卿、落ち着いて考えるのだ。今、我が国に大兵力を半島に送る余力などない。聖戦もあるでな。それにサナディア卿も言っていただろう」


 レーベ侯爵――ラグナロクにとっておっさんは信奉の対象であった。

 全ての戦いを勝利に導く姿はそれこそ軍神が降臨したかのように思える。


「なるほど。頭が冷えました。申し訳ございませぬ。それでは落としどころはどのように?」


 ニワードは考えを巡らせる。

 ホーネットとおっさんの考えを最大限に考慮した上で、この場をどう収めるのかを。そして半島から撤退するのかを。


「ヘルシアには我が国の民も暮らしている。彼らの保護のために半島に出兵する権利がある。ヘルシア国内が混乱した場合は出兵するのは当然だと思って頂きたい」

「その必要はない。ヘルシアは我が国の属国であり、治安の維持は我々が行う」

「ヘルシアが属国など聞いていない。誰がそんなことを言っているのか?」

「イルヒ殿だ。ヘルシアは彼女の執政下にある」

「我が国は国家元首はインクム殿だと認識している。イルヒ殿は単に自称しているだけではないのか?」


 結局、話は堂々巡りで終わらず、インクムとイルヒが召喚されることとなった。

 そこでも双方の意見が一致しないので、後日、アウレア大公国とアルタイナとで話し合いの場が持たれることが決定した。


 そしてレーベ侯爵とニワード伯爵は何とか、兵を損じることなく半島を出ることができたのである。


 こうしてヘルシアの首脳陣を介しない条約の締結が行われることとなった。

 何らかの原因でヘルシアに出兵する場合は必ず両国共に派兵することが決まった。


 釈然としない、が燻り続ける状態が半島にできあがったのである。

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