第77話 蛮族の王

■中央ゴレムス暦1583年4月10日

 フン高地


 フン族の王、ゼントツは族長として部族のことを考えていた。

 人々は彼らのことを蛮族と呼び、住まう土地を蛮地と言う。


 確かにこの地は部族ごとに別れまとまりがなく、未だ国家の概念が薄い。

 部族が合議によって動くフン族は古来より常に脅威にさらされてきた。

 一向にまとまらなかった部族を昨今、ゼントツがフンヌとしてようやくまとめつつある。


 北を黒魔の大森林、北東を聖クルスト教国家イルクルスに囲まれ魔物と人間の両方と戦ってきた歴史があるフン族は人類を魔物の脅威から護ってきたと言う自負があるだけに列強国、特に宗教国家であるイルクルスから蛮族と呼ばれるのに我慢ならなかったのである。


 魔物を倒す者は聖職者ではない。

 勇猛なる武辺者なのである。


 このフン地方には時々、イルクルスから聖職者がやってくる。

 蛮族を教化せんと高い志を持ってわざわざやってくるのである。

 一笑に伏したくなる『高い志』とやらであるが、あちら側は大真面目なのだから始末に負えない。


 今日も部族長が集まって酒盛りをやりながらくだを巻いていた。


「今日も上から目線のクソ神父が布教とやらで説法をしていたわ」

「殺しておらんだろうな。奴らに大義名分を与えることになる」

「ぎゃはははは! あんなの殺さねぇよ。人を憐れんだ目で見やがるのはイラつくがな」

「しかしなんだってあいつらは自分たちが人様を救ってやるってな心境になれるんだろうな?」

「あれだあれ。あいつら絶対の神ってのがいるらしいぜ? それに創られたのが自分たちだって自負があるらしい」

「なんだ。随分と理解があるじゃねぇか。お前帰依でもしてんのか?」


 その時、ゼントツが神妙な顔をしているのに気付く者がいた。

 へべれけになりながらも気づく辺り、まだ完全には呑まれていないらしい。


「なんでぇかしら、しけた顔してやがる」

「いやお前たちが気楽すぎんだよ。今日の議題を思い出してみろ」

「んあー? 何だったっけか」

「魔物だ魔物。黒魔の大森林の魔物が活性化している話だろうが。オリナスよ」


 フンヌにとって黒魔の大森林からやってくる魔物の集団には、ほとほと困らされてきた。聖クルスト教徒からすれば戯言たわごととしか言えないことだが、魔物たちは知能を持っており、むやみやたらと攻めてきている訳ではないのだ。


 フンヌの民は戦闘民族として身体強化を得意とし古来より魔物と戦ってきた。

 弱い者に待つのは死あるのみである。


 魔物と言うのは人型と魔獣型、神憑き型が存在する。

 人型はゴブリンやオーク、オーガなどの堕ちた精霊と呼ばれる亜人であり、魔獣型は獣のような風貌を持ちながら異能を使う存在である。中には魔法を使うものもいる。最後に神憑き型は虫や獣が長い期間を生きることによって神の如き高みに上った存在で、その力は魔法すらしのぐとされている。


「それだけじゃない。イルクルスの連中が威信を高めるために討伐軍を組織しているとの情報もある」

「ヤツらぁ俺たちのことをか何かだと思ってるよなぁ」

「経験値? ああ、確かに戦闘経験にはなるだろうな」

「しっかし、討伐となると聖クルス討伐軍がまた来襲するってことか」

「そうだ。だが勝てんことはない」


 ゼントツは自信を覗かせる。

 日頃から人外の猛者と戦っているのだ。

 たかだか神殿騎士の集団に負けてやる気などなかった。

 オリナスも余裕そうな表情を崩していない。


「とは言え、列強の武器は強いぞ?」

「ああ、あいつらの兵器だけは侮れん。備えなければなるまい」

「なーに言ってんだ?」

「ん?」

「俺らはいっつも備えてるだろ? 心配するこたぁねぇよ」


 オリナスは弾けるような笑みを浮かべ、親指をぐッと立てた。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年 同じ頃

 ヴェルダン


「インギス、イルクルスが動くかも知れないぜぇ」

「本当か!? ジャムカ」


 蛮族と呼ばれているもう1つの国ヴェルダンでもイルクルスが聖戦の準備を始めていると言う報告が上がっていた。


 聖戦――それは宗教国家イルクルスが自国の南にある蛮地に住む蛮族を救済するために行われる戦いである。救済と言うのはこの世からの救済、つまり死である。


 イルクルスには蛮族に対する考え方の違う2つの派閥がある。

 1つは言うまでもない聖戦派であり、蛮族は滅するべしの考えの下で動いている。

 もう1つは教化派と呼ばれる神の教えで彼らを導こうとするものである。

 どちらにしろ、何とも傲慢な考えが見て取れる。

 違う民族と言うだけでここまで違うものかとヴェルダンの民は思ったものだ。


 イルクルスを始めとした列強国などに多いのはイルソン人と呼ばれる民族である。

 同族国家と異民族国家との厳然たる隔たりがそこには存在した。


 ヴェルダンもフンヌと同じく蛮族であるとされていたが、違うのはヴェルダンが未だまとまらず部族間対立が激しいことであった。


「フンヌの連中も動き出してるみたいだし、エルクルスで聖戦発議が行われたらしい。かなり大規模なヤツがな」

「マズいな……テスラートの連中が知れば動き出すぞ」


 テスラートはインギスの部族とは仇敵同士であった。

 インギスの父親はテスラートのホルボムに毒を盛られ暗殺され、インギスの部族は離散した。インギスは族長の息子ながらまだ幼かったことから部族をまとめることもできず人々は去って行ったのだ。

 実力が何よりもものを言うこの草原の中でインギスはあまりに無力であった。

 しかし蒼天は彼を見放していなかった。

 当時、許嫁であった現在の妻の義父の部族であるサナート族の力を借りて勢力を盛り返したのである。現在に至るまで20年以上の苦労の時であった。


「よし、危機は好機でもある。ホルボムを呼び出す。テスラートに和議の使者を出せ!」

「兄者ッ! 正気かッ!?」


 ジャムカは驚愕のあまりこの世の者ではないような顔をしている。


「当たり前だッ! そこで奴を殺すッ!」

「ヒャア……やっぱり兄者は兄者だぜぇ!」


 決意に満ち満ちた表情をしているインギスにジャムカは恍惚とした顔を向けるのであった。

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