第80話 ヘルシアの混乱

■中央ゴレムス暦1583年4月18日


 事実上のヘルシアのトップであるインクムは、かつてアルタイナに赴いた時、こう思った。


『なんと煌びやかで華やかな人や建物で街が溢れているのか』


 アルタイナは古くから隆盛を誇り歴史のある国家であった。

 とは言え、この地域はずっと同じ王朝が続いている訳ではない。

 アルタイナ王朝自体は200年近く政権を保っているのだが、一定の周期でもあるのか、決まって時が経つと政権が腐敗し新たな英雄が王朝を打倒するのだ。そしてその英雄が新たな王朝を作り過去の遺物を徹底的に破壊する。

 なので民族の歴史は長いのに国家としての歴史は浅いと言うことになっていた。

 多くの民族が暮らし、多種多様な人種が一同に会する地域でもあり、アウレア大公国民も商売などで滞在している者が多い国家である。


 過去の王朝と同様に現在のアルタイナも、もう既に熟しすぎた果実のように全盛期が過ぎてしまっていた。


 過去幾度となく侵略や恫喝を受けたり、友好国としてやってきたりしたヘルシアとアルタイナであったが、現王朝とはつかず離れずの関係であった。


 しかしそれもインクムの息子――先代の王までであった。

 きさきであったイルヒがアルタイナへ擦り寄る姿勢を見せたのだ。

 先王の代わりに政務を取り仕切るようになったインクムにより、贅沢に勤しんでいた自分が除かれることを危惧したイルヒはインクムに不満を持つ家臣たちを集め始めた。イルヒは自分に子供がなかったため、自身が権力を握らねばどうなるか理解していたのだろう。


「悪党どもの乱はまだ静まらぬのかッ!」


「はッ……畏れながら半島の各地に飛び火しており、混乱は加速しております……」

「アルタイナの軍が向かっておるとのことですので、ご心配には及びますまい」


 二重権力構造でイルヒが重税を課した地域の農民が徒党を組んで一揆を起こしたのだが、それが全国に波及していたのである。

 それを聞いたインクムは激しく激怒した。

 当たり前である。税を二重に支払わねばならなくなったため、国の礎であるが最貧困層でもあった農民にしわ寄せがいき、乱が起こったからだ。


「しかし、インクムもまさかアウレアに支援を求めるとは……」


 イルヒの呟きに近い言葉に側近の1人が答える。


「周辺国に手当たり次第に急使を送ったようですぞ」

「アウレアもよく軍を出したな。あそこも余裕はないはずだが?」

「あのアルデ将軍が勇躍しているようですな」


「アルデだと? 誰だそれは」


 イルヒはずっと後宮で遊興にふけっていたため、世俗にはとことん疎かった。


「聞いた話によれば狭い橋の上で単騎で万の兵を喰い止めたとか。他にも神速の動きで敵に奇襲をかけ、五倍もの兵力差を覆したとか。最近、アウレアで勢力を増しているようですぞ」

「バカな……それは盛り過ぎだろう」


 実際、アウレア大公国が苦境を乗り切ってきたのはアルデ将軍を筆頭とした優秀な家臣団がいたからで、その家臣団を失ったアウレア大公国が更なる苦境に立たされていたのは言うまでもないだろう。


 そこにおっさんが転移してきた訳だ。


 イルヒがアルデ将軍の功績を一笑に伏していた時、部屋に伝令が駆け込んで来た。


「申し上げます。アルタイナ軍がヘルン近郊までやって参りました」


 それを聞いたイルヒがニヤリとあくどい顔をして伝令に告げた。


「よし。アウレア軍にはお帰り頂け。可及的速やかにな」


※※※


 その頃、レーベ侯爵とニワード伯爵は軍を率いてヘルシアの都ヘルンとやってきていた。


「しばらく見ぬ間にみすぼらしくなったものだな」

「ニワード卿は以前のヘルンをご存知で?」

「ああ、こんなに雑然として汚らしい都市ではなかったな」


 ヘルンの街は戦いと圧政で困窮し荒れ果てていた。

 インクムの努力でようやくわずかに持ち直してきたところであったが、イルヒがそれを無に帰す形となっていたのである。


「我が国の民たちもさぞ苦労していることだろう」

「そうですね。我々が護らねばなりません」

「ヘルシアの悪党どもの乱暴狼藉の手にかけさせる訳にはいかん」


 各国は他国においても自国民保護のために兵を動かすことが許可されている場合がある。列強国や準列強国などの信用のある国などは他国民の安全を護ることが当然のことであったが、そうでない国も当然存在した。

 自国に他国の軍を入れるのかと言う問いに対しては、信用のない国についてはそうだとしか言いようがない。現在で言えば混乱の極みにあるヘルシアはもちろん、アルタイナでさえそうであった。


 特にアルタイナはエレギス連合王国との戦争で敗北し、多くの権益を取られた過去があった。最近では列強国もそれに倣い、次々とアルタイナに侵出している状況である。ヘルシアにとっても他人事ではない。


 国家の植民地化は海外のみならず、ディッサニア大陸内にも及び始めていた。

 まさにこの世界は、現代日本とは違う弱肉強食の社会であった。

 と言っても元の世界も日本だけが平和ボケで世界は割と弱肉強食であったが。


「うん? あれは……?」


 レーベ侯爵が疑問の声を上げる。

 まだレーベ家を継いで間もないラグナロクは他国に関する知識に乏しい。


「あれはアルタイナ軍ですな」

「アルタイナにも援軍を要請したのか……?」


 レーベ侯爵は怪訝な顔をする。

 それほどまでにヘルシア国内の乱が大きいのかと心配になったのだ。


 レーベ侯爵とニワード伯爵が困惑していると、伝令が陣所へ駆け込んで来た。


「ご注進! ヘルシアのご使者が参られました」


「よし。すぐ会おう。通してくれ」 


 ニワード伯爵がそう言った瞬間、空に大きな銃声が鳴り響いた。

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