第78話 剣の舞
■中央ゴレムス暦1583年4月21日
「わしを呼び立てるとは何事かッ!」
合議場所に設営された天幕に入ってくるなり、ホルボムは怒鳴り散らした。
「そんなに怒ることはないではありませんか。叔父上」
「ふん……変わらんな貴様も」
「はいお陰様で」
先に着席していたチノ・ゴア族のインギスはまるで動じずに笑みを浮かべている。
その目の色は窺い知ることはできない。
ただ、その隣に控えるジャムカは憎悪の眼差しを隠そうともせずホルボムに見せていた。
ホムボムはどっかと椅子に座ると従者に酒を出すように催促した。
特に変わった様子がないので、インギスはもしやと思い確認する。
「聞いておられぬのですか? イルクルスが聖戦をするそうですぞ」
インギスはまるで他人事のような感じを崩さず、その笑みは深くなるばかりだ。
「聖戦だとッ!?
ジャムカは内心どの口がほざくか、と
聖戦の名を出しただけで標的がどこか理解する辺り、蛮族と呼ばれる彼らにとって聖戦=ヴェルダン征伐の認識なのであった。
「まぁまぁ、ここはヴェルダンが一致団結して当たらねばなりません。そこで簡単ながら酒宴をと思いましてな」
「ふん。貴様のことだ。何か企んでおるのではあるまいな?」
「企みなど……非才の身故、叔父上には敵いません」
そこへ女中が酒を持って現れる。
ホムボムはその酒を奪い取ると、杯をインギスに差し出した。
「呑んでみろ。まさかわしを毒殺しようと思ってはおるまいな」
「……まさか。叔父上ではあるまいしそんなことは致しません」
インギスは笑みを絶やさぬまま、杯を受け取ると一気に
呑みも呑んだり酒瓶に入っていた酒までつがせて杯を傾けた。
「パフォーマンスもできるようになったか。わしも歳をとった訳だ」
ホルボムはしみじみとそう言ったかと思うとぐるりと天幕を見回した。
「他の族長たちはいないようだが」
「彼らとは既に話はついておりますので。後は仇敵の叔父上と私との問題なのです」
「ふん。遺恨は水に流せと言うことか」
遺恨も何もオメーらが一方的に殺したんだろうが!とジャムカは内心で激昂していた。まだ未熟な彼は思い切りそれが表情に出てしまっている。
「おお、怖い。貴様の配下が睨んでおるわ」
「これは……とんだ失礼を……」
「ちゃんと首に縄をつけておくことだな」
やがて宴もたけなわになった頃、ホルボムが背後に控えていた配下に目配せをする。すると年配の髭を蓄えた男が天幕へと入ってきた。
「呑んでいるだけだとつまらんのでな。剣舞でも見せようか」
ホルボムがそう言うと、男は剣をスラリと抜いて手慣れた動作でひらひらと舞い始める。凹の字型になったテーブルの中央の空間で男がインギスに近づいたり離れたりを繰り返す。
それを見たジャムカはホルボムもインギスを亡き者にしようとしていると直感し、慌てて傍に置いてあった剣を手に取った。
「1人で舞ってもつまらんだろう。俺も混ぜてもらうぜぇ……(こいつも殺してやる)」
突然の乱入に場がざわめく。
ホルボムの意図は明白であると確信したジャムカは自らがどうなろうともこの場で彼を殺そうと決めた。
2人のぎこちない共同作業が始まった。
1人は少し焦ったような表情で、もう1人は酷薄な笑みを浮かべて。
舞いが進むにつれ男の表情に余裕がなくなっていく。
ゆっくりとした舞いであったが、殺気のこもった剣先を向けられているのだ。
男の額からは汗が滴り落ちていた。
天幕の中が緊張感で満たされる。
ホルボムは不機嫌そうな顔を隠そうともせず、ジャムカは冷酷な笑みを、インギスはいつも戻りの笑みを浮かべている。
そこへ、ホルボムの家臣が彼に耳打ちした。
彼は表情を変えずに口調まで不機嫌そうに告げる。
「ええい。興ざめする剣舞よ。このような茶番はもうよかろう」
ホルボムは言い終えるとおもむろに立ち上がり、天幕の出口に向かって歩き出す。
心なしか足取りがおぼつかない。
インギスはその背中に無駄と知りつつも説得の言葉を掛ける。
「叔父上、現在は危機的状況ですぞ。ヴェルダン征伐には一致団結して当たるべきです。フンヌとも連携すべきかと」
「……分かった分かった。聖戦など自称、列強国の戯言よ。わしらが協力すれば勝てん敵ではない。すぐに援軍を送ろうではないか」
チラリとインギスを見てそう言うとホルボムは天幕から出ようとする。
「(援軍だと? ヴェルダンの危機に団結して当たるのに援軍とは……)」
「(逃すかよッ!)」
ジャムカは剣舞を止めて突っ立っていた男の首を一撃で斬り飛ばすと、ホルボムの後を追う。
迫るジャムカに気付いた家臣を一刀の下に斬り捨てると、彼はホルボムの背中をバッサリと斬り裂いた。
「うぐッ……馬鹿なッ気でも違ったかッ!」
「やかましいッ!」
返す刃でなおも斬りかかるジャムカに、ホルボムは懐から短筒を取り出した。
「(銃だと!?)」
インギスの脳裏に最悪な想像がよぎる。
ダーンと言う甲高い音と共に撃ち出された弾丸はインギスにもジャムカにも当たらずに大きく外れた。
「ぐわッ!」
音を聞きつけて天幕に入ってきたホルボムの家臣は斬りつけられる自分の
「貴様ッ気でも狂ったかッ!」
「それはお前らの方だろうがよッ!」
最初に剣舞で威圧して来たのはホルボム側なのでジャムカとしては先に難癖付けられたことになっているらしい。もっとも男もインギスを殺すつもりだったのだからそれは正しかったと言えるのだが。
ジャムカの腕は大したもので、次々と襲い掛かってくるホルボムの護衛を地獄へ送ってゆく。そして無様にも地面に倒れ込んでもがいているホルボムの首に剣を突きつけた。
「うひぃぃぃぃッ……き、貴様……こんな真似をしてただで済むと思うなよ」
「この状況でよくそんなことが言えんなぁ」
往生際が悪く下からねめつけるような視線を投げ掛けてくるホルボム。
インギスは傍にあってまるで動揺する気配は見せない。
「さて、テメーはここで死ぬ訳だが、何か言い残すことはあるか?」
「わしを殺しても我がテスラート族が襲い掛かる。貴様らの末路は死だ」
呪詛を振りまくように唱えるホルボムにインギスは彼を見下ろしながら平然と言ってのける。
「俺が何も備えていない訳がなかろう」
ジャーンジャーンと鐘の音が辺りに響き渡る。
周囲の窪地に伏せていた部隊が平原に設置された天幕へやってくる。
遅れて遠くに待機していたホルボムのテスラート族の兵士たちも慌てて移動している。
「テスラート族は殲滅する。あの世で皆に詫びるがよい」
「ちくちくちくしょおおおおおおおおお!!」
ホルボムはインギスにその首をはねられ、その一生を終えた。
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